天属性の力があれば
依然として厳しい目つきをするフーロイドだったが、アランは怯まなかった。
魔法具破壊のことに加えて、オートルに学園を案内してもらったこと、そしてそこで言われたことを掻い摘みつつも重要なところは全て話したアランは、フーロイドの向かいに座る。
「――ふむ」
フーロイドはアランの言に眉を潜める。
「オートルに行けば色んな人と出会えるし、色んな強い人とも闘える。この天属性の力があれば、俺はオートル学園一も夢じゃないって……そう思う」
「オートル学園一、か。元宮廷魔術師としての意見を言わせてもらえば、オートル魔法科学研究所付属のオートル学園。今の魔法術師四人も全てオートル学園一位の称号を得ておる過去もある。最先端の教育技術、研究技術を駆使しておるオートル学園はやはり諸外国をも上回る力はあるのは確かじゃな」
フーロイドは湯呑に手を掛けながらポツリと呟いた。
フーロイドも宮廷魔術師なのだ。この国に四人いる魔法術師のことは一番熟知しているであろう。
「魔法術師はこの国最高の誉だ。この力を……天属性魔法を使えば、夢じゃない」
アランは拳をぐっと握りしめる。
自らで感じたのは、確かな手応え。
アステラル街でのエーテル・ミハイルとの戦闘でアランが感じたのは絶対的な力だった。
身体を流動する魔法力。それをまるで四肢を動かすかのように使いこなせたのは、あれが初めてだった。
湧き上がる力、思考した通りに発動する魔法、相手の魔法さえ抑え込めるほどの力。
それは、今まで『天属性魔法』を封じられてきたアランにとって世界が変わるものでもあったのだ。
「ということはそれすなわちオートル学園の模擬戦争試験のことかの?」
フーロイドの問いに、アランは小さく首肯した。
一年後期最終試験にある個別での模擬戦争試験。これは将来を約束された者を育成する試験でもあり、これに最後まで生き残った者はオートル学園の碑文に名が刻まれるオートル学園における特殊な試験形態の一つだ。
疑似的な広い空間で行われるその模擬戦争試験は、個人間の全ての能力を持って相手を制する――という至ってシンプルな生き残りバトル。
その戦争にはオートル学園一年次最終試験までの全成績二十位以内に入った者が参加資格を得る。並びにその模擬戦争試験の最終勝者はオートル学園の碑文に名を刻まれ、未来永劫語り継がれる上に英雄としても名を上げる。
実際、アルカディア王国に存在する魔法術師四人も模擬戦争試験の最終勝者でもあった。
それを直で見たアランの脳裏にオートルに案内されていた様子が浮かんでいた。
「そこで一位を取って、魔法術師になる……って、ダメかな?」
「――というより、今までのジンクスとしてオートル学園一になった者は魔法術師になっているだけじゃぞ?」
「……あぁ」
アランの決意は固かった。
その表情を見たフーロイドも、「ふぅ」と小さなため息をついてアランに目線を向ける。
「天属性の力と、この魔法力。そして今まで培ってきたものを全部ぶつけて勝ってみせる」
「今まで培ってきたもの全て……のぅ」
アランの言葉に、フーロイドは少し考える素振りを見せていた。
そして、アランの覚悟を確認するかのようにふと呟く。
「では、お主は本気でその模擬戦争試験の最終勝者になれると思っておるのか?」
フーロイドの問いに、アランはゆっくりと頷いた。
「だから俺はやっぱり、オートル学園に入学したい。この力で、オートル一にのし上がるために……! オートル学園一を取って、ここまで来させてくれた父さんや母さん、フー爺に恩返ししたいから……!」
「そのために、天属性魔法を解放してほしい……ということじゃの? その力があればこそ、オートル学園一になれると」
「この力で俺は『神童』エーテル・ミハイルに勝つことが出来た。神童に勝てたんだ……! オートル学園一も夢じゃない」
アランの言葉に、フーロイドは杖を立って立ち上がった。
両手をぐっと握りしめる弟子は、フーロイドが今まで思っていたよりも少し大きく見える。
――が。
「ふむ、ならばお主の考えを二つ訂正しよう」
フーロイドは、静かに右手で二本の指を立てた。
「一つ、『神童』に勝ったことは対して実績には入らん。むしろお主の話を聞いておると余計の」
頭の上に疑問詞を浮かべるアランに、フーロイドは続けた。
「エーテル・ミハイルは任務としてアステラル街に向かっておった。それも、緊急任務。ともすれば早期解決が必要なうえに容疑者が見知ったお主と来た。奴自身も相当焦ったであろうし、お主がエーテル・ミハイルの攻撃を退けたこと、そして圧倒的な力で蹂躙しようとした時点で奴のプライドは砕けており、冷静さも欠いておったろう。勘違いするでない、アラン。お主が闘ったエーテル・ミハイルは恐らく本来の実力など一切出せてはおらん」
フーロイドの言葉に、アランは「うっ……」と言葉を詰まらせた。
――ふ……っざけないでよ……っ!
――この国の未来を背負う者として、あなたのような人を見逃すわけには……いかないの……っ!
――う、海属性魔法……! 喰らいなさい……っ!
確かに、あの震え声と精彩を欠いた技はおかしいと思う所はあった。
当時はそれどころじゃなかったとしても、あれは明らかに冷静ではなかった。
「そして二つ目、お主はオートル学園一になるどころかオートル入学すらも今のままでは叶わぬということじゃ」
「……ま、マジ……で?」
「うむ。マジじゃ。オートル学園と言うのは別にお主のように十五の者がそのまま入学するのもあるが、多くの年代はバラバラじゃからの。完全な実力主義。下は八歳上は六十。こんなことは割とザラにあることなのじゃ」
フーロイドの意図を掴みきれないアランは、「……どゆこと?」と頭を傾げるとフーロイドは人差し指をアランに向けた。
「ワシとしては、お主に今年オートルに入らせるつもりなど更々なかったということじゃ」
「そ、それじゃ困るって! 俺は、また会おうって約束したんだ。エーテル・ミハイルと……エーテルと! それにはオートル学園に入るのが……!」
「あぁ、お主としては何としても今年のオートル学園に入りたいということじゃな?」
フーロイドの問いに、アランは首肯した。
「今年は例年にも稀に見る豊作の年と言われておる。剣鬼シド・マニウスにルクシア襲名候補ルクシア・シン。更に東洋の国から来た『武士』と呼ばれる土属性魔法の使い手、海属性魔法の神童、エーテル・ミハイル。此奴等と対峙せねばならん異例の年じゃ。それでもお主は行くと言うか? その年代で一位を取得するのは相当に至難じゃぞ」
「なおさらだよ。その中で俺が一番になれば、史上最強の一番だろ?」
にぃ、と小さな笑みを浮かべるアランに、フーロイドは小さな苦笑を浮かべるしかなかった。
「――世界最強の天属性魔法術師、のぅ……」
呆然とするアラン。それに一切構わずに、フーロイドはルクシアの名を呼んだ。
二階からタン、タンと軽快な足取りをさせて降りてくるルクシアは様子を察したかのように苦笑を浮かべた。
「フーロイド様が声を荒げるのは珍しいですね」
「……こやつの認識を正す。そして残りの数か月でオートルに入れる。容赦はせんつもりじゃ」
そう言ったフーロイドは、ルクシアに目線を送った。
「ルクシア、お主、今からアランと勝負せい」
フーロイドの言葉に、アランは疑問を浮かべた。
「ルクシアさんと……? 勝負……?」
「アラン君とですか。これまた、私がけちょんけちょんにされそうですね……」
アランとルクシアは日頃からよく魔法を使った勝負事をたしなむことがある。
近頃になると、ただでさえ莫大な魔法力に更に増圧がかかるアランが勝利を得ることが多い。だがそれはあくまで魔法力での話だ。
それについてはルクシアも姉弟子として多大に貢献している面もある。
そんなルクシアに、フーロイドは「いや、今回は単なる魔法力勝負じゃないの」と呟いた。
「命を懸けた真剣勝負――いわば、正式な「戦闘形式」の勝負じゃ」
「……実践的な戦闘……ですか」
ルクシアの言葉に、フーロイドは頷いた。
何かを考えるかのようなルクシアは、目を瞑って「いよいよ……ですね」と微かな笑みを浮かべる。
「分かりました。では、少々待ってください。こちらも少し準備してきますので」
途端、ルクシアははっきりとした目つきになって階段を上っていく。
「アラン。お主に足りぬものを徹底的に叩き込んでやろう。お主の初陣は派手に勝利を飾ってほしかったんじゃがの……」
フーロイドの小さなため息が、古びた木造の家に響き渡っていた。




