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魔女の娘  作者: 田中 瑞希
第1章
18/20

不意

 サベリアが魔術院を出ようと手の甲の魔法陣に魔力を込めた。


 すると、魔法陣が発動せずに、魔法陣の跡が手の甲からも消えてしまう。


「なんだ?」


 サベリアは今のこの状況がわからず、ダフネに聞く。


 ダフネは部屋の中を見渡しながら言う。


「移動魔法が何者かに阻害されたようです。」


 ダフネは一度体の中に吸収したことのある魔力、その魔力の持ち主の気配を感じ取り、冷や汗が出る。


 ダフネがそのまま警戒していると、魔術院の中の魔力が揺れ動く。


「来ます。始まりの魔女、エリスが。」


 サベリアはその言葉を聞いて身構える。魔法攻撃による反応速度が上がるように自分の魔力を周囲に行き渡らせたようだ。


 段々と魔術院のドア辺りの魔力と空気の揺れが大きくなっていき、魔法陣とともにエリスが現れた。


「久しぶり、ダフネ。」


 エリスは以前と変わらぬ艶やかな笑みを浮かべている。

 ダフネは警戒しながらも応えた。


「お久しぶりです。どんなご用でしょうか?」


「いやね、そんな他人行儀で、せっかく私の魔力をあげたのに。」


 エリスはふふふ、と笑っているが、心の底からは笑っていない。まるで毒蛇が小さなネズミを虎視眈々と狙っているような瞳だ。


「とても、有り難かったのですが、あのプレゼントは私には大きすぎです。身体に馴染ませるのは大変でした。」


「あら?何も馴染ませるのだけが対処法じゃないのよ?自爆して死んじゃえばよかったのにねぇ?」


(ついに本性を表したか?)


 ずっとエリスとの会話を聞いていたサベリアが、口を挟んできた。


「私がこの者に依頼を出したのだ。1番に殺しに来るのは私ではないのか?」


 エリスはサベリアの方も向かずに、話す。


「なぜ私があなたたちに構わないといけないのかしら?あなたたちは魔術も使えず、何もできないじゃない。呪いを解いてしまうかもしれない物を先に始末するのがモノの順番でしょう。」


 その言葉を聞いて、サベリアはガクッと俯いた。


「本当に、呪いを解かれたら困っちゃうのよ。私は今の王族が破滅するのを見届けないといけないの。こんなことになるならあの時私の手で確実に殺しちゃえば良かったかしら。こんなに邪魔になるとは思っていなかったわ。でも、あの時も殺すつもりで魔力を注ぎ込んだつもりだったのに、おかしいわね、なんで馴染んじゃうのかしら。」


 エリスはべらべらと喋りながらコツコツと足音を立てて店の中を物色している。


(こんな大変な依頼になるとは思ってもいなかった。)


 ダフネはふとそう思った。

 だが、依頼は受けた以上後始末もやらなければならない。


「これね。」


 エリスが薬品棚に置いてあった魔力増強剤を手に取った。

 少しそれを見つめると、エリスはつまらなそうな顔になる。


「ふん、考えたものね。それで私の魔力を全てあなたのものにしちゃったの。」


 薬を見ただけでそれを何に応用して使ったのかがわかるとは。

 さすがとしか言いようがない。エリスはなるべくしてここまで生きていると言ってもいい。


 ダフネはエリスと目を合わせ、挑戦的な目を向ける。


「はい。これで私も魔女として強くなれたと思います。」


 ダフネは近くにあった自分用ののど飴を手に取る。


 そののど飴に魔力を割れてしまう限界寸前まで流し込み、足に力と魔力を込める。


 エリスが喋り出そうとしたその瞬間、ダフネはエリスの懐まで飛び込み、のど飴を口に入れ、魔力で胃の中まで流し込む。


「何をした!!」


 エリスがものすごい剣幕でそう叫んだ。それと同時に、エリスは魔法攻撃を仕掛けようと魔法陣を展開しようとした時、


『ボンッ』


 エリスが崩れ落ち、エリスの体内で込み上げてきた血液をぼたぼたと床に吐き出した。


「何をした?」


 今度はサベリアが聞いてきた。


「私が何かをしたわけではありません。エリスの身体に魔力を限界まで詰め込んだのど飴を無理やり飲み込ませました。そして、何を体内に入れられたのか分かっていなかったエリスが魔法を発動し、エリスの腹の中でのど飴がエリスの強い魔力に反応し、爆発したのです。体が硬くて見た目に違和感はありませんが、内臓はぐちゃぐちゃなはずです。」


 ただ、威力が足りなかったようで、そこまで致命傷にはなっていない。


 ダフネはエリスをこれ以上動けないように多面体の結界を張りながら言う。


「なぜそこまでする?」


「エリスはあくまで人間です。今この時代に生きていていい存在ではない。そして、今ここでエリスを殺せば、依頼も完璧にこなせます。」


 ダフネはこちらを向いているエリスを見る。エリスは憎しみの瞳でサベリアとダフネをキッと睨みつけていた。


「エリスは、間接的にですけど、母と父の仇なので。」


「そうか、仇は打てる時に打っとかないとな。」


 サベリアはこれ以上深掘りするのをやめたらしい。


 ダフネは魔術詠唱を始める。


「精霊よ、我に力を貸したまえ。彷徨う魂をここに縛り、霧となりて風に(なび)け。」


 エリスは多面体の結界の中で、体がボロボロと崩れ落ちていく。多面体の中に残ったものはほとんどがエリスの魔力で、その100分の1にも満たない大きさのエリスの魂も、結界の中に残っていた。


 ダフネは手のひらをキュッと握り、結界をできる限り圧縮する。


 小さくなったそれを、魔力増強剤を取り出したその小瓶に入れた。


 大人しく封印されてくれて助かった。ガチガチの結界を張ったから内側からは大した攻撃はされないようになっていたけど、全力抵抗されていたら結界は破ける。そうなるともっと厳しい戦況になっていたはずだ。


 エリスは何かを思って抵抗することをやめたのだろう。

 

 しかし、エリスは完全に私を油断していた。私が魔力を使っても、先に部屋中に広がっていたサベリアの濃い魔力に溶け込んで、私の魔力に気づかなかった。そこでエリスに勝てる確率が一割になった。

 エリスは私が魔法か魔術だけを使うと思っていたのだ。攻撃法はそれしかないと思っていたから。

 チャンスがあったから、ダフネはそれに賭けてみた。


 ダフネは安心のため息をついてから、一つ深呼吸をした。


 ダフネに話しかける機会を伺っていたサベリアにダフネが気づくと、ダフネはサベリアの方を向いて言葉を促した。


「しかし、なぜ爆発したんだ?私には魔力の動きからしてあれは完全に爆発だった。ただ、魔力爆発なんて聞いたことがない。」


「いつか話しておこうと思っていたのですが、見せるのが先でしたね。」


 ダフネは先ほどののど飴を手に取った。


「私の両親は魔力暴走による魔力爆発で死んだのですが、魔力爆発は、何か生き物に容量以上の魔力を込めると起こるようです。」


 ダフネは手に取ったのど飴を4つに割る。四つに割ったその一つののど飴を手に取り、魔力を込めて小爆発させて見せた。


「私も物に魔力が込められることは初めて知ったのですが、私の魔力が込められながら作られているので、うまくいったのでしょう。」


「なるほど、」


 サベリアは何となく理解したようで、考え込んだ。


「これは世に公表しない方がいいと思います。兵器にしかなりません。」


「ああ、私もそう思う。だが、一旦兄上に話を通そう。」


「わかりました。」


 それから2人は黙り込んだ。


 ダフネは床のエリスの血液の後を見る。

 サベリアは今までのこと、これからの起こすべき行動を考えていた。


「せっかく薬を作ってもらったのに、無駄になってしまったな。」


 そう言われて、ダフネはハッと気がつく。


(エリスはまだ魂が残っていて完全消滅していない。ということは、まだ呪いが現存しているのでは?)


「アザを見せてもらってもいいですか?」


 ダフネがいつも以上に真剣な面持ちで話すため、サベリアがたじろいだ。


「あ、ああ。いいぞ。」


 サベリアはシャツのボタンをはずし、見せてくれた。


 ダフネはしゃがんで、サベリアの綺麗な腹筋が素晴らしい腹をまじまじと見た。


「アザは完全に消えていますね。肉体または心が消えることが呪いにおける解呪の条件だったのでしょうか。または、呪う時に使用した魔力の解放。もしくはそのどちらか。これは研究しがいがありますね。」


 ダフネがぶつぶつと喋っていると、サベリアが口を挟んできた。


「そうやって誰か人を呪うなよ。この国にいる限り呪いは重罪にすることにする。」


 ダフネはサベリアを見上げ、私のことをなんだと思っているんだと睨めつけた。


「そんなことはいたしません。もし見つかった時にかかる代償が大きすぎるので。」


 サベリアは呆れてため息をつき、シャツのボタンを閉める。


「それと、さっきの詠唱魔術はなんだったんだ?魔術は詠唱なんかなくとも使えるだろう。」


「あれは魂を封印、消化する希少魔術です。魔術にも魔法のように原理のあるものが少なからず存在していますが今まで発見されたものは片手の指の数にも満たないほどで、発動するにもものすごい魔力が持っていかれるのでのっぴきならない事情とかがない限り使用されないんです。」

「今使って、エリスによって増えたはずの私の魔力の半分以上が持っていかれましたし、魔法に限らず魔力を多く使うものは制御が難しいので詠唱がないと使用者の安全が確保出来ないんですよ。」


「なるほど。もしかすると魔術も魔法と同じような原理によって働いていたのかもしれないということか。」


 サベリアが今の説明でダフネが長年考えていた可能性にまで触れられるとは思ってもみなかった為、ダフネは鼻息を荒くする。


「そうです、そうです。私の知っている希少魔術はまだ二つしかありませんが、どちらからもまだ共通原理が見つけられず、難航しているんです。魔女の中では、希少魔術は神話の時代から存在しているとも長年噂されていて、それだけに希少魔術の数も情報も少ないのですが、」


「…あ、話しすぎましたね。」


 サベリアは一つ咳払いをした。


「いや、いい。私はこれから城に帰ってこれらのことを報告する。国王…兄上は、どんな形であれお前に会いたがるはずだから、覚悟と準備を進めていろ。」


 ダフネはさっきまで高揚していた気分がガクンと下がったが、それだけのことをした自覚はあったので、大人しく受け入れることにした。


「わかりました。日程が分かり次第、お知らせください。」


 ダフネは転移魔法を発動させて帰っていくサベリアを見送った。

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