E.C.1019.06-1
セレスティアがレオンハルトと共に暮らし始めたのは、レオンハルトが五歳になる少し前だった。
何度も何度も強請ってレオンハルトの後見人の座をもぎ取った。
レオンハルトの外祖父であるマリアンヌの父、ランチェスター公爵を説得するのは骨が折れたが、後見人は同じ「後宮」内にいた方が有事のときに対処しやすい、ランチェスター公爵家をないがしろにするようなことは絶対にしない、教育方針については必ず逐一打診する、マリアンヌのためにもレオンハルトを立派に育ててみせると誓うと、しぶしぶ折れた。
打算まみれの実父、ブラッドリー公爵の方がよっぽど言いくるめやすかった。
そうして晴れて後見人となって、レオンが十歳になるまでの約五年間、毎日が夢のようだった。
日に日にマリアンヌに似てくるレオンハルトの成長を見守ることがセレスティアの生きがいになった。
帝位継承権を得てセレスティアの元を離れてからも、レオンハルトは養母としてのセレスティアの顔を立て、何かと気にかけてくれた。
二人の関係に眉を顰める者もいたが、そんな声を黙らせることは造作もない。
結婚して約二十年。「後宮」におけるセレスティアの力は揺るぎないものとなっていた。
―・―・―・―・―・―
「明日、国に帰ろうと思います」
新皇太子の立太子式の数日後、キャロライナからの面会の申し入れがあり、セレスティアは「宮廷」まで出向いていた。
一年半ほど前に隣国の王太子の元に嫁いでいたキャロライナは、ここ一ヶ月ほど「宮廷」に滞在していた。
会わない間に立派な淑女へと成長した娘は簡潔に宣言する。
打診や相談ではなく報告に、セレスティアも「あら、そう」と返す他ない。
「寂しくなるわね。次に会えるのはいつになるかしら」
「……もったいない御言葉にございます」
「夫君や国王陛下、王妃殿下によろしくお伝えくださいませ」
これが今生の別れになる可能性だってあるのに、セレスティアの口ぶりはそっけない。
だがセレスティアとキャロライナの距離感は、いつもこのくらいだ。
抱きしめたり甘えさせたり、あまりしてこなかった。
可愛くないわけではないけれど、セレスティアの関心はいつもレオンハルトに注がれていた。
父親であるルーカスも、第一皇女にあまりかまうことはなかった。
だからこそキャロライナは長兄であるアデルバートにあれほどまでに懐いたのかもしれない。
結局、誰かを求める理由はみんな同じだ。
自らの寂しさを埋めたくて、手を伸ばす。
伸ばした手が届くかどうかはまた別の話だけれど。
「陛下やレオン様にはもうご挨拶は済ませたの?」
「……相変わらずですわね、母上様」
「え?」
「母上様は昔からそう。わたくしやウィルよりもレオン兄様のことばかり」
怒るでも責めるでもないキャロライナの言葉に、セレスティアは何も言えなかった。
キャロライナやウィリアムのことが可愛くないわけではない。愛していないわけでもない。ただセレスティアにとってはレオンハルトの方が大事なだけ。
それが母親失格だと言われてもどうしようもない。
だってそれはどうにもならない事実なのだから。
セレスティアの両親もそうだった。
彼らもきっと、セレスティアやフィオナのことを愛していなかったわけではない。
ただ父は娘たちよりも家の繁栄が大事だった。母は娘たちよりも「公爵夫人」の地位の方に執着していた。
ただそれだけ。
それだけのことに、どうしてあんなにも心乱されていたのだろう。
そういうものだと諦めて受け入れてしまえば、ずっと楽になるのに。
「……母上様は以前おっしゃいましたわね。『想う相手と結ばれることを願うより、結ばれた相手を想いなさい』と」
「……えぇ……。そうだったわね」
昔、レオンハルトのお見合いに反抗したキャロライナを宥めるときに、そんなことを言った気がする。
そのことをキャロライナが覚えているとは思わなかった。
驚くセレスティアに、キャロライナは問う。
「母上様は、幸せでした?父上様を愛して、幸せになれましたか?」
「……えぇ」
答える声がかすれたのは、それが嘘だからではない。
かといって、真実というわけでもないことは、自分が一番わかっている。
セレスティアは、確かにルーカスを愛している。
けれどそれは燃えるような恋ではない。男としてのルーカスを求めたことは一度もない。
セレスティアにとってルーカスは、同じ女性を想った同志のような、かけがえのない存在だ。
一番つらいときに一番傍にいてくれた彼を特別に想うことは、何らおかしいことではない。
ルーカスの傍で過ごした日々は、幸せだった。
けれどきっと、その幸せはルーカスを愛さなくても手に入った。
セレスティアの人生にルーカスは必要だけど、セレスティアの幸せにルーカスはきっと必要なかった。
「……お母様が羨ましい」
セレスティアの動揺に気付かずにポツリと呟くキャロライナは、ゾクリとするほど「女」の顔をしていた。
「わたくしは、愛するほどに辛くなりました」
「キャリー……?」
隣国の若き王太子夫婦はとても仲睦まじいと聞く。
輿入れ当初はいろいろあったが、今では王太子は妃のことを何より大切にしていると。
そんな噂が帝国まで届くほどなのだから、てっきりキャロライナは嫁ぎ先で幸せにしていると思っていたのに。
「愛すること、愛されることを知らなければこんなに苦しむことはなかったのに……」
お母様は酷いです。
幼子のように母を責める娘を前に、セレスティアは戸惑うことしかできなかった。
ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございます。
「夢のあと」セレスティア視点の番外編「或る側妃の献身」終了です。
レオン視点のときも結構不穏だったセレス様ですが、やっぱりだいぶ不穏なお方でした。
次からはジャン視点の番外編をお届けしたいと思っていますので、そちらの方もお付き合いいただけましたら幸いです。




