ボクに決意
不祥事を何とかするってどういうことなのか分からない。
ボクの思考はぐるぐると螺旋を描くように安定しない。僕自身も今何を考えているのか、何をしたいのか分からない。頭の中に悪魔のようなささやきが聞こえるけど、それは自分の声だって知っている。でも、本当に自分の声なのかって疑問になるくらい汚れた濁った声をしていた。
その声はボクの聞き取る音すら妨害する。
相葉さんは何を言ったのかボクには分からない。
見える視線もまるで赤い月が夜の町を照らしているように薄く赤色が広がり鮮明に見えているところ視界のほぼ中心だけで後はぼやけて何も見えない。そのぼやけた視界に尖鋭に見えたのはボクを敵視する相葉さんの眼と握られているカッターナイフだけだった。
「どうしたの?相葉さん?」
「お前を殺す!もう、何も迷わない!」
じりじりとボクに近づく。
「これ以上ワタシが作り上げてしまった鬼の暴走を見過ごすわけにはいかない!」
そうはいっているのになかなかそのカッターナイフで切りかかってこない。迷わないとか言っているのボクを殺すことに抵抗しているんだ。
「ダメだよ。相葉さん」
ボクは刃物を振ってついて血を払う。
「迷ったら死んじゃうよ!」
もう、相葉さんがボクを自由にしてくれた救世主だってことは頭の中からは消え去っていた。
刺しかかる刃物を相葉さんは腰を抜かしながらもなんとか交わす。お酒に酔ったようにおぼつかない足取りで倒れそうな体を手すりに手を付いて倒れずに耐えた。
「避けないで!」
振り回す刃物に相葉さんは避けて避ける。
「死んじゃいなよ!」
そう叫ぶ自分が意味が分からなかった。ボクはただ目の前の命を奪いたいという欲求とその後にやってくる命を奪った快感がほしくてほしくてたまらなかった。
刃物を振り下ろそうとするとボクの手を掴んで相葉さんは自分に襲い掛かる人殺しの刃物から抵抗する。
「死んじゃえ!死んじゃえ!死んじゃえー!」
ボクは刃物を相葉さんに向けて押さえつけるために両手で名一杯体重を乗せた。このまま受け止めていたら危険だと感じた相葉さんは横に受け流して刃物の襲来を交わして立ち上がり距離を置いてカッターナイフを構える。
「ボクを殺すんじゃないの?相葉さん?」
この感覚がたまらなかった。命を奪い合うこの場面が興奮した。ぞくぞくした。
やっぱりあの人はボクの求めている快感をくれる。救世主だ。その救世主を殺す。この感覚もいいかもしれないと思った。そう一度思ってしまうともう考えを変えるのは無理だ。
相葉さんを殺したい。
「山田」
「な~に~?相葉さ~ん」
呂律が回っていなかった。
「お前はワタシが好きなのか?」
「好きだよ~」
「奇妙な眼のお前に聞いていない!女の子の方の少女、山田に聞いている!」
何を言っているのか分からない。これはボクであってそれ以上でもそれ以下でもない。
「お前はそのまま鬼になって良いのか!確かに刺激的で過激的なお前の理想の生活が遅れて今は楽しいかもしれない!だが、それは絶対に今だけだ!その後にお前を待っているのは自由のない地獄だけだ!」
最後の自由のない地獄だけはノイズも混じらずに鮮明に聞き取れた。
「な、何を言っているの?そんなわけないじゃん。だって、ボクを縛り付ける家族はいない。それだけでボクは!」
「違う。家族はお前を縛り付けてはいなかった。縛っていたのはお前自身だ。そんな束縛から抜け出す方法はなんだってあったはずだ。家出したりボイコットしたりたくさん方法はあったはずだ。それをやってこなかったのはお前自身がその現実が抜けだす気がまったくなかったからだ!本当のお前は自由になる気なんかなかったんじゃないのか!」
違う。何度もやろうと思った。でも、勇気がなかった。抵抗する意思はあっても力がなかった。それをくれたのが相葉さんだった。
「相葉さんがいなかったら!ボクは今頃自由じゃなかった!」
「確かにワタシはお前に勇気をあげたかもしれない。だが、家族を殺めて得た自由をワタシは自由と呼ばない!それはただの逃げだ!正面からぶつかり問題から逃げるために殺した!そんなもので得た自由を自由とは言わない!」
言い返せなかった。
「うるさい」
まったくその通りだよ。
「うるさい」
何を言ってもボクは相葉さんの言葉以上に言い返す言葉がなかった。
「うるさーい!」
刃物を再び構えて相葉さんの懐に向かって刺しかかる。突然の攻撃に対応できなかったのかそのまま相葉さんは刺されるようにボクを受け止める。その際に持っていたカッターは手から滑り落ちる。
突き抜けた刃は相葉さんの脇横にそれて革ジャンを切っただけだった。
荒く乱れる呼吸に大きく上下に揺れる肩。そんな不安定なボクを相葉さんが大きく包み込んでくれた。興奮で火照る体が静まって行くようにボクの気持ちが落ち着いて行った。人のぬくもりを感じた。相葉さんの鼓動を感じた。ボクは生きている人を実感してぞくぞくした。
「な、なんで?ボクは相葉さんを殺そうとしたんだよ。なのになんで?」
なんでまたボクを助けようとするの?
「ワタシは女の子のお前が好きだ。逆に言えば奇妙な鬼のような眼で睨み脅すお前が嫌いだ。こんな方法で過激的な日常を手に入れても周りの物を失いだけで何も手に入らない。そんな世界は不安定で嫌いだ。そんな世界にお前を連れて行きはしない。その世界に招いてしまったのはワタシだ」
ボクが握っていた刃物をすっと自然に相葉さんは奪う。そして、血だらけになってしまった刃物を見つめる。
「ワタシにはお前を元の日常の世界に帰すという目的がある。それまでが終わるまでは絶対にお前のそばを離れない」
相葉さんは刃物をその場に捨てる。
「こんなものを使わなくてもお前は自由になる手段はたくさんある。それでもその手段を見つけることができないようだった、ワタシが手伝ってやるよ。ワタシはお前がどんな姿になっても味方になってやる。だから、そんな眼はやめて思いっきり泣け」
そう言われた瞬間、ボクの涙腺は一気に緩む。
世界中が敵になってもいいと思っている自分もいた。でも、そんな中に味方をしてくれるという人がいた。その人のぬくもりが暖かくて心地よくて涙が流れ出した。その涙は今まで鬼になってしまって汚れた心が洗われるようだった。
「罪を償おう。ワタシもいっしょに行くよ。どれだけ辛いことがあってもふたりで乗り越えていこう。もし、ワタシが束縛されて鬼になりそうになったら今度は」
その言葉の続きをボクはすぐに浮かんだ。
「今度はボクが助けてあげるよ」
すると相葉さんは笑って僕の頭を撫でた。
きっと、これからやってくることはボクが今まで経験したことのないような地獄のような日々かもしれない。でも、それでもボクはこの人といっしょに生きていく。どんなことになろうともボクはこの人の味方になる。救世主になる。それが今のボクの自由へ歩み。
晴れた橋の中心。
殺人犯と殺人鬼の間に出来た繋がり。
それはきっと誰にも絶つことはできない。
でも、その晴れた橋の中心に怪しげな雲がひとつあった。それはまるで奇妙な鬼のような眼でボクたちを睨んだ。




