故大納言の四十九日
●久々の単身生活
道頼の北の方(姫君)は、父親の最期を看取ったあと、そのまま大納言邸にとどまります。
大納言邸の人々は、人の死という穢れに触れたため、三十日間は外部の人々との交流はできません。物忌の期間に入ります。物忌と服喪とは別のもので、子供たちは一年間喪に服することになります。
道頼は、大納言邸にやってきて葬儀の段取りをつけるのですが、死穢に触れると参内できなくなってしまうので、庭先に立って、あれこれ指示を出します。けれども――
「う~ん、庭先からじゃ、まどろっこしいな」
父右大臣に相談します。
「触穢となりますが、三十日の休暇を願い出て、私も大納言邸に寝泊まりしようかと考えております」
「帝が即位なさってまだ間もないのに、そんな長期休暇がゆるされるはずもなかろう」
「ですが――」
「いや、よくない。自分の役職を考えろ」
北の方(姫君)も、道頼の考えには賛成しません。
「子供たち(三条殿にいる幼い長男と長女)をこの物忌の場へ呼び寄せるわけにはいきません。不吉なことですわ。かといって、子供たちだけ三条殿に残して、大将殿までこちらに籠ってしまわれたら、心配です。三条殿で子供たちを見守ってくださいませ」
というわけで、道頼は三条殿にとどまって、子供たちの遊び相手などしつつ、久々の単身生活を送ることになります。
「自由を満喫、なんて感じじゃないな。一日たりとも彼女がそばにいてくれないと落ち着かない。寂しい……」
道頼は北の方(姫君)と文のやりとりをします。
『洗濯してあるパンツとか靴下とか、どこにしまってあるの? おチビさんたちにプリンを食べさせると、必ず、もう一個って言うんだ。二個食べさせてもいいかな? 冷凍のエビフライって、凍ったまま揚げちゃって、いいの? あなたがいないと、寂しいな……』
『パンツも靴下も唐櫃に入っています。上に重ねてあるものから順に使ってくださいませね。プリンは一個までです! ご自分で揚げ物をなさったり、なさらないでくださいませ。油が撥ねて、後で掃除が大変ですから。御厨子女にお任せになってくださいませ。寂しいって、まだ三日しか経ってませんわ』
『おチビさんたちが、ママに会いたい会いたいといって、泣くんだ。寝かせつけるのに苦労してる。絵本を読み聞かせるんだけど、気に入らないみたい。ヘタクソ!って言われる。子供たちの世話は女房たちに任せて、私もそっちへ籠ればよかった。寂しいよ……』
『三十日も参内なさらないわけにいきませんでしょう? それに、両親ともに出かけてしまったら、子供たちを不安がらせますわ。駄々っ子のようなことをおっしゃらないでくださいませ』
大納言邸にとどまっている北の方(姫君)は、継母や異母兄弟姉妹たちと、服喪のために土殿※に籠ったりしています。本殿では高僧たちが読経をつづけています。
※土殿――簀子(廊下)や渡殿などの床板を取り外し、土間になったところ。服喪のためにそこに籠るのですが、詳細な説明を目にしたことは、筆者はありません。資料が少ないのだと思われます。簀子や渡殿は高床に造ってあります。床板を外して土間に座るのはいいとして、周囲に几帳を立てたのでしょうか? 土殿に籠る期間はどれくらいなのか、二十四時間籠ったのか、など不明です。
●四十九日の法要
道頼は大納言邸を訪ね、庭先に立って北の方(姫君)と言葉を交わしますが、精進のせいか、姫君はやつれて青ざめているのでした。その痛々しさに道頼は動揺し、泣いてしまいます。
「物忌が明けたら、帰ってくるよね? 子供たちが寂しがってるよ。私もだけど……」
「四十九日が済むまでは、こちらにおりますわ。同じことですもの」
「ええ~?? じゃあ、物忌明けのあとは私もこちらで寝泊まりする。もう絶対そうするからね。決めた」
というわけで、三十日間の物忌の後は、道頼も夜は大納言邸で過ごすことになりました。北の方(姫君)と長期間離れていられない道頼クンなのです。
四十九日の法要が盛大に執り行われます。
道頼は北の方(姫君)に帰宅を促します。
「さあ、三条殿へ帰ろう。ぐずぐずしていると、継母に部屋に閉じ込められちゃうよ」
「またそんなひどいことをおっしゃって。昔のことをまだ根に持っているなどと母上に思われたら、気まずいですわ。今は、亡き父上に代って、母上にかわいがっていただきたいと願っておりますのよ、私は」
心が清らかで、頭のオカシイ姫君は、かようなことを申されるのでした。
●越前守、故大納言の遺志を伝える
道頼と北の方(姫君)が帰り支度をしていると聞いて、越前守がやってきます。大納言の遺言のとおりに、大将の北の方(姫君)に渡すものを持ってきたのです。
「粗末なものですが、亡き父の遺志ですので」
道頼が見ると、地券らしきもの数点とこの屋敷の図面、純金の鼠像と純銀の小犬像、それにいくつかの石帯が並んでいます。石帯のうち、一つはかつて道頼が故大納言に贈ったもので、残りは、きれいな石は嵌っているものの、かなりくたびれているのでした。
道頼は荘園の地券をざっと見て、微笑みます。
「亡き大納言殿はなかなかよい荘をお持ちだったのだね。ところで、こちらのお屋敷までくださるというのは、どういうことなのかな?」
北の方(姫君)が言います。
「その件ですけれど。私がいただくわけにはまいりませんわ。母上にさしあげたいと存じます」
「その考えに私も賛成だ。あなたには私がいるんだから、ね。――越前守殿、お父上のご厚意を無にするのは失礼なので、荘園の地券一つ、美濃の国の荘園だが、それと石帯一つ、以上をいただくことにする。残る石帯は、越前守殿と左衛門佐殿に納めてもらいたい。そして他は全て、三の君と四の君に、それぞれが相続するものに上乗せして、さしあげてほしい」
道頼と越前守とのあいだで、どうぞお納めください、そうはいかない、と何度かくりかえされて、最後に、道頼の意向が通ります。
「ところで、四の君のことだけどね。頼れる人がいないようで、気になっている。これからは私がいろいろとお世話してさしあげたいと思う。大君(長女)と中の君(次女)は、それぞれの婿君を通して、お世話いたそう」
大将道頼の言葉に、越前守は恐縮してしまいます。
「ありがとうございます! 早速、大将殿のお言葉を家族に伝えてまいります」
「やっぱりお返しする、なんて言われて、受け取って戻って来られても困るからね。私は何度でも同じことを言うよ」
「この石帯ですが、やはり、大将殿が全てお納めいただければ、と思うのですが」
道頼、うんざりしてしまいます。石帯なら腐るほどある……。
「必要なときは、そなたたちから借りるから。越前守殿も左衛門佐殿も、もう他人じゃないからね」




