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なんちゃって落窪物語  作者: fukuneko
巻一
19/105

あこぎ、てんてこ舞いする

●中納言一家が石山寺詣でから帰る


 翌朝、帯刀は寝過ごします。

 というわけで、少将道頼も寝過ごしてしまいます。夜が明けきったころに、ようやく起きだします。

 

 あこぎは慌てます。この日、中納言一家と供人たちが、石山寺詣でから帰ってくるのです。

 近ツーが用意した旅程表をコピーしておくのを忘れたので、一家の正確な帰宅時刻がわかりません。

 焦りながら、朝の粥や手水の支度にかけずりまわります。


 道頼は、つゆに頼んで、帯刀を格子の外まで呼び寄せます。

「迎えの車を取りに人を遣ってくれ。こっそり抜け出さないと」

 雨のなかを二人だけで徒歩で来てしまったので、自邸に人を遣って、迎えの牛車をこちらへ呼んでくる必要があるのです。


 けれど、こういうときは、うまくいかないもの。

 中門のあたりが何やら騒がしくなってきました。

 中納言一家が帰宅したのです。

「あ、車は用無しだな、もう」

 道頼は笑います。落窪の間から出るに出られず、ええいままよ、ゆっくりしていこう、と腹をくくったのです。



●あこぎ、てんてこ舞いする


「あこぎ! どこにいるの!」

 あこぎは、落窪の間で洗面や朝食のお世話をしたいのに、北の方が大声で呼びます。

「ああ、もうっ!」

 泣きたい気分で、北の方のところへ駆けつけます。

「どうして車宿りまで出迎えにこなかったのかえ? 役立たずだね、まったく。落窪付きに戻してしまおうかね」

 これは嬉しいこと! あこぎは思わずにんまりしそうになりましたが、なんとかこらえて、恐縮しているそぶりを見せます。

「すみません」

「手を洗う水を早く持っておいで!」

「はいっ」


 そのあとしばらく邸内は、荷ほどきやら何やら、精進落としのお食事が運ばれるやら何やらで、慌ただしくなります。


 隙を見て、あこぎは御厨子(台所)へ入っていき、顔なじみの水仕女に声をかけます。

「ねえ、ちょっと――」

 あこぎは叔母さんが送ってくれた精白米と、おいしそうな精進落としの料理とを交換してもらうと、落窪の間へ運んでしまいます。

「これをお召し上がりくださいませ」

 お料理をちゃんとお膳に載せ、少将道頼と姫君の前に据えます。

「おや?」

「まあ……」

 道頼と姫君は、またしても不思議なこと、と顔を見合わせるのでした。


 あこぎが気を遣って用意した朝食ですが、ほとんど手つかずのままになってしまいます。道頼と姫君は、どうやらお疲れモードのようです。


 ころあいを見計らって、あこぎはお膳を下げます。

「うふふ。おいしそう」

 万事、用意のいいあこぎです。御厨子から借りてきた器にお膳の料理をすっかり移し替え、自室へ運びます。帯刀が待っているのです。

「どう? 豪華なブレックファストよ」

「へえ。こんなお下がりにありつけるとは、やはり僕のご主人さまがこちらにおいでだからだね」

「そうよ。だから、これからも、大雨が降ろうが嵐が来ようが、あなたはご主人さまをここへお連れもうしあげるの。いい?」

「嵐の晩も、か。えらいことになったなぁ」

 あこぎと帯刀は、おいしい料理をつつきながら、笑い合うのでした。



●道頼、几帳の陰に隠れる


 落窪の間で、道頼はすっかりくつろいでいます。

 北の方に見つかったら? と、気もそぞろながら、あこぎは姫君のそばに控えています。


 すると、案の定――

「ここを開けなさい」

 北の方=継母の声がするではありませんか!

 あこぎは姫君と顔を見合わせます。

 万事休す!

 継母は、落窪の間の母屋に近い襖障子を開けて、入ってこようとしているのでした。


 けれども、襖はすんなりとは開きません。

 こんなこともあろうかと、あこぎが内側から掛け金をかけておいたのです。

「ちょいと! ここ、開けなさい。何をぐずぐずしているの?」

 道頼はのんびりと構えていて、

(ふすま)(掛布団)を引っ被って横になっていれば、見つかりゃしないさ」

 と言って、几帳の陰に隠れます。

 姫君は、几帳の前に身をにじらせてから、あこぎに小声で合図します。

「いいわ。障子をお開けなさい」


 あこぎが掛け金を外すと、荒々しく障子が引き開けられます。

「おや……?」

 継母は不審そうにあたりを見回します。

 どうして几帳があるのかしら? 

 どうして落窪は見慣れない衣を着ているの?

 継母は片眉をつりあげます。

「ひょっとして、あたくしの留守中に何かあったんじゃないのかえ?」

 バレバレよね……当然よね……。

 あこぎは冷や汗をかきます。

 姫君は真っ赤になって答えます。

「何もございません」

 そう答えるほか、ないわけで。


 さて、道頼は、几帳の帷子(かたびら)の隙間から、継母界の大横綱の尊顔を拝したてまつります。

 ふーん……。

 平べったい顔だけど、口もとは色っぽいな。まあ、美人かな。眉間のあたりはちょっと皺が刻まれていて、老けてる感じだ。意地の悪さが滲み出てるな。

 こと女性の容姿となると、こんな場合でもしっかり観察する道頼なのでした。



●継母が姫君の鏡箱を持ち去る


「何もなかったようには見えないけど、まあ、いいわ。ところで――」

 と継母は姫君の鏡箱に目をやります。

「あたくしね、すばらしい鏡を買ったのよ。あなたの鏡箱にちょうど入りそうなの。しばらく貸してもらえないかしら」

「喜んでお貸しいたします」

「まあ、聞き分けがいいこと。よい心がけね」

 言うが早いか、継母は、姫君の鏡箱を手元に引き寄せます。姫君の鏡を取りだしてしまい、自分の新しい鏡を中へ入れます。新しい鏡はぴたりと箱に収まります。


「買ったばかりのこの鏡もすばらしいけれど、この箱の蒔絵も見事なものね。きょうび、これほどの品はなかなか得難いものよねぇ」

 鏡箱を撫でまわす継母。

 あこぎは悔しくてなりません。

 冗談じゃないわ!

「北の方さま。姫君のお鏡をお入れする箱がないのは、困りものです」

「別のを捜してあげるわ」

 そう言って継母は立ち去りかけるのですが、妙に余裕の笑みを見せて、

「その几帳はどこにあったものかしら? ずいぶんしゃれてるじゃないの。ほかにも見慣れないものがあるわね。やはり、何かあったようね」

 

 たじろいだようすを見せてなるものか。あこぎは自分を落ち着かせて、言います。

「姫君のお部屋なのに、几帳一つ無いのでは、何かと不都合です。なので、私の身内のところから取り寄せました」

「そうなのかい。おまえは女童のくせに、気を利かせすぎじゃないかえ?」

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