001:決闘
伯爵位の相続を決める決闘。
この戦いに負けたら、私はただの剣士になる。
相手は、勇者バニエル。叔父ラドリックの代理人で、若い勇者たちの中でも、特に将来を嘱望されている逸材らしい。
――それにしては、単調な攻撃だな。
また、【火炎弾】だ。半歩ほど横にずれるだけで、かわせる。
二発目も同じ。バニエルの剣が炎を吐くたびに、私は小さく動いてかわすだけ。走る必要すらない。
一応、スキルカード【追尾】の警戒はしているが、今のところ、【火炎弾】が追ってくる気配はない。
四発、五発。爆音が重なり、砂煙が闘技場の中央を覆い始める。それでもバニエルは、【火炎弾】による攻撃をやめなかった。
「思い知ったか、リンカ・シルベリア!」
バニエルが、まるで勝ったかのような雄叫びをあげる。
闘技場の観客席は、盛り上がっていた。
ほぼ満員だ。石段に詰めかけた貴族たちの衣装が、午後の陽光を受けてギラギラと光っている。
その中には、叔父ラドリックの姿もある。シルベリア伯爵位の相続を争っている相手だ。
私は、三日前のことを思い出した。
父の葬儀が終わった夜。ラドリックは、喪服の襟を正しながら、私にこう言ったのだ。
「リンカよ。家督相続の件だが、法廷で争うのも手間だ。決闘で決めようではないか。お前が勝てば、シルベリアの家督は諦めよう」
私は耳を疑った。そして、感動した。
あの金と権力にしか興味がないと思っていた叔父上が、古式ゆかしい武人の流儀を提案してくるとは――。
「叔父上、あなたにも武人の血が流れていたのですね!」
私は、叔父上の手を取り、こう言った。
するとラドリックは、ひどく居心地の悪そうな顔をし、横に控えていた家宰のジルクは、額を押さえて天を仰いでいた。
――せっかく用意してくれた舞台だ。敬意を持って叩き潰そう。
と、三日前の私は、そう思っていた。
その結果が、これだ。
ラドリック本人が出てこないのは、予想の範囲内だった。叔父上の太鼓腹では、走ることさえままならないだろうし、代理決闘は帝国法で認められている。
問題は、代理人のバニエルだ。
整った顔に薄い笑み。手入れの行き届いた金髪を撫でつけ、観客席に流し目を送っている。
貴族の令嬢たちを意識した所作だろう。この手の若い勇者は、腐るほど見てきた。
家門の後ろ盾と財力で、霊装具とスキルカードを揃え、その力で勇者序列を上げる。
死者の技術が刻まれたスキルカードに金を積めば、鍛錬せずとも、あらゆる技術を使えてしまう。
彼らの掌には、マメの一つもないにも関わらずだ。
とはいえ、決闘において、スキルカードの希少度は、銀級までと帝国法に定められている。
金・黒・虹といった、高等なスキルカードは使用することができない。
しかし、霊装具には制限がない。
炎剣イグニス。その名の通り、炎系スキルカードの出力を増大させる、最新の第四世代の霊装具だ。
この一振りで、平民が一生働いても届かない額になる。
イグニスの赤い刀身には、四つの霊孔があり、光を放っている。
すべてに、スキルカードが装填されている証だ。
うちの一つは、さっきから惜しみもなく連射している、銀級の【火炎弾】だ。
篭手・胸甲・脚甲は、量産品としては、最高の第三世代。これらに装填されているスキルカードも、全て銀級に違いない。
対する私は、鋼銀の髪を結い上げただけの頭に、紫紺の戦衣。
霊装具は、左腕に第二世代の篭手が一つだけ。旧式なので霊孔は二つ。
装填してあるのは、【残像Ⅰ】と【衝撃吸収Ⅰ】。
どちらも、最低希少度の鉄級だ。
全部合わせても、あの炎剣一振りにも、遥かに及ばない。
武器は、鉄の剣が一本。母の形見。
これだけは、バニエルの装備に勝るとも劣らない、鋭い光を放っている。
私は、鉄の剣を鞘に納めたまま、右半身を前にした。
居合の型。母から、そして老師ソーゼンから叩き込まれた、銀閃流の基本にして奥義。
「どうした? かかって来ないのか?」
バニエルが挑発する。
それと同時に、脚甲から銀色の燐光が噴出し、バニエルの体を左方へと射出した。
銀級の移動スキル【高速移動Ⅱ】だ。
さすがに速い。しかし、不自然な加速だ。足が地面を蹴っているのではなく、滑っているような動き。
あれでは、急な方向転換はできない。しようとすれば、足の関節がいかれるだろう。
つまり、私の方へ向かって来るには、スキルを解除して停止するしかない。
――そこを斬る。
バニエルの体が、減速を始めた。膝が曲がり、重心が前のめりになる。
もうすぐ、スキルの効力が切れる。
――今だ!
右足で、地面を踏み抜く。
鍛え抜いた私の脚力は、【高速移動Ⅱ】にも引けを取らない。
――銀閃流・霜華
一気に、一瞬で、間合いを詰める。
抜刀。前傾で思い切り、腕を伸ばし、振り抜く。
「がっ——!」
鉄の剣が、バニエルの脇腹を撃った。砂煙を上げながら、転がっていく。
手応えは、無かった。
【鉄壁Ⅱ】と【衝撃吸収Ⅱ】の効果だろう。
吹き飛ばすことはできたが、斬れてはいない。
「重心が浮いている。スキルに頼り切って、地面を踏めていない。それでは、方向転換の隙を狙ってくれと言っているようなものだ」
私は、鉄の剣を正眼に構えながら言った。
バニエルが、砂を掴みながら起き上がる。涼し気だった顔が、怒りに歪んでいた。
「貧乏貴族の脳筋令嬢がっ!」
バニエルの篭手が、新たな光を放った。
「【自動障壁】!」
バニエルが叫んだ瞬間、篭手を起点にして、銀色の障壁が展開する。
薄い光の膜が、バニエルの全身を繭のように包み込んでいく。
「これでもう、お前は指一本触れられないぞ!」
バニエルが余裕を取り戻し、得意げに言った。
攻撃してくる気配はない。斬ってみろと言わんばかりだ。
――なら、望み通りに。
まずは七分くらいの力で、無造作に斬ってみた。
弾かれる。反動による衝撃が、腕全体を走り抜けた。
薄い光の膜は、わずかに揺らいだだけで、傷一つ無い。
七分の力では足りない。障壁を割るほどの威力がなければ、何度斬っても意味がない。
「ハハハッ、雑魚が!」
バニエルが勝ち誇っている。
こちらが手を抜いていたことには、気づいていないのだろう。
「鉄の剣? 勇者序列九十三位の俺に? 冗談は、そのオンボロ霊装具だけにしてくれ、お嬢様」
私は、鉄の剣を鞘に戻した。
左足を引き、腰を深く落とす。
呼吸を整え、全身の筋肉を凝縮する。
――銀閃流・霜華
必殺の一振りが、障壁に弾かれる。
「ハハハッ! 無駄だ、ムダム――」
が、今度は障壁の表面に、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。
砕けた。銀色の破片が散り、バニエルの体が僅かに揺れた。
障壁は、一瞬で再生成されたが、スキルカードには回数がある。
【自動障壁】なら二十回。あと十九回、斬れば良い。
「死ね、死ね、死ね!」
【自動障壁】を割られて焦ったのか、バニエルが距離をとって射撃戦を始めた。
またまた、火炎弾。牽制も緩急もなく、ただただ撃ちまくるだけ。
――学習しないな。
私は、小走りで【火炎弾】を避けながら、構えを変えた。
鉄の剣を鞘に戻さず、抜き身のまま正眼に据える。
黒影流。侍女長ベルタの型だ。
彼女の本領は、暗器を使った不意打ちにあるが、手数による飽和攻撃にも長けていた。
「お嬢様、銀閃流は見事です。ですが、一撃で仕留められなかったら、どうするのですか?」
居合は、一太刀に懸ける。だからこそ、その後には隙が生まれる。
「スキルカードの障壁を貫通するのは、ほぼ不可能です。では、どうすれば良いか、わかりますね?」
そう言いながら、短刀と鎖を鞭のようにして操り、絶え間のない連続攻撃で、私に付け入る隙を与えなかった。
武器は違えど思想は同じ。
――【黒影流・乱紅】
まずは、袈裟斬り。腰を回転させて、体重を乗せて振り下ろす。
障壁が砕ける。再生成。
弾かれた反動を利用して、そのまま逆に回転して、二撃目。また砕ける。
三、四、五、六。同じように切り返す。
一撃ごとに障壁が割れて、銀色の破片が雪のように散っていく。
十を超えたところで、掌の皮が破れた。
弾かれた時の反動によるダメージで、腕と肩も悲鳴を上げている。
「ば、バキャな!?」
バニエルの声が裏返った。
スキルカードの弱点。この男も、ようやく気づいたようだ。
「や、やめろ、来るな!」
バニエルが、【高速移動Ⅱ】で右後方に後退する。
だが、曲がるところで減速する。そこで必ず追いつける。
十五、十六、十七。切っ先が欠け、刃筋に亀裂が走った。
――大丈夫、まだ斬れる。
十八。あと一つ。バニエルの顔が、恐怖で引きつった。
「ひっ——」
十九撃目。障壁が、硝子のように砕け散った。
そして、再生しない。
「……嘘だろ。【自動障壁】を、鉄の剣で……?」
「あの娘の霊装具は、第二世代の篭手だけだぞ」
観客席がザワめいている。
勇者バニエルの圧勝だと思っていたに違いない。
思わぬ番狂わせだが、観戦者にとっては面白い展開だ。
視界の端に、叔父の姿が見えた。腕を組んで、薄く笑っている。
焦りの欠片もない。まるで、結末を知っている芝居を観ているようだった。
「序列九十三位というから、期待してたんだけどな」
「親のコネなんじゃないか? バニエルは、いいとこの三男坊だったろう」
闘技場の空気が変わりつつある。
それを嫌ったかのように、バニエルが【高速移動Ⅱ】で、大きく後方に退いた。
ワナワナと震えている。
怒りか、恐れか。震える指で、懐から一枚のスキルカードを引き抜いた。
黒色。金色の二重縁。カード全体が脈動するように明滅している。
観客席から悲鳴が上がった。
「黒級だと!?」
「反則じゃないか!」
審判は、動かない。目を伏せたまま、石像のように立ち尽くしている。
一方で、バニエルの目には、狂気の色が浮かんでいた。
「……死ね、死ねよ、化け物がっ!」
黒級のスキルカードが、剣の霊孔に吸い込まれた。
「【轟炎葬】!!」
地面が赤熱した。靴底を通して、熱が突き上がってくる。
噴き上がる火柱が、逃げ場を塞ぐように四方を囲んでいた。
――避けられない。
迂闊だった。黒色のスキルカードを見た瞬間に止めるべきだった。
油断とは、こういうことを言うのだろう。
私は左腕の篭手をかざし、鉄級の【衝撃吸収Ⅰ】を発動した。
焼け石に水だ。鉄級のスキルカードでは、黒級の炎を受けきれるわけがない。
分かっている。守っても、しようがない。
ならば、できることは一つしかない。
「あいつ、炎の中を走っているぞ!」
観客席から驚きの声があがった。
――正面突破だ。
熱い。肉の焼ける臭いがする。視界が飛びかける。
それでも、足は止まらない。鉄の剣が赤みを帯び、刀身が溶け始める。
あと五歩。バニエルの顔が見えた。炎の向こうで、恐怖に凍りついている。
あと一歩。手の中で、鉄の剣が崩れ落ちた。
***
「……勝ったのは、どっちだ」
観客席で、誰かが呟いた。
雲が見える。炎の残滓の向こうには、青い空が広がっている。
全身の火傷。肋骨の軋み。左腕の篭手は砕け散っている。
右手には、鉄の剣の残骸だけが残っていた。
「勝者、バニエル」
審判の声は、不自然に平板だった。
観客席が、どよめいた。
「おい、ふざけるな!」
「黒級の【轟炎葬】だろう、あれは。大賢者ザルヴァーンの奥義だった魔法だぞ!」
「八百長じゃねえか……」
それはそうだろう。
黒級のスキルカードを使った以上、誰がどう見ても、バニエルの反則負けだ。
いつの間にか、叔父ラドリックが私を見下ろしていた。
余裕な表情を見せているが、禿げあがった額には、汗を拭った跡があった。
「哀れだな、リンカ」
穏やかな声は、三日前と変わらない。
「兄上もそうだった。脳筋女に誑かされて、シルベリアの発展を阻害した。鉄の剣と努力だけで、この帝国の仕組みに勝てるとでも思ったか?」
脳筋娘とは、母のことか。
だとしたら、「お前の脳は、金でできている」と言い返したかったが、声を出す力が残っていなかった。
「医務室に運べ。治療してやらねばな」
ラドリックが手を振る。
意識が遠のいていく。最後に見えたのは、右手に握ったままの焼け焦げた柄。
母の形見。最後まで一緒に戦ってくれた。あと一歩だった。
――母さん、ごめんなさい。
スキルカードという、金で買える力が全盛の時代でありながら、武術と鍛錬を好む女剣士(伯爵令嬢)の話です。
本日は、パート001から005まで連続投稿します(7時・12時・17時・19時・21時)。
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