とことん親孝行――大納言任官
●中納言が大納言に!
七十の賀を祝ってもらい、一度は元気になった老中納言ですが、安定した体調は続きません。しだいに病が重くなっていきます。
大将道頼はいろいろな寺で加持祈祷をさせますが、老中納言は恐縮するばかりなのでした。
「加持祈祷など、お気遣いは無用です。もう思い遺すことはありません」
ところが、そう言いながら、ついに大納言になれなかったことを残念がる老中納言です。病の床で愚痴をこぼします。
「ああ~、私は長年不遇だったな。若い連中に官位で追い越され、昇進が遅れてしまった。大将殿とご縁を結んだからには、生きてさえいれば、きっと大納言に昇進できるだろうと期待していたが、時間切れのようだ。大納言になれずに死ぬのは前世の報い……と思っても、諦めきれぬ」
父親がこうもらすのを聞いて、親孝行が趣味の姫君は、じっとしていられません。
「なんとかして父上を大納言にしてさしあげられないでしょうか?」
溺愛する北の方(姫君)が熱望することですから、道頼もこの件をなおざりにはしないのでした。
「権大納言のポストは定員が埋まってるし、現職の大納言の首を飛ばすわけにもいかないし。どうしようかな……あ、そうだ、私の大納言位を譲ろう」
えええ??? ダメ親父のために、そこまでしちゃうの???
――しちゃうんです、道頼は。本気です。父親である右大臣に相談します。
「中納言殿に孝養を尽くしたいのです。帝がご機嫌麗しゅうあそばす折に、この件をなんとかお伝え願えないでしょうか」
帝は右大臣の孫、道頼の甥っ子です。
右大臣は答えて、
「私に異論はない。そなたが自分で奏上文を奉れ。そなたは大納言位がなくとも困るまい」
右大臣、道頼、ともども、やりたい放題できる我が世の春を生きているのですね。帝は、中納言を大納言に任ずる宣旨を下します。
※大納言と権大納言の定員は、平安時代の初期~中期~後期で、増減がありますが、この物語が書かれたころは、大納言二名、権大納言二名だったと思われます。かつては、中納言が大納言を補佐する役職としてもうけられたのに、いつのまにか、権官(副官)が誕生したのですね。院政期になると、ゴンだらけになります。
●疾く死ねかし
宣旨、下る!
この知らせに、老中納言はもちろん大感激します。またもアドレナリン効果で、病床から、しゃっきりこ~ん!と起きあがります。神仏に願を立てます。
「嬉しや! 前世から定められたこの寿命ですが、今少し、延ばしてください。願いをお聞き入れくださったあかつきには、サマージャンボ宝くじ、年末ジャンボ宝くじ、それぞれ百枚ずつ奉納して、たとえ一億の当たりくじが含まれていても当選金をよこせとは申しません。けっして申しません!」
新大納言は、参内するのによい日柄を調べさせ、子供たちを呼んで、参内に向けてあれこれ役割りを振り当てたりします。エンジン、かかってきました。つい昨日、棺桶に足をつっこみかけた老人とは思えません。子供たちと北の方を前に、いやに熱っぽく語りはじめちゃう新大納言です。
「大将殿の北の方(姫君)を除いて、私には七人の子がいる。七人のうちの誰が、現世で嬉しい目を見せてくれ、後生の安寧まで保証してくれた? 大将の北の方となった、あの子だけではないか。婿殿たちだって、やれ装束だ、新しい牛車だ、教育ローンだ、なんだかんだと、まだ私の世話を受けている。ところが大将殿は、私が何一つご奉仕していないのに、このように私を引き立ててくださる。かえって、こちらが恥ずかしくなるほどだ。その大将殿とご縁を結ぶことができたのは、落窪の間にいたあの子のおかげであるぞ。――よいか? 私が死んだら、私の代わりに、そなたたちが大将殿の北の方にお仕えするのだ」
これを聞いた鬼ババ継母、面白くありません。内心、悪態をつきます。
憎ったらしい爺さん、早よ死んでしまえ!
(憎し、疾く死ねかしと思ふ)
●新大納言の喜び申し
新大納言は、新任の喜び申し(あいさつ回り)に出かけます。先ずは、大将道頼のいる三条殿へ出向きます。道頼と北の方(姫君)の前では、拝舞の礼で謝意を表します。
拝舞は、嬉しくて手足が勝手に踊っちゃう、を表す唐式の礼法です。立って拝礼したあと、先ず左を向いて、左腕を肩の高さで左横に伸ばし(右腕は左肩あたりに添え)、左袖を腕に巻きつけるようにくるりんと振り、次に右を向いて同じ動作、最後に左を向いて同じ動作をします。次いで、左膝を床(または地面)につけて、繰り返します。左右左といいます。ラジオ体操みたいですね。
道頼は高齢の大納言の拝舞に恐縮してしまいます。
「畏れ多いことです!」
「いえいえ。私は、死んだ後も大将殿の守り神となってお守りしたいと念じるほどに、感謝申し上げておるのです」
ダメ親父が守り神に? あまり、ありがたくないような――。
大納言は、三条殿を辞去したあと、右大臣邸へ回り、その後、参内します。
そして。
喜び申しで三回も拝舞したせいでしょうか、大納言はふたたび寝込んでしまいます。病は、今度こそ、癒えそうにありません。




