断罪された魔女
「はっ……ここは……⁉︎」
私はなんで外にいるのだろう。
さっきまで病室のベッドでめちゃくちゃもがき苦しんでいたのに。
なんで⁈ どうして⁈
朝の通勤途中、交差点に突っ込んできた車に轢かれて救急車で病院に運ばれ、治療を受けていたあたりから記憶が飛んでいる。
「気付いたら真っ暗闇に包まれて、なーんにも見えなくなって、やっと楽になれたんだなって思ってたら……ここどこ状態に陥ってるし、よく分かりません‼︎」
意識を失ってからどれほどの時間が経ったのかな⁇
とてつもなく長い間眠っていた気もするし、ついさっき悲惨な事故に見舞われたばかりな気もする。
でもね、状況的には。
「これって俗に言う、異世界転生では⁈」
この場所が異世界ということは、やっぱり私、死んでしまったみたい⁈
五体満足で地面に立てているのが何よりの証拠だ。
車とぶつかった衝撃で右腕が吹き飛んだのは、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
「ある……私の右腕、復活しとる……‼︎」
やった‼︎
またこれで大好きなゲームができる‼︎
脳内の記憶領域に広がっていたモヤが晴れていき、徐々に前世の記憶が蘇ってきた。
私は日本という国で生まれた二十二歳の一人暮らしの女で、どこにでもいる平凡な社会人だった。
平日はブラック企業に勤め、休日はストレス解消のため、自宅に引きこもってひたすらゲームをプレイする日々……。
「もしや、私ってダメ人間だったのかな⁈」
などと、過去の余韻に浸っていると。
『ゴロゴロゴロゴロ……ドカーん‼︎‼︎』
上空で雷鳴が轟く。
いかにもそれっぽい雰囲気の場所だ。
私は咄嗟に身構えた。
雷に怖気付いた訳じゃない。
「貴女は……もしや……‼︎‼︎」
雷といった強大な自然現象を忘れてしまうほどの凄まじい覇気が、前方から流れてくる。
混乱した脳内の状況を整理する暇は、どうやら与えてくれないみたい。
それもそのはず。
この場所は闘技場で、今まさに決闘が行われている真っ最中だからだ。
罪人には抗うチャンスが一度だけ与えられる。
自らの力を認めさせることができれば、罪状をなかったことにできる制度だ。
がしかし、過去数百年に渡り、この決闘に勝利した者は誰一人としていない。
絶対に無理なんだ……‼︎
相対するは、巨大な剣を構え、紅の甲冑を身に纏った一人の女騎士である。
私は一体誰に転生したの⁇
よりにもよって、一番戦いたくない人を相手取っているのは何故……⁈
そもそも、この騎士と戦って勝ち目などあるはずもなく、はなから負けが確定している。
私自身が誰であっても、どんなに足掻こうとも、このお方には勝てっこないのだから……。
「戦闘中に余所見をするとは私も舐められたものよ。どうやらその懐の甘さだけは、幼い頃から何も変わっていないようだな」
その女騎士は、私に対して酷く失望していた。
同時に、後悔の念に苛まれているようにも見受けられる。
何も言えない私に対し、女騎士は更に続ける。
「残念だ。君とは良きライバルであり続けられると思っていたのに……」
自身の感情を抑え込み、唇を噛みしめる女騎士。
悲哀と慟哭の入り混じった感情をチラつかせながら、こちらに一歩、また一歩とジリジリ詰め寄ってくる。
赤色をベースとしたオレンジや橙色のメッシュが入った長い髪の毛を靡かせ、こちらを見据えて迫ってくる。
(熱い……燃えるように、熱い……‼︎)
焼けつくような熱気。
毛先で煌々と揺らめいているのは炎だ。
女騎士の決意と呼応するかのように、長い髪を巻き込みながら発火、漏れだす。
髪が灰になることはなく、彼女の底知れぬ魔力によって、炎が絶え間なく燃え続けている。
「先程までの威勢はどうした⁈ 私に斬られることに、今更恐れを成したのか⁇」
違う、違う‼︎
私は暁千夏で、貴女のことを心の底から尊敬しているただのしがない女‼︎
そんな私の心情などお構いなしに、女騎士は洗練された剣先を突き立ててくる。
「待って……待っ…………‼︎」
「お別れだ」
次の瞬間、私の体は斬られた。
断罪された。
「……っっ‼︎‼︎」
痛みで脳が完全に覚醒する。
「あっ……ああぁぁぁぁあああ……‼︎」
躊躇うことなく放たれた炎剣の一撃は、首の辺りから腹部までを見事に一刀両断していた。
血なのか体液なのか判断が付かない液体が、ドロドロと自身の体から滴り落ちていく。
傷口は赤く腫れ上がり、狂気の斬撃を終えても尚、火種がチカチカと皮膚の上で燻り続けている。
「命までは奪わん。これは、昔のよしみとしてせめてもの情けだ。傷が癒え次第、早々に国から立ち去るがよい」
「うっ、はぁ、はぁ……」
「そして、二度と相見えんことを……」
そう言い残し、屈強な女騎士は素早い身のこなしで、寂しげな表情を隠すかのように、一瞬にして姿を眩ました。
私は硬い地に這いつくばるようにうつ伏せで倒れ込む。
闘技場に残された満身創痍の自分と、騒つくその場に居合わす傍観者たち。
憐れみとも怒りとも取れる私に向けられた視線が痛い。
『皆の者、静粛に、静粛に』
審判官と呼ばれている決闘を見定める者の声が場内にこだまする。
『今宵、断罪の儀は筒がなく執行された。医療班は早々に罪人レムナの治療に当たるがよい。これはブランドール卿の御意向であるが故、決して死なせてはならぬぞ』
(レムナって……まさか……⁉︎)
女騎士の温情によって、辛うじて致命傷は避けられてはいたものの、明らかに出血の量が激しく、このまま放置すれば間違いなく死は免れないであろう大きなダメージだ。
「やっぱりブランドール様は優しい人なんだ……」
私の憧れだった。
ゲーム世界の騎士様とはいえ、かっこいいあのお方を尊敬してやまなかった。
いつかお近づきになりたい、肩を並べて共に冒険したいと。
私を問答無用で切り伏せたあの女騎士こそ、『セブンソーサリー七人の英雄』に登場する火の化身と恐れられた熱き獅子。
のちに、英雄と讃えられる七人から連なるキャラクターの内の一人、『ブランドール・ゼロ・レグナード』だ。
プリーストに囲まれながら応急的な回復魔法を施され、麻酔にかけられたように徐々に痛みと意識が揺らいでいく中、ようやく確信へと至る。
「私、大好きだったゲームの世界に転生しちゃったみたい…………こんなことって……あるんだね……」
そう微かに呟いた直後、意識が暗闇へと溶けていった。




