第三弟子
「う……うう……のぞいてすいませんでした……」
白い倉庫の影から震えるようにして出てきたのはエイレン・ニーナ。
本格的に夏に差し掛かった今、被っていた麦わら帽子に太陽の光がきらきらと反射している。
真っ白いさわやかな服装と肩まで伸びたショートヘアを持つその少女は、動きもぎこちなくフーロイド、ルクシア、アランの前に姿を現す。
「ふむ……コシャ村の娘か」
フーロイドのその言葉に、修行を取りやめたルクシアは「あの下等生物の住む村の……」と小さく呟いた。
「かとーせーぶつ?」
「ほっほっほ。主は知らなくてもよい。そしてルクシアよ。口を慎むがよいぞ。あながち間違いでもないが――の。知識がない人間こそ愚かしい者はいないというのが個人的な持論じゃ」
穏やかな笑みで冷徹な声をかけるフーロイド。だが、倉庫の裏から出てきたエイレンに対しては「まぁ、この娘の場合は幾分かマシとも言えようて」と杖を地面に着いた。
○○○
フーロイドがアラン・ノエル子弟の契りを結んだその数日後。
フーロイドはルクシアを連れていた。
アランの家に行くときに一度その道のりを確かめるべく、本物の馬を使役する馬車で通ったからだ。
基本的に『瞬間転移』アイテムを使う際に必要なことが、その術者当人が道のりを把握しておく必要がある。
そうすると必然的にアラン宅に行くために、最寄りの村であるコシャ村を通過することになる。
迂回するにはかなりの時間がかかること、そしてそういった面倒を嫌うフーロイドがとった方法はコシャ村を縦断することだった。
前々よりファンジオが王都に来ること自体が疑問だったフーロイドのそれが解けたのも、村に入った後のことだ。
本来だったら片田舎の場合は貨幣も流通していないような物々交換の世界。
そんな中でどうしてファンジオがわざわざ遠方より王都まで旅をしなければならないのか――そのすべてがコシャ村にあったことを、フーロイドは知った。
村をいざ縦断しようとしていると、村長を名乗る者が彼ら一行の前にたちはだかった。
外界から――それも王都からの来客と言うのはコシャ村ではかなり久々のことで、何の気なしに呼び止められたフーロイドとルクシアは手厚いもてなしを受けた。
「ところで、今回はその王都の大賢者様はどのようなご用件でこんな辺境に……?」
そんな村長の問いに、フーロイドの代わりにルクシアが「フーロイド様の弟子となられる方が住んでおるのです」と答えた瞬間に、先ほどまでの手厚い歓迎は見る影もなくなっていた――。
○○○
「まぁ、致し方あるまい。どこの世でも異端者は迫害されるというものじゃ。既に能力発現していた巫女でさえ、異端の技術・能力故に虐げられるということは多々ある。じゃからこそ発見しやすい――というのは一つの皮肉じゃの」
そう語るフーロイドの眼はギラついた眼光を止めなかった。
「ワシが最も嫌うことの一つに、『才能のある者がその才を発揮せずに沈んでいく』ことにある。そして、それを促進させる外部要因もじゃ。コシャ村の人間はそういった蛮族の典型的な例……。いかに学がないとてワシとしてはとても許せるものではなく――」
「エイレンちゃん! 久しぶり! うわー! すっごく久しぶりだね! ねぇねぇきょうどうしたのー!?」
フーロイドの行動すらも中断するアラン。その目は光り輝いていた。
おおかた、久々に話した友達と言ったところだろうとルクシアは達観していたが、フーロイドは面白くないといった体でそっぽを向いている。
純粋な目をしてアランに言い寄られる当のエイレンは気恥ずかしそうに頬を染めるだけだ。
エイレンが今日来たのは罰ゲームでもなんでもない――ただの興味本位からだ。
日々の遊びの中で芽生えていく魔法技術習得は基本的に女性の方が早くなると言われている。
そんな中でエイレンは親から村郊外での薬草採取に赴いていた。
そこに飛び込んできたのが、アランとルクシアの壮絶な魔法の打ち合いだったことから何事かと急いできた――という次第だった。
「……少々早計じゃったようじゃの」
フーロイドは杖に込めていた魔法力を分散させる。
無邪気にも、フーロイドが蛮族だと感じている村の娘に近寄るアランだったが、所詮はまだ六歳。
遊び体盛りなうえに毎日毎日が年上のルクシアと遊んでいるのも気が引けるだろうとそう判断したフーロイドは、ルクシアを近くに呼び寄せた。
「ワシらは邪魔じゃろ。一度家の中に入るぞ。……アランや」
フーロイドはアランに向けて声をかけた。
「はーい?」と不思議そうに首をぐるりとまわしたアランに、フーロイドは杖で指し示す。
「お邪魔虫は家の中で主の両親の手伝いをしておろうかと思っての。早めに切り上げるがよい。修行が進まぬからのぅ」
「わかった! あのね、エイレンちゃん! ぼくねー!」
「……あやつ全く人の話を聞かぬのぅ」
フーロイドの嘆息に、タオルで額の汗を拭い始めたルクシアは「アラン君とてまだ六歳じゃないですか」と苦笑いを浮かべる。
「同世代のお友達、というのも大切なものなのではないでしょうか。先ほどの子はほかの村連中よりも多少は良識を持っていることでしょうし」
「あの齢で魔法力を多少なりとも意識的に緩和できるということ自体は割と優秀じゃしのぅ。アランやお主ほどではないが、彼女もそれなりに魔法を心得てはおるようじゃ」
「……フーロイド様が教育なさるほどの者ではない……ということでしょうか」
「わざわざ言わぬともよいではないか」
そんな会話を繰り広げつつ家の中に入っていく二人の姿を後ろ目で見ながら、アランは久々の同年代の子との会話を楽しんでいた――。
○○○
そして、次の日――。
「ど、どうも……え、えと……エイレン・ニーナです……。アラン君に言われたので……きたんですが……」
もじもじとした様子ながらも、服装は昨日とは違い、機能性に優れたものだった。
いざ、修行――とそう心構えていたフーロイドとルクシアは口をあんぐりと開けている中で、当本人であるアランは「にひ~」とフーロイドに無邪気すぎる笑みを投げかけた。
「こっちがね! ぼくにまほうおしえてくれてるフー爺! で、こっちのひとはいっつもあそんでくれてるルクシアさんっていうんだ! ねーねーフー爺! エイレンちゃんもまほうならいたいっていってるから、いいでしょ!?」
無邪気すぎるキラキラとした笑みを浮かべるアラン。
恥ずかしがりながらも「フー爺さん、よろしくおねがいします……!」とぺこりとお辞儀をするその少女。
「……あ、アラン……。昨日この子と何を話したんじゃ?」
「えっとねー! いっしょにまほうべんきょうしよ! っていったんだ!」
「……わ、ワシがそれを許可した覚えは一つもないんじゃが……」
「でもぼくエイレンちゃんといっしょにべんきょうしたいもん」
ぴくぴくと――眉を顰めるフーロイドだったが、口をパクパクとさせているのはルクシアだ。
「ふ、フーロイド様の弟子になるということがどれだけの価値なのか分かっているのですか! アラン君! あなたは今、とんでもないこと……」
「……だ、ダメ……なの?」
ルクシアが我を忘れて激昂する頃には、アランの眼には少量の涙が溜まっていた。
「ぼく……みんなでなかよくあそびたい! エイレンちゃんと、フー爺と、ルクシアさんとでもっともっと遊びたいもん! エイレンちゃん、わるいこじゃないよ!? ねぇ、フー爺!」
「……ほ、ほっほっほ……」
そのアランの涙声の訴えによって首を絞められたフーロイドはもはや笑うことしか出来ずにいた。
「む、むじゃきがすぎるのぅ……」
涙目で訴えかけてくるアラン。そしてそれに対しておろおろと目線を飛び交わせるエイレン。歯をぎしぎしと鳴らすルクシア。
すべてに板挟みになったフーロイドは「っほっほっほ」と再度乾いた笑みを浮かべた。
――半分、ヤケクソ気味に。
そしてこの日――。なし崩し的にエイレン・ニーナがアランと同様にフーロイドの第三弟子に加わったのだった。
「わ、私がフーロイド様に弟子入りするのにどれだけ……どれだけ……!?」
そんなルクシアの小さな悲鳴が風の吹く空に小さく消えていった――。




