残り時間
転移魔法アイテムを使用した複数人数の転移。
アラン、ルクシア、フーロイドの三人は王都レスティムの外れにある大きな廃墟前に陣取っている。
「ふむ……。まぁ、このくらいでいいじゃろう」
そう言って、フーロイドとルクシアは広い廃墟を覆うようにして歩を進めて液体を垂らしていく。
一回りした二人が合流すると同時に、ルクシアは心配そうに「大丈夫ですか?」とフーロイドに問う。
「……何してたの? 二人とも」
アランの問いに答えるのは、ルクシアだった。
「世界でも産出が極めて少ないと言われるスターマイアと呼ばれる結晶を融解させた液体状のもの。所謂、反魔法障壁の素です」
「要するに、魔法を使ってもこの液体が気化することによって特定の範囲内から魔法発動の証拠を消去できるという魔法具の一つじゃ。お主の持っていたリストバンドにも採用されているのじゃが……いかんせん、値段が高い。あまり使いたくなかったのじゃがの……っふぉっふぉっふぉ……」
そう答えるフーロイドの顔色は優れない。
「効力は三十分。速やかに行おうぞ」
と、打って変わったフーロイドは杖を持ち、ルクシアに目線を向けた。
「ルクシア、お主、手加減は許さぬぞ?」
ルクシアは、「はい」と答えた後にどこからともなく茶色のローブを取り出し、纏う。
「お主は、アランと魔法比べをした場合の対戦成績は覚えておるな?」
魔法比べ、とはアランとルクシアの弟子同士の対決だった。
基本的に無属性魔法を使用しての剣戟、銃撃戦。ここ数年でアランとルクシアが闘う主な修行法だがその対戦成績としてはアランが三百五十六勝、ルクシアが百二十三勝とルクシアがかなり遅れを取っている計算になる。
「魔法比べでは私はアラン君には勝てませんね」
妙に飄々と告げるルクシアに疑問を持つアランに目を向けたフーロイドは、再びルクシアを一瞥した。
「では、『戦闘』の場合じゃとどうじゃ?」
「負ける気がしませんね」
それは、即答だった。
ごけ茶の古いローブを纏うルクシアの答えは淡白で、そしていつものような笑顔はない。
「これが初めての実戦ですね、アラン君」
にこりと笑顔を浮かべるルクシアは、料理を作る時、また、いつもアランと話しているときとの表情とは大違いだ。
その表情には威厳がある。何物も寄せ付けない油断の無さ、そしてアランに対して一切怯まずに立ち向かう確固たる決意に満ちていた。
「フー爺、使っていいんだよな、天属性の魔法」
アランの問いに、フーロイドは「構わぬ」と答える。
「……では、行きます」
ルクシアはローブを脱がないままに体勢を前傾姿勢にした。
「……うっ……っと」
ルクシアが全速力で駆けだしていく中でアランが感じるのは頭痛にも似たものだ。
だが、それによって視界が今まで以上に明瞭になる。身体中に流れる魔法力が肌の下で激しく蠢いてくるのを自覚したアラン。
「行きます! 鎌鼬っ!」
ルクシアから発せられたのは、不可視の刃だった。
深く着たローブの隙間から腕を出したルクシアは、右から左へと大きく薙ぐ形を見せた。
そこには腕全体に魔法力が響き渡っている。
風魔法――鎌鼬。不可視の刃が二重、三重となってアランへと降りかかる。
ルクシアの発した鎌鼬は音もなくアランを急襲。ルクシアの目線はとうに放った攻撃に向けられていない。
アランは右手を前へ向けて鎌鼬の迎撃に意識を向ける。
ピキリ、ピキリと空気が固まりだす――と、同時に。
「――氷壁」
アランの眼前に現れたのは、巨大な氷の壁だった。
ガギィッ!!
氷壁が形成されると同時に、ルクシアの放っていた鎌鼬が激突。
真空を纏ったその刃が壁に当たり、氷塊が空に舞う。
「……なるほど、案外脆いんですね」
鎌鼬の衝撃により氷の壁が瓦解するが、その先にルクシアの姿はない。
アランは、魔法力の残り香と気配でルクシアの位置を察知。
瞬時、彼等の上空に現れたのは小さな暗雲だ。
「ほぉ……あれが……のぅ」
フーロイドは、上空に現れた暗雲を見て密かに眉を潜める。
だからこそ――。
「――落雷」
アランは背後の気配に向けて、腕を振り下ろした。
それは、海属性魔法の使い手であるエーテルが召喚した海神をも沈めた一撃魔法だった。
「あれを喰らえば確かに……。――女神の息吹」
直後、アランはルクシアの気配を見失った。
「――いない……?」
光の速さで落ちてくる雷は虚しく空気だけを穿っていく。
その間にルクシアは風に乗ってアランの真正面に入った。
「今度こそ!」
アランが再び腕を構えて、直上の暗雲から雷を射出しようとした――その瞬間だった。
「……あ……れ?」
アランの鼻腔を擽るのは甘ったるい香り。
視界がふわりと浮かんで意識が朦朧としていく感覚。
同時に脱力感と眠気が体を支配していき、自重が保てなくなったアランはがくりと膝から落ちていく。
「――女神の手団扇。アラン君が自分の魔法で精一杯だった時に仕掛けさせていただきました。あなたを囲うようにして流動するただのそよ風ですね」
飄々とした様子で、気付けば仰向けになったアランに近寄るルクシア。
その左手にはローブから取り出したであろう銀色の簡易ナイフが視界に入った。
――負け……た?
薄れ行く記憶の中でアランが見たのは、空一面に広がる暗雲が少しずつほどけていく様子だった。
それも、何もさせて貰えなかった。
終始ルクシアのペースで、それも自らが優勢だと感じていた矢先のことだった。
実際問題、ルクシアはそれほどの攻撃魔法を放ってはいない。精々最初の鎌鼬くらいのものだ。
――なのに、何故……。
意識が今にも落ちようとするアランの眼前に現れたのはルクシア。
見下ろすようにしたルクシアは、懐から新たに一つの藍の花を持ち出した。
「即効性の睡眠作用があることで有名なヒノケシと呼ばれる花です。この香りを嗅げば身体中に心地の良い眠気を誘発してくれるんです」
そう言って、ルクシアは鋭利な銀のナイフをアランの首に突き付けた。
「戦闘終了ですね、アラン君」
その言葉を聞いたアランは、何も言い返すことが出来ないままにゆっくりと意識を失っていった――。
○○○
「――戦闘終了ですね、アラン君」
ルクシアの声と同時に、「そのようじゃな」とフーロイドは深く頷いた。
「フーロイド様、恐らくアラン君は数時間起き上がることはありません」
「む……そうか。ということは、反魔法障壁の解除は行ってもいいと言うことじゃな?」
フーロイドの問いにルクシアは頷いた。
暗雲が立ち込めていることにより隠れていた太陽が再び姿を現すと同時に、跡形もなく消えていく黒い雲。
「……して、ルクシアよ」
反魔法障壁のために流した液体を中和させる物質であるエンマイアを流し込む。
辺りから、魔法力が拡散して跡形もなく消え去った後にフーロイドは呟いた。
「ここでアランをオートル学園に入れてしまえば、お主のルクシア襲名戦の協力者が減る可能性があるんじゃぞ」
ルクシアも、再来年には真にルクシアを継ぐべく、シチリア皇国の伝統戦であるルクシア襲名戦を行う必要がある。
ここでアランをオートル学園に行かせてしまえば、模擬試験戦争で首位を取って卒業をしない限りそのメンバーに入れることは限りなく不可能に近くなる。
「……私の都合のためにアラン君を巻き込むわけにはいきません。彼自身にも、何も言っていませんしね」
ルクシアは倒れるアランを担ぎ上げた。そんな様子を漠然と見ていたフーロイドは、「ふぅ」と深いため息をつくしかなかった。
「お主も自分の都合を通して見せよ。残る時間は少ない。うかうかしておると、他の候補者に出し抜かれるぞ」
「……分かってます」
そう返答したルクシアの表情は、硬かった――。




