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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第二章 オートル魔法科学研究所 (前編)
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敗北からの合格

 ふと、瞳を開けるとそこにはいつも見る天井があった。

 暗い色をした木の色にはところどころ、部屋に備え付けられていた照明が当たるせいで光を帯びている。


「……負けた」


 ぽつりと呟いたアランは右腕を天に伸ばした。

 そこには太陽も、雲も、星も――何もない、ただの木の天井だ。

 だが、伸ばさずにはいられなかった。ずっと伸ばしていたかった。

 いつも寝起きするベッドの上から見る天井は、想った以上に遠い。

 日は東から今、昇ろうとしている。アランが闘ったのは昼過ぎのことだった。


「……あぁ、新しい一日が来たんだ」


 日を跨いで寝てしまっていたことを理解するのはそう難しいことではなかった。

 「はぁ」と浅いため息をついて、アランは両腕を顔の前で交差させて視界を暗くした。


――お主は、アランと魔法比べをした場合の対戦成績は覚えておるな?


――魔法比べでは私はアラン君には勝てませんね


 闘いの前にフーロイドが呟いたその言葉に、ルクシアは一切の感情なく告げた。

 確かに魔法比べの場合、アランとルクシアの対戦成績では圧倒的にアランの方が上だった。

 だが、こと『戦闘』になると彼等の表情も一変。


――では、『戦闘』の場合じゃとどうじゃ?


――負ける気がしませんね。


 それは即答だった。

 事実、アランはルクシアに対してどんなに攻撃しようとも終始相手のペースだった。

 アランとしては、攻撃するだけ攻撃して魔法力もかなりの量を消費した。

 もともとの魔法力が膨大だったこともあり、そこまで気付きはしなかったが、ルクシアは違う。

 攻撃魔法を使ったのは風魔法、鎌鼬かまいたちただ一つ。

 あとは精々支援魔法程度だった。


「ルクシアさんにあって、俺にないもの……?」


 対エーテル戦では、圧倒的な海神レヴィを沈め、相手の戦意まで失わせることとなった。

 だが、対ルクシア戦では落雷ラッセが効かなかったどころか、何もさせて貰えなかった。


「ローブ……?」


 そういえば、と。アランはベッドから起き上がって布団を剥いだ。

 あの時、ルクシアが纏っていたもの。

 一見、何事もないように思えたあのローブの中からルクシアは様々な道具を取り出して駆使していた。


「何も見えないところからの鎌鼬かまいたちの発動に……ヒノケシ、ナイフ……」


 アランの脳裏に浮かぶのはルクシアの『魔法だけではない攻撃』だった。

 気付けば、アランは布団を剥ぎ取った後に絡まりそうな足で階段を下る。


「おはようございます、アラン君」


 すると、そこには茶の準備を済ませて机に座るルクシアの姿があった。

 それはまるでアランが来るのを待ち望んでいたかのように、その机の上には昨日の戦闘で使われていたローブが置かれてある。


「る、ルクシアさん、それ、見ていい?」


 アランの言葉に、湯呑を傾けながらこくりと頷いたルクシア。

 許可を得たアランが、ルクシアの持つローブの中を覗くと、そこには至る所にポケットが仕組まれており、更にはいくつものナイフや仕込み銃、風魔法サポートに有用であろうものが配備されている。

 速攻性睡眠作用のあるヒノケシを初めとして、条件が整えば発火するヒドゥ鉱石、小さめの魔法具銃に飛斬エルソード特化型の仕込み剣。

 それを仕組んでいたローブを持ったアランの表情は一変した。


「こ、こんな重いの着て動いてたの……!?」


 そのアランの言葉に、ルクシアはにこりと笑みを浮かべた。


「いえ、私としては女神の手団扇アルドールなどでの空中における身体移動と高速移動が可能ですからこうしたまでですよ。風魔法はどうしても攻撃性のある魔法は限られています。あくまで支援系魔法の類が多いですからね」


 と、息をついたルクシアの背後から現れるのはフーロイド。

 いつも見慣れた薄汚いローブが、とてつもなく恐ろしい物にアランは見えた。

 そんな中でルクシアは続ける。


「こと『戦闘』に置いて風魔法を駆使してもそこには属性形態上の限界が生じます。ですが――風魔法は使いようによってはどの属性にも引けを取らない戦い方――王道の闘い方が出来ます。私はその中から一つの選択肢を選んだまでですよ」


「魔法比べでは勝てない……でも戦闘では勝てる……ってのは――」


 アランはルクシアに、魔法比べでは勝てる。

 アランの魔法量はルクシアの二倍は超える。それはフーロイドも、ルクシアも認めていたことだ。

 だからこそルクシアがアランに後れを取っていたのは言うまでもない。

 だが、こと戦闘においては勝てる。


「俺がやっていたのは……ただ魔法を打つだけ、放つだけってことか……?」


 アランが放った魔法はどれも攻撃魔法。そしてそのどれもをルクシアは察知し、終始自らのペースに持ち込んだ。

 あれは、『戦闘』であり単なる『魔法比べ』ではない。

 すると、そこに介在するものは――。


「――それこそが、『戦術』と呼ばれる類の物じゃの」


 フーロイドが杖を突いてアランの前に立った。


「お主、ルクシアとの戦闘にて魔法具銃と剣を持ち出さなかったじゃろ。別段、それは悪いことではない。じゃが……考えてみぃ。オートル学園一年次最終試験の模擬戦争試験とは、単なる魔法の撃ち合いなどではない上に入学試験最終試験もそうではない」


「……っ」


「自身の全ての知略、戦略、力を駆使して闘う紛れもない模擬戦争。それこそがオートル学園にある真髄じゃ」


 フーロイドはルクシアを一瞥し、再びアランに向き直った。


「魔法だけに視点を向けるだけではなく、魔法以外の部分についても究極的に追及する。その結果、世界各国様々な土地から『特異者』と呼ばれる者達が集い、競い合う。その頂点に立った者こそが真のオートル一になる資格を得るということじゃ」


「……じゃあ、俺も……ルクシアさんみたいに、武器とか、自分の可能性とかを模索しなきゃ勝てないってこと?」


 アランの疑問に、フーロイドは首を横に振る。


「お主には他者にない力が果てしなくあるではないか」


 そう言ってフーロイドが指差したのは、アランの身体だった。


「自らを知らずして振るう力を適当に使っておれば、力本来が持つ能力など十全に把握できるわけがない」


 アランは「うっ」と顔をしかめる。


「……自分の力を十全に使うために、十全の準備をして、十全に把握して、十全に使いこなせ――ってことだな、フー爺」


「あいにく、ワシではお主の力を十全にしてやることは出来そうもない。お主に秘められた力をお主自身で切り開くしかない」


 それは、フーロイドは知らないからだ。

 誰も『天属性魔法』という巨大な魔法について、十全に知っているわけがないのだ。

 知ることのできる可能性を持っているのは、アランだけ。

 フーロイドが出来ることは、その可能性を出来る限り潰さないこと。

 アランが図に乗って魔法力をまき散らしてしまい、使える魔法が少なくなることを阻止すること。

 アランの成長を、アラン自身が止めてしまわないように支援していくこと。

 それがフーロイドの選んだ道でもある。


「そのための、リストバンドだったってことか」


 魔法を使う際に重要なことの一つとして、いかに魔法力が無駄に拡散するのを防ぐか、というものがある。


「魔法力を散らせば散らすほど、使えるかもしれない(・・・・・・)魔法が減っていく。……だからこそ、制御し、完全に操舵できるまで段階的に――」


 アランは自らの両手を眺め見た。

 その様子に、ルクシアは「ふっ」と小さく息を吐いた。


「フー爺、ごめん」


 自然と口から出てきたアランの言葉に、フーロイドは「うむ」と小さく頷いた。


「……やっぱ、リストバンド一個……欲しい。今度は、なかなか壊れないのを――」


 硬い決意を言葉にしたアラン。そんな少年に、フーロイドはローブの懐から一つのリストバンドを取り出した。

 それを放り投げると同時にアランは取り、すぐさま鍵の所在を確かめる。


「しっかり……しっかり鍵してくれていい。今度使うときは、完全に制御するために」


「いや、そのリストバンドに鍵は無い。お主の意思によって脱着可能なものじゃよ」


「……は?」


「それに気付けば、お主も無茶はやるまいて。お主が使いたい時に使えば、それでいい」


 しわがれた顔から染み出たフーロイドのその笑顔は、本物だった。




「――アラン・ノエル。合格じゃ」


 


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