10 バレンタインデー
大賀さんと別れた後、義理チョコを渡すためにレイ君の家に向かった。お店にいたおばあちゃんに挨拶をしてはなれに行くと、すでにカズ君が来ていた。
「ありがとう」
毎年カズ君はとても嬉しそうに貰ってくれる。
「今年は他に貰ったでしょ?」
「レイ君はね。僕は美紀ちゃんだけ」
「そうなの?」
「本当だよ」
ご丁寧に学生カバンの中を見せてくれた。
「ギターなのに地味だよね」
レイ君が楽譜から目を離さずに口を挟む。
「アハハ、そうだね~」
「も~自分で笑ってどうするの」
「だって本当の事だし、レイ君に言われたら納得しちゃうよ」
カズ君が部屋の片隅を指差すと、チョコがデパートの紙袋一杯に入って置かれていた。
「今年こそ私のチョコはいらないよね」
「袋には若干の余裕がございます」
レイ君は楽譜から目を上げ、私に手を差し出した。
「ハイ、どうぞ」
私は少し乱暴に渡したけど、レイ君は「どうも」と言って受け取り、そのまま包み紙を破いて口に入れた。
「もう食べるの? ほかに美味しそうなのがあるのに」
「結局これが一番美味いんだよね。馴染みがあって」
「じゃあ僕も……」
「あ、ちょっと待って」
レイ君はチョコを食べようとしたカズ君を止め、部屋を出て行く。そしてすぐ大事そうに両手で箱を持って帰ってきた。
「僕から」
箱の中には今まで見た事がない綺麗で豪華なチョコレートケーキが入っていた。
「僕に?」
カズ君は明らかに動揺している。
「そう」
レイ君はニッコリ笑う。その笑顔は、そこら辺の女の子よりずっと可愛かった。
「受け取ってくれる?」
「そ、その……」
カズ君はちょっと涙目だ。
「おばあちゃんからでしょ」
面白かったけど私は見かねて口を出した。
「知ってた?」
「うん。聞いてた」
「チェッ、なーんだ」
可愛い笑顔は途端に素の顔に戻った。
「おばあちゃんからね」
カズ君は心底ホッとした様子だ。
しかし、あの笑顔は反則だろう。演技も真に迫っていたし。
もっとも演技じゃなければレイ君の将来が心配だけど。
「この前新しい先生へご挨拶に行くのにデパートに行って、その時に見つけたんだ」
「じゃあ、今日もわざわざデパートまで?」
デパートへは電車で1時間もかかる。
「別に気にしなくていいよ。本人が喜んで買いに行ったんだから」
しかし私の分も用意してくれてあった。おばあちゃんはバレンタインの意味、分かってるのかな?
「新しい先生はいつから?」
「来月」
今回のコンクールも金賞だったレイ君は更に良いレッスンを受る為、また先生が変わるのだという。
「もっと練習が厳しくなるんじゃない?」
「さあ、どうだろう」
レイ君にとっては何て事ないらしい。
「バンドは出来るの?」
「やるよ」
「もちろん!」
カズ君も即答した。
「人が集まればだけど」
あの二人が卒業すれば、残るのは二人になってしまう。だけどレイ君は心配してないようだ。
「希望者が増えたから、去年よりかマシだよ」
「見つかるといいね」
「見つけるさ」
ピアノよりやる気を感じた。




