熱異常
ぐちゅりと、肉が潰れる音がする。初めて聞いた。今までは溶かされる音だけだった、腐ったような匂いだけだった。意識したことのない、鉄臭い血の匂い。残された上半身から絶え間なく噴き出す、赤い体液と、大きな、見たことのない形状の赫の口から滴り落ちる液体はなぜか同じ匂いがする。
プッと、奴が吐き出したモノは、人の頭の下半分。微笑を浮かべる口元。それを見せたかっただけなのか、奴は口を開き、手のようなものを伸ばして拾い、今度こそ噛み砕いた。
気持ち悪かった。
私について知り尽くしていて、それどころか、私の知らない私まであいつは知っていた。私の全てを知っていたあの男に、恋をするなどありえない。
あいつが私を愛してくれていたのも知っている。ただ、私にとって、あいつはただの優秀な駒だった。
申し訳ない。私は、斜月のメンバーを駒としか見ていない。
それが一番、私のためになったからだ。
私の、私個人の感情を⋯⋯⋯戦場に⋯⋯ッ、持ち出すわけには⋯⋯!
{「日ノ出」}
赫の種類に、ヒューマンというものがある。殺した人間、すなわち素体の人間の姿形と声をまねるのだ。
見た目は真っ赤で、異形の怪物だったとしても、大切にしていた人間の声と言葉で人の心は簡単に乱れる。隙間ができる。冷静さを失う。
奴は言葉を発した。
内田の声で。
私は乱れた。
私は抑えきれなかった。
この感情に。
叫びたくなる、この激情にッ!!
だけど何故か、私の体は言葉を発さなかった。
え?
そんな言葉すら、暗い意識に、融けてゆく。
それと同時に、魔力が私の体から噴き出した。
「ガッ!?ァ、ア?」
今まで感じたことのない魔力の畆り。制御しようにも、溢れ出す魔力の量が多すぎて、制御できないッ!!
「ガハッ!」
体内の魔力濃度が限界に達した。肺の細胞が、壊死しはじめてる。口から吐き出して、それでも喉奥に血の匂いが張り付いている。酸素が、足りない。いつもなら無酸素でも3日は生きられる。
でも⋯⋯⋯もう、無理だ!
そもそも魔力の制御ができないッ!!
抑え、られない!!
溢れる!!!!
日ノ出の体から溢れ出した魔力は、既に日ノ出の体内で圧縮されており、体外へ漏出された瞬間すぐさま発火する。草木は黒ずみ、大地さえも液化する。瞬く間に焔の化身と化した日ノ出は、辺り一帯を灼熱の地獄絵図へと変貌させた。
流れ出す涙も、頬を伝うことなく空気中に舞った。
「【地創兵】【大地響奏】【巨地剛躯】【真地創造】【真環創造】!!」
バランは周囲が地獄絵図となる前にスキルを全力で発動。土兵や生み出された岩の獣を何重にも重ね、自身さえも外殻として周囲の人間を守るシェルターを生成した。
だがしかし、炎への高い耐性を持つバランの皮膚を、魔力で強化された頑強な岩さえも、日ノ出の炎はまるでチーズのように溶かし始める。
日ノ出の救出に向かおうとするバランだが、目の前で悶え苦しむ存在Xを見て、今自身の再生をやめること。それすなわち、自身どころか、斜月でさえも一瞬で灰燼となることを理解した。
そして、そのエリアはとどまることを知らず広がり続ける。
「あっつ!?ナニコレ!!?」
バランがシェルターを作り出すと同時に送った救援要請。それにより、日の出の頭上には試作へのゲートが現れていた。
日ノ出との距離は約30m。
だがそれでも皮膚を劈く熱は猛威を振るっていた。
クイナはすぐさま身を乗り出し、その猛火の中心に飛び降りる。だが、日ノ出の焼夷を容易く超える火力を前に、足掻くことすらできず灰と化した。
「あんのバカッ!」
躊躇うことなく救出に向かう心は敬えど、その浅はかさに対して、ギイナは声を荒らげずにはいられなかった。
「これは僕の出番か?いっちょ’’呪縛’’でアイツを⋯⋯―――」
「却下だ」
イティサの提案を、ギイナは即座に否定する。確かにその提案はとても効果的だった。だがしかし、最悪の場合イティサと日ノ出の双方を失ってしまう。それも、高確率で。
ではどうする。
もはや日ノ出の火力はギイナの炎への耐性を軽く突破する。どれだけ耐性を上げようと、文字通りの焼け石に水だった。
この炎のなかを進むには、それこそ魔力を持たない者でなくては⋯⋯。
ギイナは思いついた。今この状況を打破できる方法、人物を。
だがギイナはそれを否定する。
有り得ない、正気の沙汰ではない。
あまりにも非現実的。
ギイナは覚悟を決めた。イティサに頼り、どちらも生存する確率にかけるしかないと。
「イ―――」
その言葉が発されるよりなお早く、小柄な影は飛び出していた。
それは先程ギイナが自ら否定した方法。
それは⋯⋯⋯⋯
「うぅわたけぇぇぇえええ!!?」
五十嵐 廻の投入だった。
魔力によって発生した現象は、魔力を持たないものに対してはその影響を及ぼしません。斜月の面々は、全員日ノ出の魔力に充てられており(魔力中毒)、魔力現象の影響を受けます。
しかし、廻は魔力を一切保有していません。
つまり、影響を受けずに日ノ出に近づくことが可能です。




