魔力
「実際さ、俺はお前との戦闘をガチでやってみたかったんだ。初めて見たときのお前のあの魔力量と、その卓越した技能。それに加えて優秀な味方のサポートもある」
バランは悠々と、まるで言い聞かせるかのように私に話しかけてくる。ゆっくりと岩に腰掛け、腑抜けたようなそのさまが”期待外れだ”と物語っていた。
「グッ!」
体を地面に押し付ける大量の兵が、抵抗しようとする私を阻む。魔力を練りバランを空間ごと燃やそうとするが、奴が息をフッと吐くだけで一瞬にして魔力が空気中に霧散する。
「お前の魔力量が日に日に減っていっていたのは知っていた。だが、それと同時にあのメガネくんを筆頭に連携が密になっていった。それで俺はお前達に負けたわけだしな」
抗うことすら許されず、奴の語りを聞くことしか出来ない状況に私は陥っていた。
「で、少し本気を出してやってみた結果がこれだ」
ハア⋯……と、わざとらしくバランは大きく溜息を付いた。
憎々しげに、見ることしか出来ない。
「理由があんだろ?なぁんで仲間を呼ばねんだ?」
「⋯⋯⋯」
バランの問いに、私は動揺して目を泳がせてしまったらしい。
一瞬だが確かに話すべきかどうか迷ってしまった。
「言えよ、助けてやらねえこともない。正ぉ直、お前達を殺したくねえ」
「⋯⋯わ⋯⋯⋯」
敵に、助けを乞う。
今まで考えたこともなかった。いや、考えるはずもない選択肢。大切な人たちを殺す原因に頼ることなど、あってはならない。
だが、今の私は何を考えたのか。
〝肩に監視用の機械が埋められている〟
そう、空中に炎で書き殴った。
「⋯⋯⋯っへ、言いたくねえってんなら別にいいけどな」
バランはその一文で察したようで、私が言うのを躊躇ったように演技をつなげてくれた。
今まで厄介だった奴の才能が、今はありがたい。
「ちったあ痛え目にあってもらうぜ⋯⋯⋯」
字面だけ見れば悪役のセリフなのだが、目の前のバランは目をつむりながら、片手を立てて申し訳なさを律儀にアピールしている。
これがギャップというものなのかと認識しながら、右肩に来るであろう痛みに耐えるために歯を食いしばる。
「オラッ!!」
文字通り肩の肉の一部が消し飛ぶ。
魔力が込められたバランの一撃の威力は、私程度の肉体であれば簡単に穿てるということがわかってしまったな。
しっかり加減されていたということだ。
まったく、情けないな。
ああ、なんだか肩の荷が下りた気がする。
「ありがとうバラン、心から感謝する」
「いいってことよ。んなことよりさっさと魔力をしまってくれ」
「?」
「んあ?」
しまう?魔力を?
「どういうことだ?しまうって?」
「あ、そりゃお前魔力を体内に抑え込むんだよ。いつもやってるだろ?それ―――」
「やってないぞ、そんなこと」
そんなの、当たり前だ。魔力をしまっておくメリットはなんだ?私の魔力内に生物が侵入してきたとき、ゆらぎで気付くこともできる。
そもそも魔力をしまうという発想そのものが浮かばなかった。
それくらい突拍子もない事を言っている。
「は?」
だがバランは信じられないものを見ているような眼差しで私を見ていた。
それを見た瞬間、嫌な汗が体中から吹き出していくのを感じた。
私が何かを間違えてしまったのではないかとという不安。私自身魔力について理解できないところは多数ある。何故私だけ使えるのかということや、何故こんな物があるのかということさえも。
バランの顔から窺える、どうしようもないという諦めの感情から、考えられる様々な悪い予想や憶測が、頭の中を飛び交った。
そしてそれらを吹き飛ばすように、嫌な気配が増幅した。
「んだこれ⋯⋯⋯?」
バランも感じる異様な気配。
赫共の気色悪さを何十倍にも膨れ上がらせたものの中に、
無邪気な悪意がありったけ詰め込まれている。
それを、斜月のみんながいるところから感じる。そして嫌な予感を増幅させるように何発もの銃声が鳴り響く。なにかがあったんだ、助けに行かなくちゃいけない。
そう思ったとき―――
「あ、おい!!」
私の体は既に駆け出していた。
「斜月!銃を構えろ!」
僕の命令に、その場の大多数が困惑の表情を浮かべる。
異常事態であった赫の大移動は終わり、隊長の応援に向かうべき状況の中真っ先に向かうべき僕がそれを引き止めたのだから。
だが、それにあまり詳しく言及は出来ないな。
「正面に異形の赫を視認!骨格と思しきものを確認、存在Xと断定する!」
驚き、困惑。それも当然だ、存在Xというのは推定20万人近くを喰らった化物だ。
「内田、それまじか?」
「ああ、アレを見ればわかるだろ。今までとは何もかも違う」
何をしてくるのかどうかも未知数。最大限の警戒を持って対処に当たるべきだろう。
「見たところ、奴に目耳鼻に該当する部位は確認できない。通常のハウンドと同じく振動によってこちらを感知するタイプと思われる。新兵たちはゆっくりと遠くまで後退、振動を出さないよう注意しろ」
存在Xに今のところ動きはない。
隊長が吹き飛ばされていった方向を見た後ゆっくりとこちらに歩いているだけだ。目算50m前後の距離がある。これがバランならあってないような距離だが、奴にそれほどのスピードがあるとは考えづらい。
だから今のうちに観察して、できるだけ情報を―――!!
「内田ぁ!!!」
考えることに没頭していたせいだろうか、声に気づくのが遅れた。
目を開けば、視界が真っ赤に染まっていた。
それが横向きに開かれた存在Xの口であることに、一瞬で気付いた。そしてこれが避けられないということも。
走馬灯が駆け巡り、不揃いの歯が僕の体を噛みちぎろうとする刹那。
「どけッ!!」
斜月のメンバーである黃が僕を突き飛ばし、真っ赤な口の中に消えていった。
僕が射線から外れたことを認識した全員が、存在Xの頭部に無数の弾丸を撃ち込む。
「ッ!クソッ!!」
すぐさま体勢を立て直し、僕も頭に一発入れるが奴はそれをものともせず何かを潰すような音を鳴らしたあと、首のあたりのエラのようなものから、真っ赤な飛沫を上げた。
黃だったもの。
食べたものを口の中ですりつぶす動物は存在する。だが、赫の体は強い酸性の液体で出来ていて口に入れれば人なんてすぐに吸収できる。
溶かすことなく粉砕し、それを吐き出すように排出した。
こいつは僕達を弄んでいる。
僕達で遊んでいる。
どうしようもない怒りが、腸を焼き尽くす。
「こいつを包囲しろ!赫300体相当の脅威として対処する!射撃を絶やすな!」
こいつは今ここで殺さなくちゃいけない!
これがまた人里に現れたらそれこそ人類の危機だ!
しかしどうすればいい!
何十発も打ち込まれた弾丸は奴になんのダメージも与えられていない!燃えることもなく、ゆっくりと辺りを見回しているだけだ!
そして、存在Xはまた僕を”見た”。
また、僕を噛み砕こうとした。
ガチンッ、とまるで金属同士が打ち付けあったような甲高い音が僕の目の前で響く。それと同時に飛び散る赤い雫が僕の体を少し溶かした音も。
なぜだ。
僕はこいつに対してなんの害意も示せていない。銃を撃った回数も他のメンバーに比べれば一番少ないはずだ。
だが僕だけが狙われている。
「ッ!?危なッ!」
今尚奴の足が僕を踏み砕こうとし、太く逞しい尾が姿勢を下げた僕の上を薙ぎ払う。
何故僕なんだ?
まずいな、考えがまとまらない。落ち着くために隊長のことでも考えよう。
長くサラサラな黒髪の内側から見える深い赤色。長い睫毛と、人形のように澄んだ黒い瞳。きれいな体のラインと主張しすぎない整った形。
隊長の外見だと思考が終わらないな。
かと言って内面なら終わるかと言われれば違うが。
いつも魔法で寝る間も惜しんで僕らのことを考えてくれている。人類のために飲食もしないで戦場で戦っている。隈ができてもそれを隠そうと努力している。僕らの前では気を緩めないようにしているけど、時々見える少女らしさが好きだ。
よし、落ち着いてきた。
状況を整理しよう。
思考している最中もタ―ゲットは依然僕だ。
避けられてはいるが、ゲームとは違って疲労がある。早く何故僕なのかを解明しなければいつかやられるのは明白だ。
この状況になっているんじゃ、こいつの感知機能は振動じゃない。だが近くで見ても目耳鼻は見当たらない。
なら僕らじゃ認識できない”なにか”だ。
なにか⋯⋯⋯先程から引っ掛かっているものがある。
魔力⋯⋯なんじゃないか?
僕らの持つ魔力石に反応しているんじゃないか?
僕だけを追うのは、一度獲物と判断したら逃さない執着心からくる行動だから。だけどそうなってくると蠻鼓には何故魔力石が落ちていた?それがこの仮定の問題だ。
魔力⋯⋯それも特定のものにしか反応しないのか?
先程、隊長の方を見るような挙動をしていた。
隊長の魔力に反応していたのか?たしかに魔力石は、それぞれの魔力に変質すると聞いたことがある。だがそれならば僕だけを狙うのもおかしいだろう。
僕に隊長の魔法でもかけられているのか?
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯”魔法”?
絶食、絶水、絶眠、魔力、隊長、魔法、僕だけが狙われる、
水が喉を通らない、拒絶、かけられた魔法。
全てが繋がった気がする。
「あ⋯⋯⋯」
アンタレスが光り輝く、南半球の星空。
空腹によるめまいを引き起こし、もつれた足が僕に見せたその光景は、オーロラよりも新鮮で幻想的という普通ならありえない矛盾を生み出していた。
いや、別に矛盾ではないか。
最期に見る景色にしては⋯⋯上出来なんじゃないだろうか。
ああ、でも⋯⋯⋯最期に見るのは⋯⋯⋯⋯―――
「慎太郎ぉ!!!!」
どんなときも、思い浮かべていた。
「日ノ⋯⋯⋯―――」
貴方がいい。




