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北の砦に花は咲かない  作者: 渡守うた
四章 北の砦に花は咲かない
23/38

23、最初の人生


 エルダを見送った後、ルカに声を掛けようとして、止めた。

 過去の話をして混乱していることもある。しかし、それ以上に「もしも返事が無かったら?」と考えてしまったのだ。


(僕にとって大事なのは騎士団の皆で、他人にどう思われたって仕方ないことなのに)


 それなのに、どうしてこんなに胸のあたりが重いのだろうか?




 エルダと話をして昔のことを思い出したからだろうか。セスはその日、久しぶりに夢を見た。

 彼が本当に子供だった頃の夢だ。


「……こうして魔法の知恵は、本当の魔法使いから今の私たちに分け与えられたの。だから私たち魔法使いは、魔法を独占せずに人々に分け与えるのよ」


 セスの母親はよくこの物語を聞かせた。

 ワイアット邸には彼女のための花園があり、彼女は息子を連れてここで過ごすことが多かった。


「この世界には色んな種族や文化があるわ。お互いに良いところを分け合えば、きっと良い世界になるのよ」


 そう話す母の傍では、鳥やうさぎ等の小動物が戯れている。御伽噺のような光景。それがセスの一番古い記憶だった。




「お母さん、見て!」


 セスは小鳥を指さす。ヒバリである。

「ほら、」


 と一歩踏み出すと、セスの姿は指さしたヒバリそっくりの、茶色い小鳥に変化していた。


「なんてこと!」


 母は驚愕で声を上げた。二匹の小鳥を見比べる。

 模様の位置まで寸分違わぬ、恐るべき精度の変身魔法だった。その上、<法式>を使わずに変身魔法を使った。

 これがセスの<ギフト>の発露だった。

 後に模倣の魔法使いと呼ばれる、特別な魔法である。


「セス、あなたは……魔力も既に充分強い。それに<ギフト>まで覚醒しているなんて……」


 母の動揺にセスは魔法を解く。母はセスを抱きしめた。


「あなたは強い魔法使いになるわ」


 母を抱きしめ返そうと手を伸ばした時だった。何かに気付いた彼女はそのまま息子を抱き込み、その身の下に隠した。

 何かを切り裂く音。母の身体が揺れる。

 うっ、と母が呻いた。


「お母さん……?」

「奥さまッ!!」


 音を聞いて駆け付けたメイドの悲鳴が聞こえる。知らない男の叫ぶ声がする。


「離せっ……! ワイアットの息子を殺せば俺の娘が魔法使いの頂点になるんだ……!」


 大人たちの怒号が飛び交う。母は最期まで腕を緩めなかった。




 ◆

 刺客によって母が殺害された。

 犯人はダグラス家の男だった。ダグラス家は、ワイアット家と勢力を二分する魔法使いの大家である。セスがいなくなれば後継者の居なくなったワイアット家は衰え、ダグラス家の優勢となるだろう。

 自分が狙われていた。そして自分を庇って母が死んだことを、セスは察した。

 泣きじゃくるセスを、メイドのキャシーが慰める。


「坊ちゃん……」


 キャシーが慰めるように少年を抱きしめた。セスが彼女にしがみつく。


「キャシー、お母さんに会いたいよ……!」


 母に会いたい。少年が願ったのはそれだけだった。不幸だったのは、彼がギフトに目覚めたばかりで能力が不安定だったこと。そして、膨大な魔力を持っていた、ということだった。

 空気がうねる。

 セスの頭上からキャシーのくぐもった声が漏れた。


「い、いたい、」

「キャシー……?」

「ああ! 痛い! 痛い! やめて……!」


 彼女の顔が、子供が粘土をこねるように歪む。


「キャシー!!」


 セスは悲鳴を上げた。


「誰か!! 誰か助けて!!」


 激痛でキャシーは意識を手放した。騒ぎを聞きつけた大人たちが駆けつける。

 抱き起こされた彼女の顔を見て、皆一様に息を呑む。

 彼女の顔面が、亡くなったワイアット夫人そっくりに変えられていたからである。




 キャシーはワイアット邸を去った。

 地元に帰った、とセスには伝えられた。

 事の次第を伝えられた当主は「そうか」とだけ言った。


「それほどの魔力を持っているなら、ワイアット家の後継者として相応しい。他の勢力に隙を与えない、強い魔法使いになりなさい」


 父はセスに告げた。

 セスは長い沈黙の後、「はい」とそれだけ言った。




 ◆

 ほとんどの課程を自宅での学習で終了した為、セスの寄宿学校への進学は見送られた。閉ざされた環境での教育は過酷を究めたが、セスの能力は確実に伸び、後継者としての立場を確固なものにした。

 すっかり青年となったセスは、自身の銀髪を見る。今では腰ほどまで伸びていて、月日の経つのを感じた。頭髪は古くから魔力を溜めると信じられている。魔法使いには言い伝えに従って長髪を保つ者が多い。

 セスにとっては体罰の痕を隠したいという心理もあったのかもしれない。

 とにかく当時の彼は、少しでも魔力の減ることが恐ろしく、願掛けのように髪を切れずにいたのである。





 国から応援要請が来たのはその頃だ。

 隣国と接する北部で、魔物の出現が増えたのだ。北部の要塞で騎士として警備に当たるというもので、有力な魔法使いや騎士、若者たちに募集をかけているという。

 父は最初、後継者であるセスを送り出すことを渋ったが、魔法使いの筆頭として範を示さねばならなかった。セスは父の意向に従った。


 北部スティリア城を拠点とするスティリア騎士団。青を基調とした制服から「青の騎士団」と呼ばれている。

 騎士学校からここに配属された者、一般の募集に応募した者、セスのように魔法の力を買われて騎士になった者。様々な事情を抱えた若者たちが集う。

 入団式を終え、騎士たちをぼんやりと眺めるセスに、後ろから声を掛けられた。


「よう。緊張してるのか?」


 アーノルドと出会ったのはその時である。

 しなやかな褐色の体躯に、金の瞳を持つ黒髪の青年だ。セスは首を巡らせて精悍な顔立ちを見上げた。


「俺はアーノルド。同じ部屋だよな、行こうぜ」

「……うん」


 宿舎で同室となった二人は、自然と行動を共にした。セスにとって初めて経験する、同世代の中で過ごす時間だった。

 何のきっかけだったか、セスは尋ねた。


「アーノルドはどうして騎士になったの?」

「あ? 金だよ。給料良いだろ、ここ。うちはチビが多いからな。食費掛かるんだよ」


 自分と同世代の若者が、既に家族を養っているという事実にセスは衝撃を受けた。


「良い学校も入れてやりたいしな」


 彼はそう続けた。お前は? と何気なく訊かれ、セスは視線を落とした。


「僕は、父がそう決めたから……」


 自分の理由がひどく恥ずかしく思えて、セスは言葉を途切れさせた。アーノルドはふうんと相槌を打つ。


「お前の家、魔法使いの偉い家なんだろ? 色々厳しそうだよな」


 セスは返す言葉を探したが、妥当な言葉が見つからない。アーノルドはそれ以上詮索しなかった。

 アーノルドは初めてのことが多く戸惑うセスをそれとなく助けてくれた。それでいて嫌味な所がない。セスは彼を密かに尊敬していた。




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