第6話 別れ
最近、アルの様子がなんだかおかしい。
時々、ぼんやりしていたり、溜息をついたり。「どうしたの?」って聞いても「なんでもない」って取りつく島もない。
そして、気がつくと、いつもこちらを見ている。熱っぽい視線。目が合うと毎回腕を引き寄せ抱きすくめられる。
「アル?」
「ごめん。もうちょっとこのまま」
って、やっぱりおかしいよね!?
そして。
私はその日のことを忘れることができない。
やっと仕上がった手編みのマフラーを持ち、待ち合わせ場所に向かうとアルの姿がなくて、いつも先に来ているのに珍しいな、なんて呑気に考えてた。
いくら待っても来ないから、帰ろうかな、それともアルの家に迎えに行こうかな、と立ち上がった時、アルが息を切らせて姿を現した。
「ごめん。遅くなった」
肩で息をしながら、私の手を引いて、
「行こう!」
と、駆け出した。
着いた先は、いつもの丘の上で、パステルの街並みが見下ろせるこの場所はふたりのお気に入りだった。
「アル?」
呼びかけても答えず、アルはじっと街並みを見ていた。
様子がおかしくて、私はなんだか不安になった。
「アル、どうかした?」
強めに腕を揺さぶると、アルはゆっくりと私に向き直った。
その表情は、痛みを堪えるような今にも泣き出しそうな、そんな。
「ヴィーごめん……ごめんな」
口についたのはそんな謝罪の言葉で、訳がわからなかった。
「なにが? ねぇアル、なんだか変だよ」
声が震える。言いようのない不安に襲われる。
「王都に帰ることになった。ここにはもう戻って来れない」
「…………嘘」
手の力が抜け、持っていたものを落としてしまったのにも気づかなかった。
「アルって王都の人だったの? え? なに言ってるのかわかんないんだけど。冗談、だよね?」
「今日これから発つ。ヴィーの顔を見るとなかなか言い出せなかった。ごめんね」
「嫌だ。冗談でしょ? ねえ!!」
涙がとめどなく溢れ、視界がぼやける。
「嘘つき! アルの嘘つき! ずっと一緒にいるって言ったじゃない! 一生手放さないって言ったじゃない! 私に離れるなって言っておいて、自分から離れて行くの? そんなの酷いよ」
アルの胸を何度も叩く。
「私のこと好きって言ったのに。お嫁さんにしてくれるって言ったのに。アルは嘘つきだッ!」
「嘘じゃない。必ず迎えにくるから、待っててほしい」
私たちは抱き合った。強く強く抱きしめ合った。息もできないくらい、強く。
「ヴィーが好きだ。君が俺を救ってくれた。君と過ごしたこの1年は俺に希望を与えてくれた。これは終わりじゃないよ。必ず迎えに来る。そしたら結婚しよう」
「絶対だよ。嘘ついたら針千本飲ますからね」
「それは怖いな」
アルはくくっと喉を鳴らした。
私は落としていたマフラーを拾い、アルの首に巻き付けた。
「今日、渡せて良かった」
「綺麗な色だね……」
深紫のマフラーはアルによく似合った。
「私だって、独占欲強いんだから」
アルのくれたペンダントを握りしめて呟く。
「早く迎えに来て」
「わかった」
涙を拭うアルの指が頬を包み。私たちは二度目のキスをした。悲しい悲しいキスだった。