勝負
「この球、受けられるものなら受けてみなさい!」
ルクシアは手に持った白球に可能な限りの魔法力を込めた。
アラン宅の前に広がる草原、その一角で膨大量の魔法と魔法が火花を散らそうとしている。
「よっしゃこおい! 今日はいっぱいまほうが使えそうだからね……おもしろいこともできるんだ! まけないよ!」
草原の前で対峙するのは二人。
尖った耳と肌の白さが最大の特徴である長寿のエルフ族にして元宮廷魔術師フーロイドの第一弟子、ルクシア・ネイン。
翡翠のロングストレートに紅の鋭い眼光がアランを刺す。
修行服の隙間から見える白い肌が太陽に反射していた。
対して背も伸び、少しだけ無邪気さと悪戯心が増したものの魔法力の扱いも上手くなった――同じくフーロイドが二番弟子、アラン・ノエル。
少しだけ伸びた髪が、ルクシアの発する魔法力で生じる風にたなびいた。
「……よぉし……!」
アランはにこりと幼げの残る笑みを浮かべる。
その両手には、ルクシアの白球をいなして反射させるに十分な魔法力が込められていた。
アラン・ノエルは六歳になった。
フーロイドの弟子になってからはや二年。その間に彼の魔法コントロールは格段に成長した。
もともとあった大量の魔法力を制御することを覚え始めた上に、第一次魔法成長期だったのもあったアランの魔法力は爆発的に飛躍していったのだ。
二年前までは魔法力測定の基礎である「白球浮動」に関してはまるで制御が出来なかったものの、今ではアラン自身の頭上に浮動させ、はたまた天まで見えなくなるほどに浮かせることも出来る。
『……ほ……ほう……きゅ、及第点じゃ……の』
――と。
アランの魔法制御の完成を見届けたフーロイドが目を白黒させて驚きを隠せないほどには、アランは魔法力の制御、蓄積量ともに既に『異常値』を記録している。
それは、アランが五歳になってまもない頃の話だった。
それから更に一年、彼の魔法力は更に制御、蓄積量を増している。
そんな中でここ最近、アランとルクシアがそれぞれ遊びのようにしている修行方法がある。
広々とした草原で対峙する二人を遠目で見つめるのは、彼らの師であるフーロイド。
初めて出会った時と同じようにボロ雑巾のような薄汚れたフードを被ったフーロイドは二つの魔法力を肌にピリピリと感じながら小さく呟いた。
「――『魔法キャッチボール』。手を使わずにボールを投げ、取る。その繰り返しじゃのぉ……。それはそうと、お主等はもう少し楽しんで修行を行えぬものか……」
そんな師匠の嘆息に「修業は遊びではありません。いつまでも遊びだと考えているアラン君には少々お灸を据えなければなりませんから」と紅の鋭い眼光で睨み付けるのはルクシア。
その殺気を知ってか知らずかアランは全くもって無邪気な笑みで「でもたのしいじゃん!」とルクシアに返答する。
「互いに――いや、まだアランは魔法属性が開花していないのでな。ルクシア」
「ええ、分かってます。私とて修行に卑怯な技を持ち込むような真似は決して致しません。フーロイド様の名に誓います」
ルクシア・ネインはエルフ族に最も多い風属性の使い手だ。その魔法力を媒介に濃密度の風を精製するルクシアの魔法にもフーロイドは十分目にかけている。
「こんなところで……こんなところで止まっている場合じゃないんです! 行きます! アラン君!」
そう宣言したルクシアは翡翠のロングストレートを振り乱して右手の上に白球を浮かせる。
『白球浮動』を応用させた魔法術だ。
魔法キャッチボールは、普通のキャッチボールとは形式が少しだけ違う。
『白球浮動』を応用させて球を浮かせた後、本来は上に向けて発射する魔法力を、捕球する側の人間に向かって飛ばす。
上ではなく横に向かって飛ぶその白球の速度は、『白球浮動』のスピードよりも遥かに速いものとなる。
ルクシアは右手に体内の魔法力を集約させていく。属性を付加させずに放つ分、魔法力のロスはない。
単純に魔法蓄積量、そしてコントロールを駆使したものとなるからだ。
「……ハッ!!」
ルクシアの気合いと共に、彼女の掌にあった白球は不可視の力に後押しされてアランに向けて一直線に向かっていく。
周りの草々を空に浮かせるほどに威力のあるその白球の先にいるアランはすぐさま両手に魔法力を込めた。
「ねーねーフー爺! ぼく、おもしろいことできるようになったんだー!」
「……む?」
二人の修行風景を見守るフーロイドに、アランは今から悪戯をするかのような無邪気な子供らしい表情で白球を見つめた。
通常、魔法キャッチボールの捕球方法として主にあげられるのが、迫りくるボールに対して魔法力を噴射。その後威力を一度完全に相殺しきった後に掌で白球浮動させ、一呼吸おいてからルクシアのやった行為で返すのが一般的なやり方ともいえる。
だが、アランは――。
「いっけぇぇぇぇぇええぇぇぇぇぇ!!!」
ルクシアの放った剛速球に一つも臆することもなく、両手から彼女を遥かに上回る魔法力を噴射した。
「――なに!?」
その行動を見たルクシアの口から思わず驚愕の声が漏れる。
同じく、二人の修行を見守るフーロイドは「っほっほっほ」と乾いた笑い声を出していた。
「おりゃぁぁあああ!!」
通常は噴射し、威力を相殺し、掌で白球浮動をさせた後にもう一度魔法力を噴射するという行程が必要なこの修行の過程をアランは半分以上を省略。
膨大量の魔法力を噴射し続けることにより、白球の威力相殺と投擲を一括させたのだ。
ただ、それは相殺する時間と再び噴射する時間と言う行程を省くというだけの簡単なものではない。
常に一定且つ膨大量の魔法力を噴出し続けなければならない――即ち、とてつもない量の魔法力が消費されるということだ。アランの膨大な魔法力に裏打ちされた、アランだけのやり方と言っても過言ではなかった。
「ってどこに飛ばしてるんですか!?」
「……あれ?」
アランの方法で威力を完全に相殺されてルクシアにはじき返されるはずだった白球は、彼の思惑を軽々と乗り越えて斜め前方の方に見当違いの速度で吹っ飛んでいく。
まるで星になったかのように小さくなっていく白球を見つつフーロイドは「考え自体は大したものじゃがのぅ」と腹を抱えて笑っていた。
「いかんせんルクシアほどのコントロール能力はないの。まぁ、そこはおいおい鍛えておけばよい……ところで」
ふと、杖を手にしたフーロイドが自身の後ろにある白い倉庫を指し示した。
「最近よくここを訪れているようじゃの。うまく魔法力を掻き消そうとはしているが、ワシの前では無駄な抵抗じゃぞ」
穏やかな笑みを浮かべるフーロイド。
その真意が分からずにいるアランとルクシアは頭の上に疑問詞を作る中で、三人はそろって白い倉庫を注視した。
「恥ずかしがらずともよいではないか。何ならワシが主を引きずり出してもよいが……どうするかの?」
その穏やかながらも冷徹な笑みに圧されたのか、白い倉庫の後ろからは麦わら帽子を被った茶髪の少女が姿を見せた。
「えっと……えっと……」
あわあわと口を隠そうとするその少女を見たアランは、目を輝かせる。
「え、エイレンちゃんだ! ひさしぶりだねー! ぼくだよ、アラン! おぼえてるかな!?」
そのアランの無邪気な叫びにフーロイドは「そもそも覚えていなければ来るものか」と嘆息的に呟いた――。




