⒍ 刮目(3) 対策品
雷撃による身体中の痺れによって、上手く身体が動かせない斬月。
それを余所に通り過ぎようとする乱月。
頼む、頼むから動いてくれ………
でないと、私は……私は………折角自分を変えたいと決めたのに、今ここで動けなかったらその気持ちを蔑ろにしてしまう。この大事な第一歩を踏み出せずして、人を助け、守ることなんて出来る訳が無い。
「……こ……こんな………ところで…………………………」
斬月はゆっくりとだが、足に――、手に――、力を入れて懸命に立ち上がろうとする。
さきの感情爆発した乱月の攻撃ともあれば、その威力はこれまで受けた電撃の比では無かったことだろう。
人間は感情が高ぶるとアドレナリンが過剰に体内を駆け巡り、通常の二倍から五倍くらいの力が出ると言う。
仮にもそれが【目力】の出力にも作用したとしてそれだけの力の高圧電流が襲ったのだとすれば、常人なら一発で感電死。
目魂主であればその高い生命力ゆえ目魂がその身にある限りしぶとく生きてはいるだろうが、身体の自由が効かずまともに指一本動かすことすら、すぐに出来ることでは無いのは確然である。
だが――、彼女という存在は一般的思考で簡単に測れるような……そんな単純な者では無かった。
この三日月斬月、平安時代より忍として鍛え抜かれた忍耐と身体が――、妹の目力を何度も受けるたび少しずつ身体が慣れてきた経験が――、長い歴史を通して培ってきた一つ一つの積み重ねがゆっくりと……だがそれでいて確かな進歩で己を動かしていく。
「……私は………まだ………や……れる……………ッ!」
斬月は――、立ち上がった。
「……だからっ、あんな男に限って助けようとも、守ろうともする必要なんて無いんだよぉおぉおおおおおおぉぉぉ――――ッ!」
もう一度あの瞬撃を繰り出そうとしたその瞬間――、妙な強風がそれを遮った。
「な……、何だ………?」
突如として、斬月の周囲に風が渦巻く。
【鎌鼬】とは別の、何か異質な力を乱月は感じ取った。
その風はまるで――、斬月のふらついた身体を支えるように、背を押すようにして吹き荒れ、彼女は一歩一歩ゆっくりと乱月の元へと歩み寄る。
良く見ると、斬月の瞳の色が赤色になったり黄色になったり、まるで得たばかりの力に振り回されているかのような、如何せん定まらない挙動を見せる。
彼女は乱月の前に立ち止まると、妹の進行を阻むようにゆっくりと右腕を横に広げた。
「……人を守り……人を助ける…………私の信念は………本物だ……から。そう……だから……こそ………立ち止まる訳には……いかない………。自分で決めた……からには…………それをやり通して………見せるだけのことがやれないと…………自分を変えることなんて、到底出来っこないから………………」
「……姉さんが本気で自分を変えたい、その心意気は良く分かった。けどそれは、あんな男がいなくなってから、思う存分やれば良い。あの男だけは、あの男だけは絶対に、この手で滅失しなくちゃ私の腹の虫が治まる気がしないんだよぉおおおおおおおぉぉぉ――――ッ!」
乱月の周囲に稲光が立ち込める。
斬月のような不安定さは見えず、彼女の瞳は鮮やかな虹色へと色付き変わり、角度によって大きく光り方が異なるその瞳はさながらカットした宝石特有の光沢・輝き・煌めきを彷彿とさせる。
良く見れば瞳孔の形にも変化があり、《ブラッドムーン》の形状をした瞳孔を牙に見立てて鬼の横顔のような形の瞳孔が新たに表れる。
両者包むようにして展開された、風の渦と雷の渦が勢いよく迫る。
互いの力は反発し合い、瞬く間に両者は大きく後方へと吹き飛んだ。
だが、乱月はそこからの切り返しが一歩早く、眼先から雷を纏った猪ー〈雷獣〉を斬月に向かって突進させる。
この時――、吹き飛ばされた勢いで身体が宙ぶらりの状態にいた斬月。
飛ばされた勢いがまだ弱まっておらず、雷獣の突進を躱すのは困難の状況。
だが、斬月は腕に巻き付けられたマフラーから引っ掛けられた十字型手裏剣を一つ取り出すと、それを近くの電柱に向かって放り投げ、上手いこと括り付けられた蜘蛛糸が電柱に絡まり、思い切ってそれを引っ張り軌道を変え、どうにか猪型雷獣の突進を回避することに成功した。
しかしそれも、ここまでのこと。
両足を地面に着地させた後――、急いで蜘蛛糸を【孤月】で切って距離を取ろうとするその隙に猪型雷獣は急停止し、方向転換。
再び斬月に向かって突進を開始した。
如何に切れ味は申し分ない【孤月】と言えど、無駄に丈夫な蜘蛛糸を切り離すのは苦戦を強いられるようで、雷撃による痺れもだいぶ引いてきていた斬月は急いで電柱に絡まった蜘蛛糸を切り離そうとするが、迫りゆく雷獣に対する焦りもあってか思うように切れず、もはや避けることもままならない絶望的な状況。
あの一撃を受ければ今度こそ立ち上がれるかどうか…………
斬月が窮地と手詰まりを感じたその時だった。
「――おらぁぁああああああああああぁぁぁぁ――――――ッ!」
突如として、横から勢いよく巨大な鳥のような生物が通り過ぎたかと思えば、斬月の前にいきなり現れた白髪の人物。
何かを殴り付けたかのように右手を前に突き出した姿がそこにはあった。
回り込んで襲い掛かって来た筈の雷獣の姿が無い。
まさか、拳一つで雷獣を打ち破ったと言うのか。
「おっしゃっ!試し打ちは上々。追いかけっこは終わりにしようぜ、雷使いさんよぉ!」
乱月があんな男と散々言っていた人物――、他でもない『目崎悠人』の登場である。
「………そちらから来てくれるとはなぁぁあああああああぁぁぁぁ――――ッ!」
彼が現れた途端――、瞬く間に奴を始末したかったという興奮に高まる乱月。
これはまた一段と体格の大きい、まるで彼女の怒りを具現化したかのような巨大な双龍の形をした雷獣が創り出されると、双龍は大きな口を開けながら悠人に向かって襲い掛かった。
「……その大きさ、恐らく限界まで能力を放出したってところか?だが、俺もちょっとした対策品ってやつを用意して来たんだ。ぶちかますぜ!」
そう言ってまずは、片割れの龍に向かって右腕による素早いフックで相殺。
続け様に二体目の龍が押し寄せていき、悠人は右フックの勢いで半回転するように動かした身体の勢いをあえて殺さずに一周し、再び正面を向いたタイミングで素早く二打目のフックを叩き付けそれすらも相殺する。
何故彼は感電もせずに、雷獣を拳一つで打ち破ることが出来るのか?
「……何だ?その手に何を付けている!」
乱月がその秘密になりそうな部分に気付いた。
「なぁに、大したものじゃあないさ。スーパーで揚げ物を買う際に使われるフードパックで右手をサンドしてだな、その状態を輪ゴムで固定する。
ついでに指先から手首にかけてベタベタとフードパックにこびりついた揚げ物の油を付けとけば、それらは全て絶縁体だからよ。この右手のパンチから発せられた風圧で消し飛ばしてしまえば、感電する確率がぐっと減るって訳だ。
……けどまさかこんな荒業で対処することになろうとはな。我ながらぶっ飛んだ発想だとは思うが――」
悠人は軽く肩を回しながら、右手に巻き付けた即席の“絶縁装備”をちらりと見下ろした。油で光るフードパックが、戦場にはあまりにも場違いな存在感を放っている。
「――だがまぁ、効いているだろ?」
挑発混じりにそう言い放つと、乱月の額に青筋が浮かび上がった。
「ふざけるなぁぁぁッ!!」
怒号と共に、空気が震える。次の瞬間――、彼女の周囲に無数の雷光が迸り、地面を抉りながら幾条もの雷撃が奔る。その一つ一つが意思を持つかのようにうねり、様々な動物の形と成りて悠人へと牙を剥いた。
「数で押す気か………上等だ!」
悠人は一歩踏み込み、地面を強く蹴った。炸裂する雷撃の隙間を縫うように疾走し、その身を低く沈める。耳元をかすめる轟音と焦げた空気の匂い。しかし彼の目は、ただ一点――乱月のみを捉えていた。
(距離さえ詰めれば――!)
迫る雷撃を拳の風圧で弾き、時に紙一重で躱す。完全な無傷とはいかない。頬が焼け、衣服の端が焦げる。それでも速度は落ちない。
「ちょこまかとぉぉおおおッ!!」
乱月の瞳が一層強く光り輝くと、天を裂くような閃光が走った。直後――、巨大な雷の柱が悠人の進路を塞ぐように叩き落とされる。
――回避不能。
誰もがそう思う一撃。
だが。
「だったら、ぶち抜くだけだろうがぁッ!!」
悠人は足を止めない。むしろ加速する。右拳を引き絞り、全身の力を一点に収束させる。
踏み込み、捻り。解放――。
その瞬間――、拳から放たれた衝撃はただの打撃を超えて“圧”となり、空間そのものを押し潰すかのように前方へ炸裂した。
轟音。
雷の柱が、真正面から弾け飛ぶ。
「――なっ!?」
乱月の目が見開かれる。
雷を割り裂いたその先で、悠人は既に彼女の懐へと潜り込んでいた。
「追いかけっこは終わりって言ったろ」
低く、静かな声。
次の瞬間――
重い拳の一発が乱月の中心へと叩き込まれた。
「ぐふっ………」
鈍い声が乱月の喉から漏れ、衝撃が遅れて全身を駆け巡る。打ち込まれた拳の一点からまるで内側を抉るような振動が広がり、口の中が切れて血が混じった唾液を吐く。
雷光を散らしながら乱月の軽い身体は後方へと吹き飛び、その軌跡には焦げた匂いと焼けた大地の痕が残った。
右手に嵌めていたフードパックは既に半ば破れ、油もほとんど飛び散っていた。指先には微かに痺れが残っている。
(そりゃあ、完全に無効化って訳じゃねぇよなぁ…………こいつぁ、長くはもたねぇか)
一瞬だけ視線を自身の拳へと移し、そう内心で呟きつつも、すぐにその視線は注意を逸らさまいと乱月を見つめていた。
やがて――
「……く、くく……はははははははッ!!」
不気味な笑い声が響いた。
土煙の奥――、ゆらりと立ち上がる影。乱月は口元の血を乱暴に拭いながら、狂気を孕んだ笑みを浮かべていた。
「良いぞ………!こんなに“効いた”のは久しぶりだ……ッ!」
その瞳が、爛々と光る。
同時に周囲の空気が再び軋み始めた。先程までとは比べ物にならない密度の電気が集束し、空間そのものが震える。
「だがなぁ……これで終わりだと思うなよ……?」
バチバチと音を立てながら、乱月の背後に巨大な雷の渦が生まれる。それは龍の形すら保たず、ただ純粋な“破壊”として荒れ狂っていた。
「次は……消し炭どころじゃ済まさねぇぞぉぉぉおおおおおッ!!」
咆哮と共に、雷が解き放たれる。
それはもはや“攻撃”ではない。
空間ごと呑み込む、暴力の奔流。
「……上等」
対する悠人は、静かに息を吐いた。
そして――
壊れかけの右手を、もう一度だけ強く握り締めた。
「……す、凄い……………」
これには、今や身体能力なら少しは自信のあった斬月でも驚きを隠せなかった。
思わぬ悠人の参戦のおかげで蜘蛛糸を切断する時間ができ、彼女はすっかり自由になっていた。
斬月は感謝を述べる……とその前に、彼女には思うことがあったようで…………
「……な、何故私なんかを助けに……………」
「何故って………あの時――、俺を助けてくれたじゃねぇか。恩を受けたからにはそれに見合った返しをしないとな」
すっかり彼には悪い印象を持たれていると思っていた矢先、まさかこんな……思い掛けない言葉を聞いた途端――、斬月の瞳から自然と涙が流れ出ていた。
「……そんな………私が助けてくれただなんて………あの日………私はゆうとの目を奪い掛かったというのに………そんな奴、普通は助けようだなんて思いもしない筈なのに………それなのに……さっきの一回で恩を受けたからって言われてしまっても、わざわざ助けてくれるような………私にそんな報いを受けるような義理など…………私には、私には…………………」
「……あのなぁ、義理だのなんの、そんなの関係あるか!俺はな、一度は襲われたからってそれをいつまでも根に持つような器が小さい人間じゃねぇ。
……まぁあんたに対してちょっとしたトラウマは抱えちまったかもしれねぇが………それでも、俺だって同じ目魂主だ。自分の命を繋げる為に幾度となく目魂主の目を奪ってきた。それを今度は自分が死ぬかもしれない………。
そういう最悪な立場に自分が立たされた時に限って、自分の命惜しさに命乞いしたり、感情的になって激怒したり………自分では散々目魂主の命を奪っておいて、そんな態度ではこれまで命を奪ってきた者達に対し、決まりが悪いだろうが。だから俺にしてきたことは気にするな。
今回あんたは俺を助けてくれた。だから俺も助け返す。それで良いじゃねぇか」
「……ううっ…………私なんかのような者に対し、そんな………………そんな寛大な言葉を言って下さるなんて……なんと感謝すれば良いか……………」
「なぁに、感謝されるようなことはしてねぇよ。……けど、あ………あれだ。何と言うか、あんたの自分を否定的に言うその口振りは止めるべきだ。
はっきり言って感謝を伝えるということがしたいなら、そこは心の底から素直に出た言葉を自然にそのまま言うのが一番だと俺は思う。いきなりそんなこと言われても難しいとは思うけれど…………」
「深謝…………………深謝致します」
悠人の会話を途中に、突如として斬月が口にした感謝の言葉。
彼は自然にと言ったが一回で最後までは言い切れず、やはり慣れないことのようで………
しかしこれが今の彼女にとって最大限の伝え方であるのだと素直に察した悠人は――
「……何だ、不器用ながらも感謝言えるじゃねぇか」
彼女が変わりつつあるその瞬間を心の奥底で少し嬉しくなりながらもそれとなく、言葉を残すのであった。
「さてと、姉妹喧嘩はもう終わりにしようじゃねぇか。……来いよ。全部纏めて俺が受け止めてやらぁ!」
挑むように笑い、拳を構え直す。
引き返せない領域で雷と拳が交錯する、最後の衝突が始まるのだった――。
※彼は至って真剣です。
そして今回の斬月と乱月の戦闘シーンのことで少し補足!
不思議に思ったかと思いますが、斬月は何であの時――、電柱に絡めた蜘蛛糸を【鎌鼬】の能力を使ってさっさと切らなかったのか、実はそれをやりたくとも出来なかったというのが答えです。
それはこの時彼女が使っていた能力が【鎌鼬】では無い、別の力が一時的に引き出されていた為、無意識にその力の片鱗を発動した状態ゆえに【鎌鼬】への能力の切り替えも分からず、自身の愛刀を使って必死に糸を切ろうとしていたという訳なんですね。




