盗賊稼業の女
一触即発の緊迫感が場を支配していたが、フードの女は戦闘体制を緩めて後ろへと下がった。
手に持っていた武器を下ろし、正体を隠すために羽織っていたフード付きのマントを床へ脱ぎ捨てる。
「タルトって……やっぱり君だったんだ」
「ウチはお前と直接的な面識はないはずだが⁇」
ブカブカの服の中から出てきた人物は、エステルと同じくらいの年齢か、あるいは年下にも見える小柄な体型をした短い茶髪の少女だった。
「直接会ったことはないけど、あなたのことはよく知ってるよ。職業盗賊の元貴族階級の人……だよね⁇」
「ここまで外部にウチのことが筒抜けになっているとは……管理体制をもっと強化する必要があるかもな」
ゲームでパーティ組んで戦ってた仲間なんだから、知らないわけないじゃない……と、暴露することはできないが、少なくともタルトは悪役キャラでないことは確実だ。
彼女の名前は、タルト・オークレール。
国の現体制に意を唱える民衆の一部が反旗を翻すために結成された集団、レジスタンスのリーダーを務める盗人稼業を生業として生活している女盗賊である。
経済的な理由から領地を追われ、幼少期に貴族階級からの大幅な転落を経験し、子爵の肩書きから一気に貧乏人へと成り下がってしまった異色の経歴を持つ。
彼女はゲームのヒロインではないけれど、比較的重要な位置付けのキャラクターであり、国の悪王撃退を共に成し遂げるメンバーの一人だ。
言ってしまえば正義の味方であり、魔女レムナとは正反対の立ち位置のキャラクターと言える。
エステルとレジスタンスの邂逅は、王都に突入してからのストーリーだったのに、まさかこんな場所でバッタリ遭遇するとはね。
ルーカス村の村長と作戦会議をしていたなんて裏ストーリーは初耳だし、ここまで殺気立ったタルトを見るのも初めてだ。
「悪い、だいぶ取り乱した。ウチは悪人を見ると居ても立っても居られなくなっちまうんだ」
幾度となく"悪人"呼ばわりするタルトに対し、エステルが私を庇うように口を開く。
「レムナ様は村長さんに呼ばれてこの場におりますので、信用に足る人物であると思われますが⁇」
「あぁ、少し冷静になって考えてみりゃ納得だ。ルーカスの村長とはそれなりに長い付き合いだからな。この女を会議に呼ぶってことは、そりなりの理由があるんだろうさ」
「レムナ様はワシらの村を救って下さったお方です。どうか、この場は収めていただければと……」
おそらく、村長さんも私の正体には薄々勘付いていたのだろうけど、その上で、ここまで信頼を寄せてくれるのはありがたい話だよね。
「家の中で武器を出して驚かせたことに関しては謝るが、このメンツ……はっきし言って、ウチが一番ビビってるんだがな」
言いたいことはご尤も。
村長さんと二人で話し合いの場を設けるつもりが、いざ部屋の中に入ってみると、かの悪しき魔女と主人公やってる謎の美少女がいるんだもんね。
普通の人間なら腰抜かすって。
「と、とりあえず、座って話そうよ……⁈」
「ウチはまだお前を完全に信用したわけじゃない。なんせ、ヘルヘイムに幽閉されるレベルの罪人だからな」
「金輪際、悪いことはしませんので……‼︎」
「ま、盗賊稼業なんて悪党じみたことをやってるウチが言えた義理じゃないけどな…………だが、分かった。とりあえず会議に参加することは許可してもいい」
私は額に溜まっていた汗を拭い、殺伐とした空気感からようやく解放されたことに、ホッと胸を撫で下ろした。
ブランドール様に続いて二度目のぶった斬りを覚悟していたが、この場はエステルの華麗なフォローも相まって、何とか事なきを得ることができた。
とは言え、やっぱり悪名は辺境の地にまで及んでいるらしく。
「貴女はやはり、かの魔女レムナじゃったのか。正直言って信じられん……このような優しき目をしたお方が大罪を犯すなど普通はあり得んからのぉ」
「黙っていてごめんなさい。今の私に出来ることは人助けくらいですので、これからも各地を回って贖罪の旅にでも出ようかと考えていたところなんです」
嫌悪感を抱いていたタルトの表情が少し和らぐ。
「贖罪の旅か。どうやら本当に更生して心を入れ替えたみたいだな。さっきも言ったが、見た目は魔女レムナだけど、お前からは邪悪な気配を一切感じ取れない。ウチは善か悪かを見極めるのが得意なんだ。単純な嗅覚だけじゃなくって、第六感っていうのかな……長く盗賊なんてやってると勝手に身についちまうんだ」
「うん、そう言ってくれると気が楽になるよ」
重苦しく淀んでいた空気が軽くなり始めて一安心。
そんな中、エステルがタルトに対して純粋な疑問を投げかける。
「タルト様が顔を隠すのは、やはり身バレを防ぐためなのでしょうか⁇」
身バレとかって略語をエステルの口から聞けるとは思わなかったけど……‼︎
まぁ私の持ち得るゲーム知識に間違いがないか、本人から聞いといた方が良さそうだね。
「ん、ウチはどんな時でも基本的に顔を隠して行動してるんだ。こう見えて元は貴族家系の子爵出身で、既に落ちぶれてはいたけれど、国全体で見ればかなり裕福な家庭で、それなりに知名度もあったからな」
「そのようなご事情があったのですね」
「両親は今どこで何をやってるかも分からないが、家族に迷惑はかけれないからな。それに、この身なりが上手い具合に出自をカモフラージュしてくれてるから、貴族出身だとバレる心配もほとんどない。だからこそ、盗賊稼業ってのはウチにとっては打ってつけなのさ」
タルトは歴とした盗賊だが、盗む相手もまた盗賊であり、奪い取った物資を貧しい村々に分け与えて還元している。
やっていることは悪党と同じだが、村人からしてみれば、利益度外視で人を助け、善意だけで動ける尊いヒーローでしかないのだ。
「ウチは盗賊から盗む。そして貧しい村に返すって当たり前のことをやっているに過ぎない。今回の会議に直結する話だが、国がまともな政策を行なっていれば盗賊みたいな連中も減るってもんよ」
「私はこの国の内部事情について詳しくはないけれど、悪政を敷いてるガルストンがどうしようもない男だってことだけは理解してるつもりだよ」
しばらく黙っていた村長が本題に切り込む。
「して、タルト様。本日は何用で参られたのですかな⁇ その、わたくし共に姿を晒すリスクを冒してまで話し合いたい事とは如何なる内容で⁇」
「そうだな。自己紹介も済んだことだし、そろそろ本題に移らせてもらおう」




