ボクの目撃
バックの中に潜ませた刃物を見てしまうと顔がにやけてしまう。
ボクの手の甲には包帯が巻かれている。切れた手のことなんか気にしていられる状態じゃなかったからだ。ボクが手に入れたのはただの刃物かもしれない。でも、それはあの豪邸に住んでいる夫婦を殺した犯人の残した証拠。つまり、犯人の弱みはボクの手の中にあるのだ。それが自らの命の危機になるのは十分分かっているのに興奮が収まらない。死ぬかもしれないという恐怖からくる興奮が収まらない。この考えれば考えるほど早まる鼓動の心地よさがたまらない。
ボクの求めていた感じだ。同じような風景生活から外れる大きな衝撃。これがほしかった。そんなことを考えながら刃物を見ていると笑いがこみあげてくる。
本日の授業がすべて終わり日直の仕事のせいで帰りが遅くなっている。教室にはもう僕以外に人はいない。みんな部活だろう。ボクは部活に所属していない。家事のせいでそんな部活をやっている場合じゃないからだ。ボクの日常がつまらない原因の一つかもしれない。でも、それを壊してくれそうなものがひとつ。
誰もいない教室で夕日によって輝く銀色の刃を持つ刃物を取り出して掲げてみる。そこで思ったことがあった。
「でも、これを持っているだけって言うのもなんかな~」
ただ持っているだけではつまらない。持っているだけだったら、家の適当な包丁を持ってくるのと変わらない。重要なのはこの刃物が犯罪に使われたということ、人の血を吸っているということなのだ。これを素直に渡して警察が犯人にまでたどり着いて捕まえることが出来たら、ボクは一躍有名人になることが出来る。でも、きっとそれはたった数日で終わってしまうボクの全盛期だ。それだとなんだかつまらない。きっと、ボクの人生はそこで始まって終わってしまうからだ。
この刃物があの場所に落ちていたということは犯人はあの塀をよじ登って学校側に出て逃走したんだ。その時に間抜けにもこの刃物を落としてしまった。証拠を少しでも現場からなくすための作戦だったのかもしれないけど、その行為のせいで証拠がボクの手元にやってきてしまった。
きっと、犯人は落としたことに今頃気づいているに違いない。そうなるときっと逃走経路の付近で警察に怪しまれないようにこの落とし物を探しているに違いない。でも、逃走経路に落ちているはずがない。なぜなら、それはボクの手元にあるからだ。
ボクは彼の弱みを握っている。
「会ってみたいな~」
そう帰る準備をしながら呟く。
会うのか・・・・・。危険かもしれない。死ぬかもしれない。でも、その緊張感が心地よく癖になりそうだ。会えば、この興奮はもっと大きなものになる。それを経験してみたい。味わってみたい。そう考えたボクは刃物をバックに仕舞って考える。
きっと、まだ見ぬ犯人さんは逃走経路での刃物の捜索を済ませているはずだ。おろらく、最後に訪れるのはボクがこれを見つけたあの場所だ。この時間は人の目が多い。そうなると犯人さんがこの刃物があった場所に探しに来るのはきっと夜だ。それもみんな寝静まった深夜帯の時間だ。
その時間なら兄たちも次の日に向けて眠りに入っていてボクを縛るものは何もない。
一つ目はクリアだ。
次は場所だな。学校まで行くのに犯人がうろついているかもしれないということで警察官と遭遇して補導されたらめんどくさい。なら、今日のご飯はボクがいなくて男どもが簡単に用意できるカレーにすれば、早い時間帯にここに侵入して犯人を待ち伏せすることが出来る。
これもクリアだ。
宿題は忘れたことにすればいいや。
クリア。
これもう大丈夫だ。
紺色のマフラーを巻いてバックを持って昇降口に走る。
そういえば、カレーにするにはルーがなかったような気がする。高いけどコンビニでいっか。たまに家事よりもボクの用事を優先してもいいよね。
靴を履いて勢いよく学校を飛び出す。警戒する警察官を横目にボクは家に急ぐ。信号待ちで足踏みをして変わった瞬間、走り込む。道に沿っていると何台もパトカーが路駐している。それだけ重要な事件なんだ。
その現場となった豪邸からほど近いコンビニにボクは立ち寄る。
その時に入れ替わりで店から出て行った黒の革ジャンを着たジャージ姿の男。整えられていないぼさぼさの黒髪で短髪の髪にクマのある死にかけた魚のような目をした男。磨けばそれなりに容姿のいい男だった。
きっと、これがボクと彼の初対面だったんだ。
この時はお互いに気付いていなかったけど。




