Report 33 サンダーバードと首無し騎士(3)
翌日。
賢治たちはタニアに連れられて、第六行政区の一区画であるアッパー・ライト・サターンズの表通りに来ていた。土曜日である今日は人で賑わっていて、諒子が手を引っ張ってくれないとはぐれそうになった。
昨日パーティの後、賢治たちはタニアから遊びの誘いを受けた。
賢治たちがアメリカを発つのは、明日。余裕を持って、今日は予定なしにしていたのだ。そのため、喜んで誘いに乗ることにした。
空は雲が立ち込めていて、今にも雨が降りそうな空模様であった。
『つ、次はあのお店行こう!』
タニアがそう言って指さしたのは、アパレルショップだった。
『え~……、また着替えたりするの。そろそろゲーセンとか行きたいんだけど』
桐野が不平を漏らす。
アパレルは次で既に三軒目。そのたびにタニアが薦めるのを試着させられて、桐野は少しうんざりしていた。
この通りは、ファッションストリートとして有名であり、様々なコンセプトのアパレルショップが立ち並んでいた。
『よいではないか。桐野も、たまには少しオシャレもしようぞ!』
『げ、現世が見たいっていうなら……』
はしゃぐ子どもたちに諒子が『フーヴァー先生も言ったように、裏通りは絶対入らないでくださいね! 危ないから!』と注意する。
『まあ堺じゃないけど、そろそろ服屋以外のところも行きたいかな。なあ、イソマツ』
賢治がイソマツに呼びかける。
だが、彼は横目で後ろを伺う目つきをしたまま返事をしない。
そして、諒子と賢治に聞こえる声量でこう言った。
「後ろ、二台の白いワゴンが徐行で僕らについてきている」
「……!」
賢治が思わず振り向こうとしたら、イソマツが「振り向かないで」と釘を指す。
「オ……【絡繰】か?」
「いや、違う。だが、僕らを狙っているとみていいだろう。タイミングを見計らって、急加速するはずだ。50メーター先の交差点に差し掛かる前に、裏通りとは反対側の路地に出よう。そのままノーザン・ジュピターズ――大学構内に戻るんだ」
賢治が頷き、前の三人にも異状を知らせようとしたその時、
プアァァァァ――!!!!!
二台のワゴンが、突然クラクションを鳴らした。と、同時に開放されたドアウインドガラスから杖を出して、白い閃光を乱射する。
「うぐっ!」
懐から杖を出そうとした諒子が、胸に閃光を食らってしまう。
現世が「諒子どの!」と悲鳴をあげて、変化した。
群衆が悲鳴をあげて、一目散に逃げ去る。
白い閃光は《スタン・フラッシュ》で間違いないだろう。実際には乱射ではなく、狙いを定めている。壁や電柱に打っているのは、邪魔な一般人を散らすためだ。それ以外は、確実に賢治たちへ狙いをつけて撃ってきていた。
イソマツの予想通り、二台のワゴンは急発進してきた。両者ともに、後部座席に乗った白装束の人物が後方のドアを開けて身を乗り出した。連れ去る気だ。
ボンッ!
イソマツの霊力が爆発的に上昇した――展開、即「オーバードライブ」を発動したのだ。
「¡Hey! ¡Hey, hey,hey――!」
イソマツが四発立て続けに〔バクチク〕の火球を放った。
二本の手の内一つに当たり、白装束の人物が手を引っ込める。
『いやあっ!!』
タニアの悲鳴があがった。
もう一つのワゴンの、左後方ドアから飛び出した霊力の糸がタニアを引っ張って車の中へ閉じ込める。
『門の『保有者』よ! この少女を救いたければ、ついてこい!!』
タニアを誘拐したワゴンの運転手はそう言い残して、ドアを閉め再発進した。
「ぐっ……《リッパー・ストーン》!」
《スタン・フラッシュ》をどうにか堪えた諒子が反撃する。杖の先の円陣より、石の弾丸を生成してタイヤめがけ発射する。
だが、躱された。
「うおおおおおっ!!」
現世が、イソマツの攻撃を食らった魔術師の乗るワゴンに、ウィンドウの隙間から飛び込んだ。
「現世ちゃん! ¡Fo!(くっ!)」
イソマツも続いて、ドアを強引にこじ開けて乗り込む。と、同時に中からオレンジ色の閃光が二、三回かきらめいてグラグラと揺れた。
キキ――ッ、ドッグワシャ!
ワゴンはボディの左側面を照明柱にぶつけて停止する。開け放たれた後方右ドアからポイポイと、乗車していた白装束の術師たちが投げ出される。術師は皆、賢治と同じくらいの年頃の少女だった。
「《ドルナ・バリカード Dorna barikado》!」
もう一つのワゴンから詠唱される。
ノーザン・ジュピターズへ通じている路地の前に、有刺鉄線が巻かれた長い柵が生成された。おまけに先端の尖った部分はこちらに向いている。
「¡Mierda!(くそっ!) そっちには逃がさないってか……!」
そう言ってイソマツは、奪い取った車を賢治たちのところへバックさせる。
それと同時に、タニアを引き込んだワゴンが反対側の路地へと走り出した。
「追いかけるのだよイソマツ!」
現世が叫んだ。
それと同時に、飛行箒のジェット音が聞こえてきた。前と後ろの両方から機影が見える。白装束どもの援軍だろう。
「¡......Qué gilipollas de mierda!(……こんちくしょう!) 乗って!」
イソマツの指示にしたがって、賢治たちはワゴンに乗り込む。
「イソマツさん、私が運転を替わります」
「諒子さん、さっきのダメージ残っているでしょ。自動車の運転は、オ……海外で習った」
諒子の手前、【絡繰】と言おうとして止めたのだろう。
だが諒子は「でも……!」と食い下がる。
「諒子さん。信じられないだろうけど、ここはイソマツに任せよう。飛行箒に乗って、超能力を使いながらバーティカル・クライムロールができるほどの腕前なんだ。自動車だって――」
そう言いかけたとき、イソマツが車を急発進させた。
「~ッ!!!」
飛行箒を振り切り、ワゴンを追いかけなくてはならないとはいえ、ものすごく荒っぽい運転だ。だが、ガタガタするのは彼の運転のせいだけではない。窓の外を見ると道がデコボコなうえ、注射器や薬瓶がいたるところに落ちているからだ。
「! 見えた! 白いワゴンだ!!」
イソマツの言う通り、フロントガラスの向こうに白いワゴンが疾駆しているのが見えた。
急加速した直後、それは起こった。
ダダダ、ダダダ!!!
機関銃の掃射音が轟き、フロントガラスにひびが入る。
『伏せてッ!!!!!』
パンクした左前輪をスリップさせつつ、イソマツは電柱の影に入って車を停める。
「《オーバードライブ》!、《ビルディング・プレート――for three times》!!!」
桐野がオーバードライブ、即ビルディング・プレートで石の壁を三枚生成した。
壁の隙間からは、負傷して墜落したと思しき白装束の少女たちが見えた。その上空には――顔面にタトゥーを入れた丸坊主のアジア系の男が、魔導アサルトライフル・パラケルスス2003を抱えて飛行箒にまたがり浮かんでいた。
(あの顔……、どこかで見覚えが……)
「ぐふふふ~。永久の集のガキどもが商売の邪魔するからヤキ入れにきたら、まさか僕をこんなところに陥れた元凶様が来るたぁな」
野太い声を聞いて、賢治は飛行箒の人物が誰だかを始めて理解する。
「……唐紅英流か!!?」
唐紅英流。元清丸高の教師。二か月前、清丸高を見学中の賢治たちが生徒である廣銀識人に絡まれたのに、識人の肩を持って賢治たちと全校生徒を対戦させた。それを聞いた徳長が学校へ猛抗議をして、停職三ヶ月のち減給5分の1、さらには全ての役職を剝奪するという処分が下された。だが、その直後に失踪してしまい懲戒免職処分となり、以後の消息は同盟でもつかめていなかった。
爽やかなスポーツマン風の容姿をしていたあの時とは、外見が変わり過ぎていてわからなかった。健康的な顔だちも今は、目が落ち窪んで皮膚もガサガサになり、見る影もなかった。
「そうだよ青梅くん。僕ァ、君のせいであと一歩のところで刑務所行きだった。何とか高跳びできたけど、やっていることはケチな魔薬の売人さ……」
「刑務所……!? 魔薬……!?」
想像だにしなかった言葉に、賢治は目を見開く。職場での横暴な振る舞いだけならず、なんと魔薬にまで手を出していたのか。
「仁科さんのルートからね……。もっとも直接の面識はないけれど」
「仁科……更科時雄か!!」
更科時雄、術師名・仁科時雄。汎人界・円秋寺の僧侶にして仏門系伝統魔術の魔術師で連合に所属していた男である。【絡繰】との関係が疑われている魔薬カルテル術師結社、ヨアルデパストリズ・カルテルが捌いている薬物を摂取していたことから、カルテルと連合には少なからず関係があることを疑っていた。だが、まさか英流までも絡んでいるとは思わなかった。
「君たちには、落とし前をつけさせてもらうよ……」
「なにが落とし前なのだ!! 自業自得、逆恨みもいいとこなのだ!!」
現世の反論には耳を貸さず、右ウインドガラスを開けてのイソマツの火球連射を避け、英流は一本のアンプルを取り出した。経口タイプであり、透明な液体が入っている。
「これは、カルテルの最新作で『女冥王の施し』って言ってな……。経口摂取すると、『オーバードライブ』と同じ効果を得られるんだ」
英流は蓋を開け嚥下し、ハポニョールで絶叫した。
「Kimetear!!!!!」
ボンッ!! ――ダダダダダダ!!
霊力場が爆発的に膨張した直後、英流はパラケルススを乱射した。賢治たちを守る石の壁が、ヒビを走らせて崩れていく。
「よくもどん底まで落としてくれやがったな!! てめーら全員、ハチの巣にしてやるぁぁぁあ!!!!!」
7.62×45mm魔導弾が右前方ウインドガラスを貫通し、諒子の右脇腹上に命中した。
「ああっ!!」
賢治が「諒子さん!!」と悲鳴をあげる。
「う……、ぐ……」
だが不思議なことに、弾は諒子の肉体を貫通せずに落ちた。今は命に別状なさそうだが、肋骨にヒビは入っただろう。内臓へのダメージも心配だ。
「おやぁ? 星野先生もいましたかぁ。ご無事なようで何より。この魔薬、キメると霊力は上がるけどムラができて、運がワリぃと今みてえに一つの標的を貫通した後はゴム弾みてえな弱い被弾になっちまうんだよなあ。――まあ、ガキどもを皆殺しにしたときのお楽しみが増えたからいいか」
「てめえッ!!!!!」
賢治が左後方ウインドガラスの隙間から杖を出して、「オーバードライブ」発動即、全力の《スタン・フラッシュ》を短縮詠唱した。閃光は裏通りを隈なく照らすほどの大きさで、どうやっても英流は避けられない――はずだった。
「《プロテクティブ・シールド:フォトンキネシス――MAX》!!」
だが、「女冥王の施し」で強化されて全力で唱えられた霊力場の盾で、簡単に防がれてしまった。導体らしきものは、パラケルススくらいしか見当たらない。飛行箒のアタッチメントか。
「くそっ――現世! バルバトスのページだ!!」
「死ねやガキどもッ!!」
英流が引き金を引こうとしたその瞬間、それは唱えられた。
「「「「「《クグロ・バリーロ Kuglo barilo》!!!!!」」」」」
パラケルススが火を噴く。
だが賢治たちの目の前に現れた光り輝く霊力の障壁が、24発の7.62×45mm魔導弾を受け止める。
それを生成しているのは、5機の飛行箒に乗った白装束の術師たちだった。
(……助かった、のか?)
だが、状況は改善していない。
何故なら彼女たちが自分たちを助けたのは、「門」保有者である賢治と現世を連れ去るためであろうから。
『司祭!』
五人の少女のうち、一人が言った。
すると彼女たちの背後から、蛇腹の光が迸った。いくつもの光の刃が見えない紐でつなぎ留められたようなそれは、《プロテクティブ・シールド:フォトンキネシス》を回避して、パラケルススの銃身と英流の飛行箒のグリップを破壊する。
「わ、わっ、わああああ――ぐえっ!!」
制御不能になった飛行箒は、彼を1.5メートル上空からガラスの破片と針まみれの地面に墜落させた。
「痛でええええッ!! 感染するぅ! 死ぬぅぅぅう!!」
ガラスと針まみれになってのたうち回る英流は、もう完全に無力化されていた。
賢治は、リアウィンドウから「司祭」と呼ばれた人物の姿を確認する。
右手には霊光子でできた超巨大な両刃剣を携え、飛行箒にまたがる長いブロンドを棚引かせた男性は――賢治もよく知っている人物だった。
「エイヴォン……先生??」




