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北の砦に花は咲かない  作者: 渡守うた
四章 北の砦に花は咲かない
22/38

22、エルダの希望

 話を聞き終わったエルダは頭を抱えた。

 魔力を失っている。そして【厄災】と呼ばれる魔物と戦うつもりでいる。


「あなたって本当に、面倒事を抱え込むタイプなのね」

「そうかな……」

「逃げちゃえばいいのに」


 エルダが覗き込む。セスは瞬きをした。


「【厄災】の手の届かない所へ逃げちゃえばいいのよ。あの子、スカーレットのことが好きならスカーレットを連れて行っちゃえばいいのよ」

「……考えたこともなかったな」


 自分の大切な人だけを連れて安全な所へ行く。確かに魅力的に思えた。しかし現実的に考えて、将来砦に所属する騎士たち全員を説得して避難することは難しいだろう。彼らの多くは北部に家族が居て、生活がある。


「生活の全てを捨てて、と北部の人たちに頼むことはできない。……そう思っていたけど、違ったのかな。13年も時間があったのだから、北部へ行って騎士や住民の避難を優先させた方が良かったのかな。僕だけが【厄災】が来ることを知っているのに……!」


 セスは震えた。

 回帰してからずっと、【厄災】を倒すための準備ばかりしていたが、自分は間違っていたのではないか。


「自分が全て正しくやれると考えるのは傲慢なことよ」


 エルダは静かに言った。


「それに一人では限界があるわ。あなた、北の砦に行くんでしょう?」

「……うん」

「わたしも行くわ」

「えっ!?」


 セスは腰を浮かせた。エルダは胸を逸らす。


「わたしは『天啓』のエルフよ。わたしの情報は王国にとっても貴重なものよ。【厄災】の天啓を得たと北部の騎士団長に相談しましょう」

「いや、でも、」


 得意げに語るエルダに、セスは狼狽した。


「手伝ってあげるわ。【厄災】を倒して皆で生き残ること」

「駄目だよ!」


 セスはエルダの傍に寄ると、膝をついて両手を握った。


「せっかくやり直せているのに、どうして危険なことをするんだ! きみは、【厄災】の怖さを知っているじゃないか……」


 エルダは小さく溜息をついた。


「あら、わたし死ぬつもりはないわよ? 本当に危なかったら一人で逃げるつもりだから安心なさい」

「そんな簡単な話じゃないだろ……」


 言い募るセスにエルダは微笑む。


「大人になるとね、頑張っている若い子を応援したくなるものなのよ」

「僕は人生2回目だから、それなりに長く生きてるつもりなんだけど」


 エルダは鼻で笑った。


「あら。あなた、同じことを2回したら2倍大きくなれると思っているの?」


 ぐう。セスは反論できなかった。それにね、とエルダは続ける。


「わたしは自暴自棄になっている訳じゃないの。自分の命が一番大事だし、未来に希望だってあるのよ。それにね、この間ものすごく素晴らしい天啓を得たのよ」


 ものすごく素晴らしい天啓。

 セスは興味を持って続きを待った。


「ものすごく好みのハンサムが、おいしそうにハンバーグを頬張っていたの」


 エルダは拳を握った。立ち上がり、演説のように力説する。


「超好みだったの! 街並みが見たことが無かったけど、今まで見てきた過去の物とは違うから、きっと未来の天啓よ! これがどういうことか分かる?」


 セスは首を横に振った。これだからお子ちゃまね、と鼻で笑われる。


「未来のどこかでわたし好みのハンサムが生まれるのよ。幸いわたしは長命のエルフ。いくらでも待つことができる! 彼に会うまで絶対死ねないわ」

「気の長い話だな……」


 こんなにガツガツしたエルフ見たことない。儚げな見た目に反して強かな女性である。セスは心から尊敬した。

 言葉がまとまらず、セスは顔を伏せた。唇の震えを誤魔化すために噛み締める。


「……本当に無理だと思ったらすぐに逃げて。きみだけでも生きて欲しい。約束して」

「まったく、仕方のない子ね。最初からそのつもりだから安心なさい」


 エルダは呆れたように微笑んだ。

 それから表情を引き締める。


「そもそも、わたしは一度、北部に行かなくてはならないの」

「えっ?」

「過去の天啓ではなくて、今この時間軸の将来に、【厄災】が現れる光景を見たからよ」


 どくり、とセスの胸が鳴った。

 エルダはセスを見つめて、真実を告げる。


「あなたの予想した通りよ。近い未来、北部に厄災が現れるわ。わたしはそれを報せに北部に行かなくてはならない」


【厄災】が現れる。

 セスはその為に2回目の人生を生きてきた。だが、未来を知ることができるエルダにはっきりと言われると……。

 暗い淵を覗き込んでいるような気持ちになる。

 エルダは話を続けた。


「実は既にエルフの集落に国から応援要請が来ているの。危機を伝えに行くだけか、騎士として北部に行くか、あなたと話をしてから決めたかったから、返事は保留して貰ってたんだけど。あなたはどう?」

「……ワイアット家には早めに要請が来ていたから、僕が行くと伝えてるよ。ワイアット家は弟が継ぐから、父としても丁度良かったんじゃないかな」

「そう。では、この冬が明けたら……」


 セスは拳を固める。


「うん。僕は北部のスティリア騎士団に入る」




 ◆


(セスに会えて良かった)


 ワイアット邸を後にしたエルダは考える。

 初めて【厄災】の夢を見た時は、おぞましさや恐怖に震えた。だが夢の中で最期に言葉を交わした魔法使い、セスの存在に思い当たり、希望を見出したのだ。

 彼が記憶を持っているなら、【厄災】への対策が立てられるかもしれない。エルダの夢には【厄災】との戦いの場面は少なく、弱点も分からない。

 だが実際に戦ったセスがいれば、【厄災】の攻撃方法や弱点が分かるだろう、と考えたのだ。

 やはりセスは時が戻る前の記憶を持っていた。そして、彼と会えたことで、エルダの推測はほとんど確信となった。

 回帰前、エルダが最期にセスと言葉を交わした時。

 エルダは天啓を受けていた。子供の頃のセスの姿だった。

 時が何故セスの子供の頃に戻ったのか。

 あの瞬間、セスが無意識のうちに魔力の全てを使い、エルダの天啓と反応していたとしたら。


(この回帰現象は、セスが起こしたものだわ!)


 セスが魔力の全てを使ったから、現在のセスには魔力が無い。セスが起こした魔法だから、セスだけが回帰前の記憶を持っている。

 この現象の中心がセスだとすれば辻褄が合う。

 エルダは深くため息をついた。


(このことを知ったら彼は余計に悩みそうだから、言わない方が良いわね)


 それに、現在の彼は魔力を失っている。

 二度と同じことはできない。


(正真正銘、最初で最後のやり直しだわ)





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