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第8話

 死にたくなるだけの空気しかなかった暗闇の空間は一転して緊張感をはらむ戦場になっていた。私が殺されるか、私がカルキ君を殺すか。その二択しか存在しない。極端な選択肢。決めるのは私の意思ではなく、能力(ちから)


 もう一度私は考えた。カルキ君を殺してまで生きたいと思えるかどうか。普段の生活はけっしてつまらないものではない。はるちゃんもいるし、クラスメイトと過ごす時間は楽しいと思う。戻れば、新しい仲間にして幼き日の友達がいるという。この期に及んでカルキ君がウソをついた、その可能性も一旦は考えたが彼にはそんな理由はないはずだ。もし私にチャンスをやるためだけに言うのなら、もっとまともな言い訳をするはずだ。


 息を整えながら頭をフル稼働させている私よりも先に、カルキ君が動いた。電流が視認できるナイフを一本まっすぐに投げてくる。私は条件反射でかがみ、右に転がってそれを避けた。ナイフの軌跡に電撃が追従しているのが見える。あれに当たったら感電死だ。間一髪。


 暗闇の中で周りが見えない。どれだけ狭いかわからない以上、身体を転がして攻撃を回避するのは近いうちに必ず無理が生まれるはずだ。相手は遠隔攻撃を私よりは自由に出来る、近づくのは危険だ。今の肺で能力がどこまで通用するかわからないからある程度近づいてから攻撃して確実性を持たせたいけれど、ナイフが尽きても彼には体術がある。うかつには近寄れない。


「僕、神無月(かんなづき)さんって人が羨ましいんです」


 青白い一閃が、今度は二つ。広範囲の攻撃を仕掛けてきた。避けることは出来ない。死ぬよりはマシだ、と考えた私は無理を承知で声を張り上げた。自信はなかったけれど、なんとか思ったとおり振動が私の身を守ってくれた。飛来した二対のナイフは弾き飛ばされ、うち一本は物理に則ってカルキ君に向かって吹き飛んでいく。


 しかし勢いをなくしたナイフでは彼に傷を付けることは不可能だった。あっさりかわされ、行き場をなくしたそれは床に自由落下して甲高い音を鳴らしている。


「……羨ましい?」

「はい。だって――」


 助走をつけて飛び掛ってくる。しまった、ナイフにだけ気を取られていた。投げてくることだけを考えすぎていた。避けなければ。私の直感は、左に転がれと告げた。疑う余裕などない、私はそれに従う。


 私が先程までいた位置には、カルキ君が持っているナイフを突き立てていた。ふふ、と笑って私の方に視線を移してくる。


「彼はずっと、あなたの心の中に生きているのでしょう?」

「……どういうこと?」

「言うつもりはありませんでしたが――」


 距離を取った私に目掛けて、彼は何かを投げつけてきた。ナイフではない。しかし、バチバチと耳障りな音を立てているのは確かだった。避けなければ、と思ったが、よりにもよってこんなときに私の身体は立ちくらみを起こしてしまった。微小ではあるが、電気ショックのような衝撃を受けて私は(うめ)き、その場にうずくまる。私に飛ばされてきたものは、コインらしきものだった。


「僕、あなたに惚れていたんです。何度も何度も会っているうちに、あなたのことが愛おしくなりました」

「……!」


 思わず上ずった声を出して、コインの当たった右腕を左手で抑えながら、顔を上げた。状況に似つかわしくない優しい笑顔がそこにはあった。


「おかしいですよね、こんな状況であなたに恋だなんて」

「……そんなこと」

「ですが」


 四本の電撃ナイフが直進してくる。今の私の位置に。私が避けるであろう位置に。電撃がナイフの後を追いかけていなければなんとかなったかも知れなかった。ナイフの速度と私の体調。広がった電流。無理だ。今度こそ。


「僕は運命には逆らえないんです。あなたも」


 ――ああ、これで終わりか。


 死を覚悟した私は、静かに目をつぶった。抵抗の意志は、もはやなかった。(しょう)には会いたかったし、一度死のうと思った気持ちはカルキ君から告げられたことによって書き換えられた。それは間違いない。私は最後まで(あらが)った。その結果、私はカルキ君に負けた。負けるべくして負ける戦いだったのだと、私は思う。


 正直なところ、私はカルキ君を殺す気にはなれなかった。殺人者になりたくないからか。ううん、それは違う。カルキ君を殺したくないからだ。では、なんで殺したくないと思うのか。私自身よくわからなかったけれど、先程の彼の言葉で納得できることがあった。


 ――私もなんだ。自覚はなけれど、私もカルキ君が好きだった。気付いてしまえば、難しいことじゃなかったんだ。


 でも、なんでカルキ君は(しょう)を羨ましいって言ったのだろう。確かに、思い出の人だった。初恋の人だった。ウワサになっていたクラスの編入生が(しょう)だと聞いたとき、心躍ったのも確かだ。でも、カルキ君に対する感情を超えられているかというと。やっぱり。


 いや、もうそんなことを気にする必要もなくなる。死を告げる雷鳴が近づいているんだ。カルキ君の手にかかって死ぬのであれば、それはそれで幸せかもしれない。孤児院の先生やクラスメイト、はるちゃんは悲しむだろう。(しょう)も私のことを覚えていてくれていればだけど、きっと悲しんでくれるのだろう。でも、いい。


 もしも叶うのなら、最期に聞きたかった。どうしてその四本を投げるとき、目に涙を浮かべていたのか。運命に逆らえないなんて、悲しいことを思い込んでいるのか。どうして――


 まぶたの向こうが黒から白へと反転する。ああ、これが。これが……。













「彼女は私の所有物だ。こんなところで死なせはせぬ」


 聞き覚えのあるようなないような、どこか貫禄を感じさせる女性の声が何かを弾き飛ばしたような金属音と共に私の真正面から耳に入ってきたのだった。

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