好きと言わないための練習会 ――予定通り
※この作品は、
「好きです」と言わないための練習会の記録です。
会話と沈黙が中心になります。
「では、始めます」
彼女は、いつも通りの声で言った。
遅刻はない。
欠席は、ある。
「本日は」
名簿を一枚めくって、
「二名欠席です」
誰も数を確認しない。
誰も理由を聞かない。
「予定通りですね」
彼女は付け足す。
予定、という言葉に、
誰かが一瞬だけ顔を上げた。
「今日は」
彼女はホワイトボードの前に立つ。
「簡単に済ませます」
ペンは持たない。
「最近」
彼女は言う。
「特に問題は起きていません」
「起きてませんね」
前の席の人が言う。
「連絡も」
「告白も」
「衝突も」
ぽつぽつと声が重なる。
「そうですね」
彼女は頷く。
「すべて、想定の範囲内です」
想定、という言葉が、
いつから使われていたのか、
誰も覚えていなかった。
「この会は」
彼女は続ける。
「“何も起きない”ことを、前提に設計されています」
「設計、ですか」
誰かが言う。
「はい」
彼女は迷わず言った。
「偶然ではありません」
少しだけ、笑いが起きる。
「なので」
彼女は続ける。
「最近の状態は、成功です」
「成功なんですね」
別の声。
「ええ」
彼女は言う。
「機能しています」
誰も拍手しない。
でも、否定もしない。
「今日は」
彼女は言う。
「確認事項だけです」
ホワイトボードに、短く書く。
――予定通り
「“予定通り”というのは」
彼女は説明する。
「想定から外れていない、という意味です」
「外れたい人は?」
誰かが冗談めかして言う。
「今日は受け付けません」
彼女は即答する。
「受付時間外です」
また、小さな笑い。
「質問はありますか」
一瞬、間が空く。
「……この会って」
誰かが言いかけて、
「いや、いいです」
「はい」
彼女は深追いしない。
「では、以上です」
解散は早かった。
椅子を引く音。
鞄を持つ音。
誰かが言った。
「最近、順調すぎません?」
「順調です」
彼女は言った。
「予定通りなので」
誰も、それ以上言わなかった。
会議室を出るとき、
ホワイトボードの
「予定通り」という文字が、
やけにきれいに残っていた。
何も起きていない。
それが、
少しだけ“作られている”感じがしても。
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