決戦前夜~オペレーション・ゼロ~(後編5)
「なになに? タイミング悪すぎない? 一番大事な連携のとこでしょ?」
「ワリィ、自然現象!」
「ったく…」
ぶつぶつ言うミコをあとにして、僕は、息抜きも兼ねて、教室を出て、一番近いトイレに向かった。
が?
なぜか、トイレの先にある、校舎の2階に上がる階段の踊り場の方から、誰かが口論する声が聞こえてきた!
いったい誰が?
僕が気になって、恐る恐る忍び足で近づき、こっそりと覗いてみると!
なんと、そこには、ステゾーが険しい顔で腕組みして立っている前に、モクレンが半分泣きそうな表情で袖にすがりついているじゃないか?!
「ステゾーさん、そりゃないですぜ? これでも、来たるべき日のために、己を犠牲にして何十年と修行を積んできたんだ!自慢じゃないが、俺は一族の中でも若手のリーダー的な存在にはなってるはずだっ! その…俺に…留守居をっ、留守居を命じるとは…。一体ぜんたい、どんなおつもりなんで?」
ステゾーはモクレンの訴えをしばらく苦々しげに聞いていたが、やがて、怒りを押し殺すかのようなドスの利いた声で吐き捨てた。
「あ? 理屈じゃねぇ~んだよ? お前、いつから命令に背くようになった? 一族の掟を忘れたのか?」
モクレンも必死だ!
「も、もちろん、重々承知してます…。けど…。 今回の出陣は、誰の目から見ても天下分け目の戦になることは明らかだ! 武人だったら誰でも血が奮い立つような場面じゃないですか? こんな時が来ると分かっていたからこそ、俺らは血のにじむような思いで修行に耐えてきたんです! それを留守番しろ、ですって? 空いた口がふさがりませんが?!」
ますますステゾーの目は怒りの炎に燃え、今にも殴りかからんばかりにモクレンを睨みつけている。
が、いつもの彼なら、キレて殴って終わり、だろうけど、今日は違った。
ステゾーは一度天井を見上げ、目を軽く閉じ、鼻から息を吸い、ゆっくりと呼吸を整えた。
すると…。
いつの間にか、その口元は緩んで、笑みさえも浮かべてるじゃないか…?
「モクレン」
「は?」
「普通なら、俺は命令の説明など、せん。…しかし、よく聞け」
「は、はいっ!」
モクレンは襟を正した。
「いいか…? モノノベ衆は、この国を守るために生き延びねばならんのだ。ただ生き延びてこの国の危機を救うことだけを使命とするがために、我が一族は人びとからその身を隠すことを自らに課した。栄光、称賛、喝采…。そのような世間からの評価は、我々には一切無縁だ。しかし、数千年にわたり、そして今後も我が国を守るために、決して我々は、滅びてはならぬのだ」
ステゾーのまなざしは、これまで見たことがないほどに、優しい。
が、それだけに、僕は、彼の話しから、明日の戦いがどれほど過酷なものになるのか、なんだか想像がつく…
いつの間にか、僕の身体は小刻みに震えていた。
モクレンは、手を固く握りしめ、下を向いて歯ぎしりしていたが、やがて絞り出すようにポツリと言った。
「し、死なせたくねぇんです…。ステゾーさん・・・」
モクレンの涙が、ポタポタと床に落ちるのが見えた。
すると、突然、ステゾーは柔らかい表情から打って変わり、またもやギラリと目をむいた。
「死ぬ、だとぉ?!誰が死ぬと言った?」
そして、腰に差した妖刀・芥屋之門を右手で抜いて、ドン、とモクレンの肩に押し付けた。
「お前、俺を誰だと思ってんだ? そしてお前は誰だ?」
言い終えると、ステゾーはモクレンの肩を突き放し、鬼の形相で言い放った。
「俺は、モノノベ衆三十騎、筆頭若頭のステゾー! そしてお前は、その一番弟子! モクレンだっ!!覚えておけ! 以上!!」
そう言い捨てると、ステゾーはくるりと向きを変え、廊下の方向へと足を踏み出した。
いけね!見つかる!
僕は驚き、慌てて校舎の白壁に身を隠した。
そうか…。
考えてみれば、モクレンが悔しい気持ちを抱くのも分かる。
なぜかって?
だって、モクレンの態度、話し方、組手の構えと得意技の種類。
すべて、ステゾーのコピーなんだもの…。
見ていて、どれだけ尊敬しているのかが分かる。
その、ステゾーとの最後の別れになるかもしれないのだ…
い、いや?
そんなことを考えるのはやめよう。
だって、人は誰でも生きるときは、生きる。死ぬとは、死ぬ。
今、それを心配したって、何の得になる?
ん? 僕って、こんなに肚が座った人間だったっけ?
その日の夕食は午後五時、と思いのほか早かった。
なんでも、明日は、まだ真っ暗な朝の三時に起床し、四時に学校を出発。そして、瀬神港に隣接する例の僕らがアンドロイドと闘った富永倉庫にて突入の機会をうかがうとのこと。多分、アンドロイドたちに不審な動きを察知されないための作戦なのだろう。
それに、突入の時間だって、親方の提案で、明日の夜八時ごろ、爆弾低気圧がこの瀬神町を襲う時間帯をわざと選んでのこと。いわば、念には念を、ってやつだ。
キャンプファイヤーは、例のごとくモノノベ衆の酒盛りで賑わうかと思ったが、何のことはない。
肩透かしかと思うほど、皆は炎を眺めながら、静かで、無口だった。
ただ、缶詰ばかりは、いつもは節約するはずなのだが、焼き鳥缶、コンビーフ、牛肉の赤ワイン煮など、タンパク質を大放出!
マツオなんか、ウハウハ喜んで食べている。
「タケシ君、このツナ缶、マヨつけて食ってみな? 飛ぶよ?」
僕なんか食欲がわかないってのに・・・たいした奴だ・・・。
「皆んな、いいか? 今日はとにかく寝袋に入って、早く、寝ろ。それだけだ。明日は四時きっかりに出発する。一秒でも待たないので、そのつもりで」
セイジが僕ら決死隊の方に近づいてきて言い渡すと、モノノベ衆たちも手分けして運動場の砂を火に被せて消し、火種の炭を踏み潰すや、僕らよりも先に教室へとぞろぞろと引き揚げていく。
その後。
就寝までの時間を思い思いに過ごし、夜七時になると、全員が一年F組の教室に集まった。
寝床の準備だ。
皆んなで机や椅子をガタガタと音を立てながら後ろに寄せると、なんとか二十人が寝袋を並べられるほどのスペースが確保できた。
互いの感覚も狭く、かなりギチギチだ。
外を見ると、ついさっきまで教室の窓から夕日が差し込んでいたものの、もう真っ暗だった。
無論、照明があるわけじゃない。
カラとマツオが気を利かせて、柔道部と剣道部の連中とともに、防災用品の中からLEDランタンを人数分運んでくると、皆が喜んで歓声を挙げた。
「よいしょっ、と・・・」
僕らがランタンのスイッチをひねると、丸い暖かい光の輪が天井にいくつも重なって広がり、教室はたちまち幻想的な灯りで満たされた。
しばらくは皆んなが小声で雑談をしていたが、なにぶん、明日のこともある。
おやすみ
おやすみ
明日はがんばろうな
大丈夫、なんとかなるさ
口々に言い合いながら、誰ともなく寝袋に足を差し込み、たちまちのうちに教室の中は静かになった。
そしてこのまま寝入るのか、
と思いきや?
突然、隣のカラが僕にヒソヒソと話しかけてきた。
「おい、タケシ」
ん?
「なんだ」
「お前、死後の世界って信じるか?」
何を言い出すかと思ったら? 隣りをのぞくと、カラが天井をじっと見つめている。
僕は少し間を置き、慎重に言葉を選び、ボソボソと答えた。
「身内の話しだけど…。ひいばあさんに、死んだ人をまるで生きてる人のように見れる人がいたらしい。だから、うちは割と、なんか偶然が重なったり良いこと悪いがあるたんびに神棚に拝むほうだったからなぁ。俺自身は霊を見たりしたことは一度もないけど、今見てる世界と別の世界があったって全然不思議じゃないって思ってるよ」
カラは僕の答えを黙って聞いていた。
すると、僕らの会話を聞きつけたのか、カラの近くで寝ていたミコが寝袋に入ったままイモムシのように体を転がして近づいてきた。
僕は思わず吹き出した。
「何やってんだお前」
ミコは寝袋から顔をニュッと出して唇を尖らせた。
「何って、あんた、こんな状況で眠れるわけないでしょ?ふつう…それに、あたしが興味ある話をカラ君がし始めるからさあ。」
三人が同時に首をもたげて寝袋から顔を突き出すと、なんだか互いの姿が滑稽に見えてきて…。
僕らは思わず、吹き出した。
けれど、寝てる仲間に迷惑をかけてはマズイ。
迷惑かけては、とヒヤヒヤしながら二人に目配せをし、
しばらくすると?
今度は?
「ピンポンバンポ~ン、ピンポンパンポ~ン」
誰かが急にすっとぼけた声で学校のチャイムのものまねをした。
「お昼のナップタイムです。皆さん、教室内では静かにしましょう。」
放送部のマネ!
すると…
皆がクスクス笑いだし、ついには全員で大笑いになった。
ええ加減にせえよ、とツッコミを入れたかったが、今度は、また別の誰かが言った。
「ちくしょ~~、ネーサン、告白させてぇ~~」
泣きそうな、情けない声だ。
それを聞いて皆が笑った。
「あんた、帰ったら優先権、あげるよ」
一呼吸おいて、ネーサンの低い声が響いた。
またもや、どっと皆が笑った。
隣りのカラはなぜか、ブスくれた顔をしている。
いやはや。
こりゃ、寝ること自体、無理そうだ。
そこかしこでまた話し声が聞こえてくる状況を見て、僕は半分あきらめた。
が、待てよ?
思えば、教科書で教えられるあの、太平洋戦争末期の特攻隊の人たちも、特攻前夜はこんな気持ちだったんじゃないだろうか。
緊張でおしつぶされそうになったとき。
笑うことで、人はいくぶん気持ちが和らぐような、そんな気がする。
だから、彼らも、きっと夜更けまで互いに笑顔で存分に語り合い、翌朝、飛び立っていったのではないだろうか。
神風がどうの、とか、相手を打ち負かす、なんて話しじゃなく、きっと心の底から笑い会える仲間との時間があったに違いないのだ。
僕、カラ、マツオ、もう三人だけじゃない。
今、新たに決死隊の仲間とともに町のために闘いに行けることが、僕にとっては、誇りだし、信じられないほどの助けになっているのだ。




