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出立の日

 翌朝。


 夜は暴風だと親方が言ってたけど、外は嘘のように静かだ。

 それに、窓から見える空は4時で、まだ真っ暗だ。


「みんな、用意はいいか?」

 僕ら決死隊が教室でスタンバイしていると、セイジが迎えにやってきた。


 ほとんど寝れなかったけど…。

 なぜか疲れよりも、興奮が先に立ち、やけに身体が火照(ほて)ってる。


 全員が互いの顔を見て覚悟を決めたかのようにうなずき合うと、セイジに促され、僕らは教室から廊下に出た。

 

 決死隊が二十人、黙したまま、ただ目だけをギラギラさせて並んで歩くシーン。

 これが映画なら、ドラマチックな演出とか、BGMが流れるところなんだろうけど…。


 けど、現実はそんなもんじゃない。

 びっくりするほど、普通だ。

 そして、あまりに普通だからこそ、その重圧に押しつぶされそうになる…

 それこそ、ファンファーレでも鳴ってくれれば、少しは気が紛れるんだろうけど…


 玄関にたどり着くと、モノノベ衆の三十人は、すでに車座になって僕らが来るのを待っていた。

 その中で、一人だけ、立っている男がいた。

 ステゾーだ!


「来たか」

 腕組みし、満足げに笑みを湛えながら、ステゾーは続けた。

「お前らに渡すものがある」


 ステゾーは、腕を解いて、おもむろに、懐から小さな革袋を取り出した。

「タケシ、手ぇ出してみろ」

 ?

 僕はためらいがちに右手を差し出した。


 彼が袋の底を持ち、数度振ると、僕の手のひらに黒い丸薬がパラパラと落ちた!


 ステゾーは神妙な顔で説明した。

「神苦丸だ。新型結核菌の感染を、丸一日抑えることが出来る」

  あ、モノノベ衆の人たちがこれを飲んで細菌から身を守ったっていう? あの?


「ただな……体質に合わないやつもたまにいる。最初に軽く反応が出ることがある」

 僕は驚いた。

「副作用ってことですか?」

「そうだ。喉の渇きとか、軽い熱感だな。ま、心配することはないが、そんな時は、水を多めに取ることだ。大抵はそれで落ち着く」

 それを聞いたマツオが、心配そうな声を挙げた。

「えぇっ?副作用?……僕っ、薬、合わないこと多いんだよなぁ……」

 カラがいきなり反応した。

「マツオ!」

「ん?」

「ほら、これだ!」

  僕の目の前をペットボトルが飛んだ。

 びっくりしてマツオはそれを受け取った。

「あ、ありがとう、カラ君!」

 マツオはボトルの口をキュッ、とねじると、なぜか慌てて一口、二口と飲み干した。

 まだ薬も飲んでないのに!

 僕は、吹き出してしまった。


 今度は、カラが突然ステゾーに尋ねた。

「二十四時間を過ぎたらどうしたらいいんですか?」

 すると、ステゾーが答える前にセイジが割って入った。

「あんなぁ」

 彼は、苦笑いしている。

「作戦が成功していれば、そんな心配は無用だ」

 きょとんとした顔でカラは返した。

「失敗していれば?」


 その答えを聞く間もなく、ステゾーがびっくりするような大声を挙げた。

「よしっ! ここから瀬神港にある富永倉庫まで移動し、そこで待機するっ!」


 動かない自動ドアの隣の通用扉から、一人、また一人外に出る。

 僕の番になり、外に出ると、ひんやりとした外の空気がすーっと鼻から入ってきた。


 左手の空には、うっすらと細い三日月がかかってるけど、校庭は真っ暗で、足元もおぼつかない。


 しばらく、僕らが目を慣らそうと、じっと前をにらんでいると…。


 あれ?

 なにか、大きな黒い影のようなものが、グラウンドを覆っているようだ?

 一体全体?

 

「あっ!? あれ! 見て!みんなが、みんながっ、出て来てくれてる!」

 後ろから続いて外に出たばかりのミコが、いきなり興奮して前を指さした!


「あぁぁぁぁっ!」

 カラとマツオが同時に声を挙げた! ネーサンやシューマ、ニッキたち運動部全員も目を見開き、驚いてる!


  なんと!

 そこには、瀬神高校の全校生徒三百人が、校庭を埋め尽くすかのように黒い人波となって並んで立っているではないか?!


「なんも言わずに行くなんて、水臭いぜ、タケシぃ」

「バカヤロー、ひとことくらい声かけてけよっ!」

 静かだった校庭は、いきなり僕らへのたくさんの声かけで騒然となった!

「ありがとうねっ!あなたたちは私たちの誇りよ!」

「自分たちだけ安全なとこにいて、ゴメンナサイねぇ」


 それを見ていたステゾーやセイジをはじめ、モノノベ衆は焦ったのか、皆に黙るように唇に手を当て、「シーッ」と音を出し、ギョロギョロした目でにらみつけている。

「お、おいおい、まだ…、攻撃前にアイツラに気取られたらマズイんだよ…」


 生徒たちの声がいったん何とか静まると、集団の中から、一人の生徒が進み出た。

 すると、ミコが声を挙げた。

「あっ! 生徒会のミナミ君じゃん?」

 名前を呼ばれた副会長のミナミは、恥ずかしげに頭をかいている。

 なんだか、いつもはオチャラケのイメージが強いんだけど、今日は真剣だ。


「ミコちゃん…。僕らに出来ることなんか、残念ながら、何もない。けど…。見送りだけはしたいねって皆と話してたんだ」

 ミコは心配な顔で尋ねた。

「ミナミ君、気持ちはほんと、うれしいんだけど…。まだ、新型結核の感染の危険が去ったわけじゃないよね?」

「ああ、分かってるよ。けど…」

 ミナミは生徒たちの気持ちを察するかのようにふと振り返り、今度は改めてまっすぐにミコの目を見つめた。

「みんな、出てきちゃったのさ…。もちろん、最初は感染が心配だ、っていう意見もなくはなかった。でも、最後は、僕らに出来ることは何か、と問われれば、これしか思いつかなかったんでね」

 そこまで言うと、ミナミは頬を染め、照れくさそうに下を向いた。


「みんなぁ」

 僕がハッと振り向くと、シューマだった。

 シューマは、少し身体を斜めにして、アゴを突き出して言った。

「お前ら、何もできねぇと思うかもしんねーけど、人は、誰かのために、と思う時一番つえーぇんだよ。だから、役に立ってないなんて決して思うな。なぁ、ニッキよぉ」

 声をかけられたニッキも続けた。

「おおよ、俺たちゃ、自分たちで志願して決死隊に加わってんだ。誰かから命令されたわけじゃねー。それに、俺らはお前たちが思っているほど弱っちくはねぇ。だから…」

 一度ニッキは言葉を止めて、自らの力こぶを手でピシャリと叩いた。

「人間様を舐めたあいつらに、一泡でも二泡でも、吹かせてやるぜっ!」


 そこまでニッキが言うと、生徒たちのあちこちで、むせび泣きのような声が聞こえてきた。


「さあっ、時間だ!」


 ステゾーが告げると、またもや、三百人の生徒たちの声、声、声!


  励まし、叫び、感謝。

 人生の中で、ここまで人から期待されたことがあっただろうか…。

 

 決してなかった!

 僕は、自分の目の中に炎が宿るのが、今、はっきりと見えた!

「心配すんな!俺たちは絶対に帰ってくる! この瀬神の町を、きっと、きっと、みんなの手に取り戻すんだっ!」

 いつの間にか、僕は叫んでいた。


 生徒代表のミナミの頬には涙が溢れてる。

 僕は彼の手を力強く握りしめると、自分の目からも熱いものが流れていることに気づいた。


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