第8話 礼儀作法
今日はマナーとダンスレッスンの日だ。
週に一度設けられたこの時間は、私のあまり得意ではない分野だ。
教えてくれるのはグレース夫人。ロックウェル伯爵家の未亡人で、早くに夫を亡くした彼女は当主として長年辣腕を振るっていた女傑である。昨年息子に家督を譲った後は悠々自適な隠居生活を楽しんでいるらしい。
「王侯貴族の一員として礼儀作法は必要不可欠です。ヴィアンカ様、貴女は侯爵令嬢として他者の模範となる立ち居振る舞いを学ばなければなりません。私は厳しいですよ。覚悟はよろしいですか」
「はい。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
言うだけあってグレース夫人は非常に手厳しかった。
挨拶の仕方、お辞儀の仕方、カーテシー、歩き方、立ち姿や腰の掛け方とその維持、食事の作法、等々。笑顔の作り方、会話の作法、もう覚えることばかりでいっぱいいっぱいだ。
「歯を見せて笑わない!」と扇子で手の甲を叩かれた時は痛みで涙目になったが。
少々休憩しましょう、とお茶をする事になった。
「キツイですか」
夫人が優雅に尋ねてくる。
「いいえ。学ぶことは楽しいです」
少し意外な答えだったのか、夫人はわずかに目を細めた。
「貴女にはプライドがないのね」
「え?」
「ごめんなさい。悪い意味ではないのよ」
紅茶に口をつけて続ける。
「プライドの高い女性は人から学ぼうとしない。人の言葉に耳を貸さない。自分が正しいと思い込んで進歩しない。おごりがあるのね。私はそういう女性をたくさん見てきました」
夫人の目が真っ直ぐに私を見つめてくる。
「でも貴女は素直に私の言葉を受け止める。学ぶことを『楽しい』と言える子は伸びるわ。貴女の長所ね」
「ありがとうございます……」
「でもね、プライドが高いのと気高いのとは違うわ。上流貴族の令嬢として貴女はもっと気高く高潔にならなければなりません。凛とした貴い女性に」
「はい」
「その為の礼儀作法ですからね。ヴィアンカ様は人の目を気にされたことはありますか? ないでしょう? 貴族というものは常に人から見られているということを自覚しなさい。その上で一番大切なことは相手を尊重する事です」
「尊重」
「そう。常に相手に気を配ること。いいですね」
「はい。わかりました」
夫人はニコリと笑って、立ち上がった。
「そろそろ再開しましょう」
次はダンスレッスンだ。
◇
こうして、時間はゆっくりと確実に過ぎていく。アルと離れてから、3年の月日が経った。
彼を想うと悲鳴を上げていた胸の痛みも徐々に和らぎ、ズキズキとした痛みもなんとか堪えられるほどになった。時間が癒してくれるってホントだね。
もちろん今でも彼は恋しい。アルが好きだ。それは変わらない。
でもね、待ち疲れた。3年も待っているのになんの音沙汰もないなんて。
「アルのバカ」
何度も呟いた。