⒍ 刮目(4) 誰があんたを舐めてると言ったよ
「――おらぁぁああああああああああぁぁぁぁ――――――ッ!」
ボクシンググローブのようにフードパックを身に付け、右拳で迫り来る雷獣を相殺していく悠人。
その見た目のダサさとは裏腹に、乱月の雷能力に反する効果は相当のものだった。
それも全て、元々プロを目指して本気でボクシングを習っていた悠人の技量と類い稀なる才能を持ってこそ成せる力があってのこと。
彼にこんな潜在能力があっただなんて予想もして無かった乱月が、僅かに押されているように見える。
「対抗策が思い付いたからって、急に戻るとかなんとか言ってくれちゃって………無茶な我儘に付き合ってくれた私に感謝することだよ」
そんな中――、上空では彼をこの場所にまで運んで上げたケルコこと〈ケツァルコアトルス〉とその主ー『嶋石竜乎』がその様子を見ていた。
「……まっ、私がして上げられるのも精々ここまでだ。悪いが、これ以上の我儘に付き合う気は無い………………武運を祈るよ、メザッキー」
誰の耳に入ることは無いことを言い残し、一人と一匹は飛び去る…………と思われたが――
「どうした、ケルコ?何故飛び去らない」
どういう訳か、ケルコは主である筈の竜乎の指示に従わず、一向に飛び去る気配が無かった。
「………悪いな、竜乎さん。ケツァルコアトルスから飛び降りる寸前――、あんたの目魂を俺の目魂で捉えさせて貰った。それにより恐竜を操れる権限は今、俺にある。ちと、恐竜の手を借りるぜ」
「……舐められたものだ。お前――、闘いの最中に何をぶつぶつ言っている。自分が強者になったと自惚れちまったのなら、それは勘違いだと教えてやる」
そう言って、乱月は自分の周りを囲むように雷の渦を創り出す。
瞬間――、彼女は前に飛び出し、悠人に向かって行った。
「……こいつはさっきまでの雷の塊とは違い、回転という力が加わっていることで、下手な力任せではあの渦に手が持ってかれてしまいそうだ。なら、こいつだ。さぁ、俺の元に来い!テリジノサウルス!」
彼がそう言った瞬間――、竜乎が手に持っていた恐竜図鑑がパラパラと独りでに捲り出し、とある一ページが表に出ると、そのページから何かが放たれた。
「えっ………何?何?どうなってんのこれぇ――――――?」
突然の出来事に驚いた様子の竜乎。
気付けば悠人の横にテリジノサウルスが現れ、野太い唸り声を上げていた。
「グァオオオッ、グオオオオォォッ!」
「やはり、一度見たやつならばイメージしやすいし、こいつなら図鑑を見ずとも具現化させることが出来ると思ったぜ」
「えっ?えっ?なんでそこにテリーがいるの?」
竜乎はその疑問が分からないまま一人空中で戸惑っている中――、地上では今まさに雷の渦が相殺される瞬間だった。
「その長い爪で嵐を切り裂け、テリジノサウルス!」
テリジノサウルスが腕を振るうと、雷の渦は瞬く間に消滅。
「同じ荒技でも人より断然手の大きい恐竜の振り払う力であれば、対処の余地はある。もう良いだろう。これ以上闘っていても、あんたに分が悪いだけだ。その特徴的な前髪、見た目からして二人は姉妹なんだろう。ここで俺があんたの目を奪うところを彼女だって見たかない筈だ。ここは見逃してやるから、俺を追い掛け回すのはもう止めに…………」
と言いかけたその時、雷の渦の中にいた筈の少女の姿は無く――
「がはっ…………」
いつの間にか背後に回り込んでいた乱月が【新月】を振り上げ、悠人の背中を切り裂いていた。
痛みのあまり――、テリジノサウルスの具現化が解除・消滅される。
「お前如き若者が調子付くな。こちとら多くの修羅場をくぐり抜けてきた私に勝てる筈が無いだろう」
「……誰があんたを舐めてると言ったよ」
「……何っ?」
「俺はあんたが近付いてくる、その時を狙っていたんだよ」
悠人は一瞬だけ瞬きすると、本来の目力:【借離蔵視】を開放する。
乱月の目魂をはっきりと目にするとその瞬間――、力が抜けたような感覚が彼女を襲った。
「………貴様、私の目力を奪ったな」
「……これであんたは肉弾戦のみに強いられる。それでも十分恐ろしいが、流石に目力無しで戦闘を続けるのは厳しいんじゃねぇか」
「調子に乗るな、てめぇぇ――――――ッ!」
乱月はもう一度【新月】で斬り掛かろうと腕を振るうが、突如それを遮るかのように十字型手裏剣が目の前を飛び掛かり、ぐるんぐるんと奇妙な螺旋を描きながら、そのまま何かに掴まれたかのように振り上げた腕が動かなくなった。
その正体は十字型手裏剣に結ばれた極細の糸。
斬月の使う蜘蛛糸が上手いこと乱月の腕に巻き付くと、それを後ろで彼女の腕が引き千切られないギリギリの力加減で引っ張り続ける姉の姿があった。
「どうやら彼女も、これ以上の戦闘はお望みで無いようだぜ」
【新月】の刃先が目魂に突き刺さる寸前で止まったその時――、悠人は何となく察していたのか、迫り来る刃を前に微動だにせず、後ろの斬月を一瞥しながらそう言ったのだった。
「クソッ………」
ここで無茶したところで、二人を相手に目力無しで闘うのは分が悪いと思った乱月はもはや抵抗することをやめた。
取り敢えず、悠人の始末を諦めてくれたようで――、かといってこれからどうしようかと彼が頭を悩ませていると、それは突然現れた。
『パンパカパーン!いやいや見ていましたよ、君達のこと。私、思わず感動してしまいました。まさかまさかのこの勝負、姉妹共に生き残って肩が付いちまうとは、これには驚いた!驚いた!予想の遥か斜め上をいっちゃったよ。えっ?私は誰………と言うより、この声は誰かって?ではではこれよりっ、発表を致します!ダラララララララ…………ダダンッ!その正体は何だか最近噂の?雫目冴子ちゃんでしたー!』
圧電スピーカーから発せられた女性の声。
その声の出所は、上空よりゆっくりと降下していく一台のドローンにあったのだった。




