397『再びの北京秋天』
銀河太平記
397『再びの北京秋天』
ふふ、前ばっかり見て……
メイが小さく笑う。
「だって、馬から落ちたらいやだもの」
「オートホースで落ちるわけないでしょ、せっかく満州に来たんだからお望み通りに『北京秋天』を満喫すればいいのに、北京秋天!」
「ちょっと、大きな声で言わないで、ほらぁ、子どもが笑ってるじゃない」
奉天の北大路を馬の背中に揺られて『北京秋天を満喫』などと言えば、子どもどころか犬や猫でも笑う。
そういうことを承知でからかうんだから、この妹も根性が悪い。
「やっぱり決心は変わらないの?」
「うん、せっかくジャンケンに勝ったし」
「そうかぁ……」
越萌メイ、わたしの妹という設定だが、彼女の本性は銀河の運び屋ファルコンZの航海士。わたしが火星から戻ってくるときにアシスタントとしてマーク船長から借り受けた人材。長年わたしの妹でシマイルカンパニーの共同経営者、そういうことで、月島かけると二人でわたしを支えてくれた。
それが、今回、パルスギスペースボートが開発され、その第一号艇に乗ってプロキシマBを目指すことになった。人類初めての光速船。小型の実験機なので乗員は一名。危険が伴うことでもあり、搭乗希望者は二人だけだった。
コスモス(メイの本名)とツナカン。ジャンケンでコスモスが選ばれ、来週、地球を離れる。
「かけるもツナカンも居ます、わたしが欠けた分は、北京から小梅が来てくれることだし……あ、二宮殿下の一周年祭には出るの?」
「先週お墓参りに行ったわ」
「……そうね、ほんとうの命日は三日前だったものね」
「陛下もお忍びでこられていたわ……」
二宮親王殿下は、PI成功の報道があった三日後、PIの甲斐もなくお亡くなりになられた……義体の具合が悪かったとされているけど、実際は、三枝元二等書記官が始末したんだ。三枝は野心家だったけど、最後は良心が彼を動かした。殿下の公式の命日は三日後、豊島丘墓地で行われる。
「あ、ちょっと、通り過ぎちゃったわよ」
「え、あ、ほんと!」
馬首を巡らせてワンブロック戻ると、様子のいいお婆さんがにこやかに出迎えてくれる。
「お待ちしておりましたシマイル姉妹。小爺、お着きになられましたよ!」
「声大きいよ老婆婆、東鈴、悟遼、出かけるよ~~」
奥から出てきた孫大人、さらに奥に呼びかけると、東鈴が走りだしそうな悟遼を宥めながらやってくる。
「いやあ、前に来たところで声を掛けようって言ったんですけどね、うちのが『面白いから気づくまで放っておこう』っていうもんで、ごめんなさい」
「オネエシャンたち、おしょいぃ」
「おお、遼ちゃん、もう喋れるんだぁ(^▽^)」
「誰に似たんでございましょうねえ」
「「こっち!」」
互いを指さす円満夫婦。それをニコニコと目を細める老婆婆。
「さ、それでは別々に裏にお回りくださいませ。小爺はこっち、お二人は、あちらから三つ目をグルっとお回りくださいませぇ」
老婆婆が指定する方向に分かれて進むと、かつては裏通りであった方に『カルチェタラン』の看板が見えてきた。
「こんなもの空から見たらまるわかりなんだけどね」「老婆婆が、ここいらの伝統だって」「でんちょー(^▽^)/」
遊びだか伝統だか分からない趣向、でも、一度は気づかずに通り過ぎたんだから、それなりの効果はあるんだろう。
東鈴に手を引かれた遼ちゃんが「おっちおっちぃ」と指さす三つ目のドアを開けると。
おお……!
思わず、元帥であった頃の声で驚いてしまった。
そこは、まさに、あのころのカルチェタランの大ホールのままだ。
一瞬、無人かと思ったら、上手側のテーブルに大小二つの人影。こちらに気づいたのか立ち上がる気配。
「申し訳ありません、お待たせしてしまったようですね」
メイが頭を下げると、二人そろって立ち上がり、大きい方の森之宮茂仁王殿下が穏やかに挨拶を返される。
「いえいえ、急な決心をしたのはこちらの方ですから。快くお受けいただいて感謝しています」
「お世話になります」
「ああ、尊信くん、すっかり声変わりしちゃったわねえ」
「あ、ハハハハ、納骨の時はお世話になりました。メイさんとは、恩地でお目にかかって以来ですね。お世話になります」
「いやあ、孫大人とこの遼ちゃんもそうだけど、子どもが大きくなるのって早いわねえ」
「お母さんはお元気?」
「はい、もう子供じゃないって言うんですけど、来週には名古屋を出てこちらに来ることになっています。親子でお世話になって、申し訳ありません」
「「ううん、こっちこそ」」
「プ(* ´艸`)」
メイと声が揃って尊信くんが小さく噴き出す。
よかった、菊水会に追いかけまわされ何度か拉致されかけ、八尾さんが保護してくれたとは言え、素直に育ってくれてホッとする。
「アイヤー、そろそろ始めてもいいあるかぁ?」
孫大人の声で、ささやかに三つの人生の転換が祝される。
うちのメイ、 森之宮茂仁王殿下、 吉野尊信少年、
メイは、さっき言った通りプロキシマBに旅立ち。茂仁王と尊信少年はしばらく日本を出る。奉天某所に居を移し、満州からモンゴル……そのあとはまだ未定の旅に出る。むろん、時々は奉天に戻ってくるんだけど、その所在は明らかにはしない。
実は、先週のこと。
陛下は、譲位を宣言された。
『この一年、摂政敷島宮(道興)に職務を委ねてまいりましたが、摂政はみごとに役目をはたしてくれました。また、国民のみなさんにも暖かく受け入れていただき、ここに譲位の機は熟したように思われます。よって、皇位を敷島宮に譲り、わたしは上皇として赤坂の仙洞御所に移りたいと思います……』
静かなご宣言だったけど、その意味は大きい。
江戸時代に後光明天皇が崩御され、閑院宮に皇統が移って以来、いや、継体天皇が越の国から移ってこられて以来のできごと。
陛下は明らかな言葉でおっしゃったことはないけども、二千有余年の伝統をお守りになった。
陛下が摂政に敷島宮(摂政になるにあたり、陛下が辺境伯にお与えになった宮号)をご指名されて以来、菊水党、皇統会を中心とする争いは終息し、国内に秩序が戻った。
日本国民の多くは口には出さないけども、なにが正しいか民族的血脈の中で知っていたんだろう。
総理は陛下をPIせざるを得ない状況に陥らせ、他にも政府の信用を失墜させること(松代に政府と議会を移したこと、岩田前総理に対する仕打ちなど)が多く、東京に戻った議会により不信任を突き付けられ、先般の総選挙では、史上初、現職総理というアドバンテージを持ちながら落選してしまった。
ささやかな宴が果て、みんなで屋上に上ってみる。見上げた空は見事な群青。
「うん、北京秋天だぁ!」
思わず口走ったら、老婆婆に「ここは奉天でございますよ」と注意された。
銀河太平記 第一期 完
☆彡主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 第一師団曹長、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑幕府書院番士 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
緒方 未来 第一師団軍医、一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中だった
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑科学研究所博士
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任 じつは山野勘十郎 月で死亡
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
扶桑 徳子 道隆の御台所
扶桑 道興 玄武守、道隆の弟、二人の息子(道次・道忠)と娘がいる
本多 兵二 書院番士小姓頭、彦と中学同窓
胡蝶 元小姓頭 将軍直属の隠密
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人 乳母の老婆婆の小鈴に頭が上がらない JR東と西のオーナー 東鈴(妻) 悟遼(息子)
テムジン モンゴル草原の英雄、孫大人の古い友人
森ノ宮茂仁王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン(メアリ・アン・アルルカン) 銀河系一の賞金首のパイレーツクィーン
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平) 島守を称す(270から)
村長 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平 西之島市市長
須磨宮心子内親王 今上陛下の妹宮の娘
劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書 JR西のボディー 劉宏にPI
胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
栗 尊宅 元輸送船の船長 大統領秘書官
朱 元尚 少将 ホトケノザ採掘基地の責任者 胡盛徳大佐の部下だった
三枝仲夫 元上海領事館二等書記官 朱のブレーンの一人
※ 重要事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西之島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
御山 西之島の火山
パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟
——後書に代えて——
一年か二年で終わろうと思って書き始めたのですが、ほぼほぼ六年が経ってしまいました。
書き足りないところ、書きすぎたところ、誤字脱字、回収しきれていない伏線……いろいろありますが、とりあえず、第一期の完了とさせていただきます。
古希を過ぎて二年、あと何年書けるか分からないのですが、書きたいものがまだまだあります。元々は戯曲を書いていましたので、設定やプロットをどの程度すればいいのか分かっているつもりなのですが、人生の残り時間が潤沢ではありませんので、どうも、そういうところをサボって、書き急いでしまいます。いきおい準備不足で同音異曲になりがちなのですが、気にしていると前に進めません。拙い作品ばかりですが、お付き合いいただければ幸いです。
この『銀河太平記』は、おそらく、第三期ぐらいまで書かなければ収まらない感じなのですが、はてさて、そこまで、このポンコツが持ちますかどうか。
ほかの作品を書きながら、この『銀河太平記』も手直ししてまいります。お付き合いいただければ幸甚であります。
令和8年2月16日 大橋むつお




