大納言道頼、大将を兼任する
●道頼、大将を兼任する
かかるほどに(こうしているうちに)――と、この段は始まります。八月の法華八講から、五か月ほど経過したと考えられます。
道頼は、父親である右大臣から、右大臣が兼任していた大将(右大将か左大将か不明ですが、おそらくは左大将)の職を譲られます。
「私も年をとってきたのでな。近衛府の大将という任を果たすのは難しくなってきた。内裏での儀式に、大将の装束に身を包んで臨みながら、きびきびと動けないようでは、末代までの恥となろう。大将という職は、やはり、華のある若い男にこそふさわしいのだ」
若い男にこそふさわしい、と言いだした右大臣ですが、この職にずいぶん長年居座っていたのです。長男である道頼にまちがいなくこの職を譲れる時が来るまで堅持していた、というわけでしょうね。京官の人事は公卿会議に諮って、結果を帝に奏上し、勅裁を仰ぐのです。今なら、帝の外戚である右大臣の申し立てに異を唱える公卿は、いないでしょう。
老中納言は、婿である大納言が大将まで兼任したと聞いて、またも大喜びです。
「嬉しや! 大将ぞ! ジェネラルぞ!」
と、両腕を振り上げようとして、
グキッ!
背骨を痛めます。
一箇所痛みが出はじめると、あちこち痛むようになり、ちょっと寝込むうちに体の具合が悪くなっていきます。あっというまに、すっかり痩せ衰えてしまうのでした。
大納言の北の方(姫君)は、神仏に祈りを捧げます。
「父上には法華八講であんなに喜んでいただいたのです。もう少し親孝行をしてさしあげたい。父上のお命、いましばらく、長らえさせてさしあげてくださいませ」
●七十の賀の計画
神仏に祈る北の方(姫君)の姿を見て、道頼は――何しろ、姫君を溺愛していますから――老中納言への「とことん親孝行プロジェクト」第二弾を思いついちゃいます。北の方(姫君)に話をします。
「中納言殿の七十の賀、どうかな?」
「賀宴を催してくださると、おっしゃるのですか?」
「ああ。八講会を催したのがつい去年なのに、イベントが立て続くことになるけど、中納言殿のお歳を考えるとね。八十の賀、九十の賀は、さすがに難しそうだから」
「そこまでの長生きは……ええ……難しいことかもしれません」
「中納言殿の北の方は、何度も懲らしめちゃったからなぁ。中納言殿に埋め合わせをしてさしあげるのに、法華八講一回きりじゃ、自分が納得できないよ。中納言殿には孝行してさしあげると、一度、決めたんだ。一度決めたことは、とことんやらずにはいられないんだよね、私は」
北の方(姫君)は微笑んで、
「とことん。そうですわね。よ~く承知しておりますわ」
「七十の賀。中納言殿にとって最後の祝宴のはず。私も、めいっぱいご奉仕しなくては。――よしっ! 盛大なイベントにするぞ!」
早速、道頼は準備に入ります。必要な物の調達を各地の受領に割り当てます。
受領たちも、ここぞとばかりに、張り切ります。帝の外戚である右大臣の子息、今をときめく大納言兼近衛大将に、自分の功労を印象づけておきたいのですね。後々の見返りを期待しているのです。より豊かな国の国守に任命されたい。国守という身分のほかに京官職も得たい。加階も得たい。四位を賜りたい。いろいろな思惑があります。
●衛門尉(帯刀)、三河守になる!
このころ、衛門尉(帯刀)は、五位を得て、三河守に任じられます。
三河は、大国・上国・中国・小国とランク付けされた諸国のなかの上国です。現在の愛知県東部ですね。かつての帯刀は、貴族の末端(五位)につらなり、平安京からさほど遠くない上国の国守として赴任することになったのです。大出世です。
衛門は、もちろん、夫の昇進を祝います。焼肉パーティです。
「いつも焼肉しか思いつかなくて、ごめんなさい」
「上等だよ。嬉しいよ。この雉肉、ジューシーだね」
「5Aランクを奮発したの」
膳のそばには、生ビールの家庭用サーバーまで用意されています。
「生ビールだぁ! 発泡酒も悪くないけど、やっぱり、生だよね」
「惟成、本当におめでとう」
「きみの内助の功あってのものだよ」
「赤ちゃん……ほしいわね」
「できるさ。国守の館では、これまで以上に仲良くしようね。キングサイズの御帳台、買っちゃおうか?」
というわけで、三河守(帯刀)は衛門を連れて、任国へ下っていくことになりました。
衛門は北の方(姫君)に「七日の暇」を願い出て、三条殿を去るのですが、七日間で三河から戻るという意味ではなく、「ほんのしばらく、おそばを離れさせていただきます」という儀礼的常套表現だそうです。じっさいには、三河まで下りが六日、上りは七日の行程だったとか。紫式部が父の任国である越前へ下向したときの行程を考えると、かなり近間ですね。
北の方(姫君)は、クリストフルの銀食器一揃い、美顔スチーマーにヘアアイロン、白銀の毛抜きにまつ毛ビューラー、熊野の化粧筆一ダースにシャネルのフェイスパウダーなどなどなどを、ルイ・ヴィトンのトランクとトロリーに詰めて、衛門に贈ります。
「ささやかですが、私からの餞別です」
「まあ! あらっ、この白銀の毛抜き! よく抜ける毛抜きが欲しかったんです。嬉しゅうございます!」
「毛抜き……あ、そ……」
「すばらしい贈り物をこんなにいただいて。感謝の言葉もございません。でも……姫君のおそばを離れる日が来ようとは……。辛うございます。ああ、姫君ぃぃぃ」
衛門、突然の大号泣です。
「辛い……それは言わない約束でしょ。ああ~ん、私も泣けてきちゃったわ。本音は、行かないで、なの」
北の方(姫君)の脳裏にも、落窪の間での日々、中納言邸から脱出したあの日のこと、すべてが走馬灯のように流れるのでした。




