傘(1)
『いや~まいった』
ドヤドヤと店へ入ってきた団体さんは、みんなスーツの肩辺りをはたいていた。
「雨、降ってきたみたいですね」
振り返ってその様子を見ていた後輩は、俺の方へ向き直るとそう言って枝豆に手を伸ばした。
「ああ」
会社を出てからこの居酒屋へ入るまでにもう雲行きは怪しかった。別に驚きはしない。
店は地下で窓が無いため外をうかがうことは出来ないが、予報では一時的な降りだと言っていたので帰る頃には大丈夫だろう。
「急な雨って困ります」
空になったジョッキを見つめながら呟く後輩も、そう言うほど困っているようには見えなかった。
「小原さん、次は何?」
「ええっと、私は……」
注文していた料理が運ばれてきたついでに飲み物の追加オーダーをする。
入社2年目の後輩にも徐々に仕事量が増え、責任の重さも増してくる事が身にしみてきたようだ。
元々この後輩が入社してきた時の教育担当だったのだが、仕事中はもちろん最近はこうやって終業後も相談相手になる事が多い。
いつだったか会社の飲み会で『俺がしばらく前に彼女と別れて独り身だ』というのを同僚がペラペラと喋ってしまったので、暇なのがバレているからだろう。
しかし思い返せば俺だって以前は先輩に愚痴を聞いてもらったうえ、奢ってもらった覚えがある。これで後輩に元気が出るのなら、あの時の先輩も浮かばれるというものだ。
別にその先輩は死んじゃいないけど。
(突然の雨、傘が無いか)
ふと思い出した事がある。今飲んでいるビールが、さらにほろ苦くなるような思い出だ。
「……先輩、高井先輩っ」
考え事をしていたら後輩の話しを聞いてなかった。その事がすっかりバレて、思いっきりふくれっ面をされている。
「話、聞いてます?」
「ああ、ごめん」
何故思い出したのだろう。中学3年生の時、当時好きだった同級生の事だ。
後輩の長い黒髪と、涼しげな目元が彼女に少し似ているからだろうか?
いや、10年以上も前の記憶だ。本当は似てないのかも知れない。
「考え事してましたね」
「ん? ちょっとな……」
そういえばこうやって飲みながらでも、8割がた仕事の話で残りの2割は世間話。プライベートな事はほとんど聞いた事がない。後輩に彼氏がいるのかどうかも知らない位だ。
……まぁ、下心は全く無いとは言わないが、真剣に相談されているとついそんな事は聞きそびれていた。
だけど今日はあのコの事を思い出してしまった。ビールも2杯目が終わろうとしている。そろそろ仕事の話は切り上げて、奢る代わりに昔話でも聞いてもらおうか。
「雨で思い出した事があったんだ」
僅かに残ったビールを一気に流し込むと、追加の注文をする。
「中学生のかっこ悪い話だよ。期待しないで聞いてくれる?」
後輩の話しはまだ途中だったけど、強引に話題を変えてみた。
「はい」
しかし後輩は思ったより素直に頷いた。




