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夢のあと  作者: 緋桜
番外編 或る側妃の献身
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E.C.1001.08-1


 セレスティアがルーカスと本当の意味で夫婦になったのは、マリアンヌの葬儀の夜だった。

 それまで兄のように慕っていたルーカスに対し、急に愛情が芽生えたわけではない。

 今までがマリアンヌに遠慮していたというわけでもない。


 ただ二人とも、つらかった。

 つらくて哀しくて淋しくて、マリアンヌがもういないという現実に耐えられなかった。


 一人では立っていられないほどの哀しみに、同じ哀しみを抱く二人が寄り添い合った。

 それがたまたま男と女だったという、それだけだった。


 「夫婦」となっても互いが互いに抱く感情はあまり変わらなかった。

 セレスティアはルーカスを兄のように慕い、ルーカスはセレスティアを妹のように慈しむ。

 ただそれだけ。身体を重ねたからと言って、何かが劇的に変わるわけはない。

 ルーカスの最愛の女性はマリアンヌだったし、セレスティアもまた、マリアンヌのことを想い続けるルーカスの姿に安堵していた。


 マリアンヌと同じようにルーカスに抱かれても、淋しさは少しも埋まらなかった。

 触れ合うたびに空しさが積もっていくばかりなのに、求めずにはいられない。淋しくて仕方ない。

 二人の関係は少しずつ歪んでいった。

 ―――否、最初からいびつだったのだ。

 誰も指摘できなかっただけで、二人の、マリアンヌも含めて三人の関係など、初めから歪んでいた。


 それでもやることをやれば子はできる。マリアンヌの死から二ヶ月、セレスティアはルーカスの子を身籠った。

 セレスティアの懐妊を公爵家の両親は褒めてくれたし、ニコラたちも大喜びだった。

 第二皇妃の逝去に暗くなっていた「後宮」はにわかに活気づいた。


 ただ一人、マリアンヌのときはあんなに喜んでいたルーカスだけが、表情を曇らせた。


 マリアンヌと同じように君まで失ったら耐えられない。


 セレスティアを抱きしめてそう囁くルーカスを、憐れだと思った。そして同じくらい愛おしいと思った。

 兄のように慕っていた男のことが、頼りない弟のように思えた。


 大丈夫。わたくしは大丈夫。


 根拠の無い言葉を繰り返しながら、初めてルーカスを抱きしめた。


 気が狂ったのかと思うほどに過保護になったルーカスを宥めあしらいながらも、胎の子は順調に育っていった。

 そして暗い空を稲光が切り裂いた雷月の半ば、セレスティアは女の子を産んだ。


 ひどい難産で、三日三晩苦しんだ。

 破瓜の痛みなど比べ物にならないほどの痛みに、このまま自分は死んでしまうのではないかと思った。

 いっそそれも悪くない。

 そうすれば、マリアンヌの元にゆける。頑張ったわねと褒めてもらいたい。また抱きしめてもらいたい。

 そんなことを考えながら何とか産んだ我が子を抱いても、いまいち実感がわかなかった。先程までこれが胎の中にいたなんて、信じられなかった。


 この国の第一皇女として生まれた娘の緋色の髪と碧の瞳は、セレスティアから受け継いだものだった。

 けれど初めて目を開けたとき、セレスティアは正直ほんの少しだけがっかりした。

 アデルバートのように、ルーカスと同じ色だったらいいのにと思ったからだ。


 とは言え、必死の思いで産んだ子だ。可愛くないわけはない。

 小さな手でセレスティアの指をキュッと握ったときにはなぜか涙が出たし、セレスティアが抱くと声を上げて笑うようになると素直に嬉しかった。

 寝返りを打ったりはいはいをしたり、成長にいちいち喜んだ。


 生まれたばかりの頃は髪や瞳の色せいかセレスティアに似ている印象の強かったキャロライナだが、二歳を過ぎる頃にはルーカスの面影が濃くなっていた。




「女の子は父親に似ると言いますからね」


 キャロライナの緋色の髪を梳きながら、ニコラは言う。

 直毛のルーカスに対し、キャロライナは柔らかな巻き毛をしていた。

 そういうところも、ルーカスとは違っていた。


「そうなの?」

「えぇ。女の子は男親、男の子は女親に似るとよく言いますね」


 リボンを嫌がるキャロライナの髪に何とか若草色のリボンを巻こうと奮闘するニコラの言葉に、セレスティアは立ち上がる。


「……ニコラ、キャリーのことをお願い」

「え?あ、妃殿下……ッ」


 いてもたってもいられなくなり、セレスティアは部屋を飛び出す。

 そして同じ塔内にある「暁の間」へと急いだ。マリアンヌが生前使っていた部屋は、そのまま第二皇子の部屋となっていた。


 どうしてこの三年、一度も考えなかったのだろう。思い出さなかったのだろう。

 マリアンヌ忘れ形見の存在を。

 同じ「後宮」で暮らしているのに、一度もその姿を見かけたことなかった。ルーカスも一度も話に出そうとしなかった。


 それが何を意味するのか、セレスティアには関係無いことだった。


「!?どうされました!?第二皇妃殿下」


 先触れも無く訪れたセレスティアに、第二皇子付の侍女たちがあからさまな警戒を見せる。

 「後宮」では第二皇妃の死後第三皇妃に皇帝の寵愛が移ったと囁かれ、「第二皇子派」と呼ばれる侍女たちにセレスティアはよく思われていなかった。


 けれどそんなことはどうでもいい。


 だって、セレスティアの目の前にマリアンヌがいる。


 彼女が遺した第二皇子は、マリアンヌにうりふたつだった。

 顔も髪も瞳もすべて、マリアンヌと同じだ。


「あ……あ……」

「妃殿下!?」

「……さま……」


 溢れた涙で視界がぼやける。立っていられなくなって、セレスティアはその場に膝をつく。


「お姉さま……ッ」


 哀しかった。

 淋しかった。

 会いたかった。


 胸にこみ上げる感情はたくさんあるのに、何ひとつ言葉にならない。

 口を覆い、涙を流すセレスティアの頬に、柔らかな物が触れた。


「皇子殿下!なりませ……」

「……たいの?」

「え……」

「いたいの、ないない」


 ぺちぺちとセレスティアの頬を叩くのは、第二皇子の小さな手だった。

 いつの間にか近寄ってきていた第二皇子は、泣いているセレスティアを慰めようとしているようだった。


「―――ッ」


 思わず手を伸ばし、抱きしめる。キャロライナより九ヶ月だけ早く生まれた皇子は、驚いたのか声を上げて泣き始めた。

 それでもセレスティアは離れなかった。


 やっと見つけた温もりを、失いたくなかった。



【本編にはあまり関係ない蛇足的補足①】


セレス様の方がアデルよりも先にレオンと出逢っていますが、このときのことをレオンは覚えてません。

そのためレオンにとって「初めて家族の温もりを教えてくれた」のはアデル兄様です。


次回でセレス様視点の番外編は終了です。


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