⒈ 目魂(6) 彼の蘇生の秘密
突然ですが・・・
眼球が命、それすなわち【眼魂】………何て考えていた時代もありました。
プレイヤー達の間では、前回のあとがきで書いた『眼魂者』か『眼魂所有者』のどちらかで同業の存在を言うことが多いみたいな設定でいこうと思っていましたが――、
まさか一瞬のうちに某ライダーの変身アイテムにその名称が出てくるとは思っても見なかった………
名前被りはまずいだろうと思ったので、最終的に《目魂》の名称で落ち着きました。
とまぁ、どうでも良い小話を挟んでしまいましたが、張り切って本編をお楽しみ下さいませ。
日はすでに落ち、辺りはすっかり真っ暗闇に包まれていた。
あの後――、気が付くと悠人は元いた自宅のベランダにいた。
恐らく一度体験した、瞬間移動と言う他ならない正体不明の力がどこかで働き、彼をこの場に転送させたのだろう。
この謎の力は、未だ色々と分からないことだらけだが、今はそんなことを考えているだけの気力が彼にはなかった。
それでもやるべきことはやろうと、彼はベランダから室内へと戻ると、まずは始めに汚れてしまった衣類を脱いでは、取り込んだ洗濯物の中から適当に自分の服を取って着替え始めた。
「未予には悪いけど、これはもう着れないな」
そう言って脱いだ服をなるべく返り血が見えないよう、背中部分を上にして折り畳むと、近くにあったゴミ箱の中にしまい込んだ。
それから残った洗濯物を全て畳み終えると一階のタンスへと仕舞うべく、折り畳んだ洗濯物を持って一階へと降りた。
降りた先で待っていたのは、いつしか帰宅していた紫乃である。
「あっ、兄さん。ただいま」
紫乃は彼の姿を視界に捉えると、いつものように挨拶をした。
「……ああ、おかえり」
対して彼は思うように返事が返せず、普段に比べてワントーン低い声でそう言った。
「なんか元気ないようだけど、大丈夫?」
いつもとは違う彼の対応に紫乃は心配になったのか、そう優しく問いかけた。
「いや……何でもない。それより腹減ったろ。すぐ作ってやるから、ちょっと待ってな」
リビングに置かれたタンスの中へと折り畳んだ洗濯物をしまい、すぐさまキッチンに移動すると彼は調理に取り掛かった。
「――少しは私を頼ってくれても良いのに」
紫乃はさり気なくぼそっと呟くと、料理の苦手な彼女はこの場を後にした。
キッチンではいつもの本調子が出せず、ぎこちない包丁の音を立てながら今日のことを思い返していた。
死んで生き返った俺は変な目を手にしたかと思えば、何故か知らない場所に飛ばされ、そして――
「イテッ」
気が付くと、彼は人差し指の先からツーっと一筋の血液を流していた。
どうやら具材を切っている最中に考え事をしていたせいで、指を切ってしまったのだろう。
「兄さん、大丈夫?」
リビングにいた紫乃は彼の声に反応し、心配そうに近寄ってきた。
「いやなに、軽く指を切っただけだ」
彼は水道水で傷口を良く洗うと、あの人間離れした治癒力によるものからか、一分とそう掛からない内には傷口が目立たなくなってしまい、彼は再び調理に戻った。
それから数分経つと、彼の料理は完成し食卓に並べられていた。
両親のいない家内環境が皮肉にも悠人の家事スキルを向上させ、おかげで料理は毎日彼が担当している。
「いただきます」
手洗いと食事前の挨拶を済ませた紫乃は何故かお皿では無く、タッパーに入れられた出来立ての肉野菜炒め(目崎家では食器の代わりに、タッパーを使用するのが一般的)に手を付けようとしたが、その前に彼の元にホカホカの白飯が置かれていないことへの異変に気が付いた。
「あれ、兄さんは食べないの?」
「……ああ、今日のところは夕飯はいらないかな。食欲が湧かないんだ」
彼がそう言うのも無理はない。
何せ、少し前まで人が殺されていくところを目にしたのだから、食べ物が喉を通さなくなるのも無理はないだろう。
だが紫乃はそんな彼を心配してか、冷蔵庫から一リットルの野菜ジュースを取り出し洗浄済みのコップにそれを注ぐと、それを彼の前に置いた。
少しでも栄養を摂ってほしいと紫乃なりの気遣いを彼は受け取ってか、用意してくれた野菜ジュースだけは口にした。
「ちょっと席を外して良いか?少しばかり、一人でいたいんだ」
空になったコップを片付けると彼は突然そう言い出し、紫乃の返事を待たずして二階の自室へと移動した。
部屋に入るなりドアの鍵を閉め、ベッドに腰かけ右袖を捲り上げると、ずっと気になっていた右腕の違和感を目にした。
その違和感の正体はリストバンド型ウェアラブルデバイス。一般的に【バンドフォン】と称されているそれは、この時代における主流の携帯電話であった。
さっきもあの没落施設の中で助けを求める人達が、ちらほら使っていたのを目にしたのだが、開発元が商品名として付けた【EPOCH】の愛称で世界中で知られているその携帯は、ナビゲーション機能や様々な機能が搭載されている点は従来のスマートフォンとそう大差ないが、大きく変わったところは高度な空中結像技術による映像表現とそれを自由に操作出来る《空中触覚タッチパネルシステム》を可能とする新世代技術が使われている点である。
液晶画面を必要としないことから指紋などによる衛生面の向上性を高めただけで無く、空中投影により表示される画面サイズの大きさを自在に調整出来る利便性は勿論のこと、プライバシー保護の観点から距離を詰め寄られるでもしない限り、真正面以外からは画面が見えない技術も搭載されているらしく、老夫婦からは常日頃安心して利用でき、ビデオ通話で話す時の孫の顔がよく見えると好評を頂いている。
肝心な映す為のカメラに関しては、EPOCHのベゼルに沿って形作られた特殊な全方位カメラが内蔵しており、これによりどの方位からも映すことが可能な為、自動的に映す対象に合わせて正面補正をかける機能が備わっているらしく、手元の操作が気にならず楽に映せて助かると、年齢問わず色々な方々に喜ばれている製品の為、悠人もその存在は知っていた。
だがいくら普及しているものとは言え、これは一般に売られているそれにはない問題点があった。
「くそっ!何だよこれ。この……くッ!こいつ、外せやしねぇ…………」
彼の右腕に付けられたEPOCHには強力なロックが掛けられていたのだ。
と言うか一体何故、このようなものが俺の腕に………?
今は色々考えていても仕方が無い。まずはこの非常事態を前にどうにかしてそれを外そうと、手当たり次第にガチャガチャといじり続ける。
するとデバイスの底にあったスイッチのようなものに触れてしまい、電源が起動し彼の目の前には長方形型の平べったい立体映像が空中投影された。
「うおっ!」
彼は突然のことで驚いてしまい、思わず声を上げていた。
「兄さ~ん、何かあったー?」
何事かと一階から心配そうに声を上げる紫乃。
「な……、何でもないから、き、気にしなくて良いぞー!」
慌てて一階に聞こえるぐらいの声量で悠人は返答すると、改めて映像に目を向けた。
するとそこには、電話やEメールといったケータイに必ずといって搭載されている標準アイコンに混じって《目魂主リスト》、《ゲーム概要》、《情報通信》とやらの3つの謎のアイコンが映し出されていた。
ちなみにあの場にいた者ですでにEPOCHを携帯していた人は、知らない間に中身のデータを少しいじられ、これらのデータが追加されていたという。恐い話である。
更には事の顚末があった後、カチッという音が鳴ったが、どうやらその時に既に愛用している者達のデバイスも同様に外せなくなってしまったらしく、その件については各々が何処かのタイミングで気が付いては、一人また一人と彼の知らないところで騒ぎとなるのだった………
それはそうと彼はまず、《目魂主リスト》のアイコンをタッチした。
すると画面が切り替わり、そこにはゲーム参加者の一人であろう顔写真と名前、それと性別やその人に関するいくつかの情報が事細かく掲載されていた。
画面をスライドしていくと、また別の人の情報が顔写真と共に表示され、ざっと見ていて不可解な点に着目する。
(そういやあっちにいた時は、とても冷静でいられなかったから特別周りを気にして見ていなかったが………こうして見ると俺以外、ここに載っているリストの人って女性しかいないのか?これは一体、どういうことなんだ?)
彼はそのことに深く疑問を抱いていると、《情報通信》のところに一通の通知があったことに気が付き、今度はそちらをタッチした。
内容はこうだ。
『はじめに、このお知らせは貴方のデバイスにのみ送信されたものになります。内容は貴方だけが唯一の男性参加者であることについて――。
これまで数多くの男性が試練に挑み、その度に痛みに耐え切れず、彼らの魂は消滅されて逝きました。
貴方だけがそうはならなかった原因ですが、それは今までと一つ違う点にあります。
男女問わず目魂の移植には両目をもって行うことが前提であるのに関わらず、あの時ばかりは想定を越える目魂主の誕生に供給する目魂の数が足りず、左右の見え方のリスクの上で片目移植という手を打たなければならない事態にあった為、非常事態ゆえに感じる痛みは両目移植時の半分に過ぎず――、
その感覚は女性が出産する最も痛いタイミングの〈陣痛〉と目の奥が抉られるような感覚に陥る〈群発頭痛〉が同時に襲ってくるレベルの激痛を5割減―――といっても、誰にでも伝わる例え方では無いことは確かだろう。
若い君のような子供でも伝わりやすく言うなれば、目魂を二つ受け入れるにはタンスの角に勢いよく同じ指を間隔も空けず、1万回叩き続けているような痛さ……、いえ、それ以上に繰り返し叩き続けるような状態に耐えなければならないようなもの。片目移植では、それの2分の1程の痛さと言ったところでしょうか』
ここで文章が終わりかと思えば、良く見れば下の方で字が見切れてしまっていることに気が付き、慣れない動作で投影された映像に手が触れ、触覚センサーが反応。
ぎこちないスライド捌きで下へと下げると、見切れた部分の後ろの文字が表示される。
『結果として片目移植を課せられてしまった貴方にささやかなお気持ちですが、僅かでも理解が深まるよう、少しばかり解説を交えさせて頂きます。
この度の目魂供給の件でございますが、素材から物を作り出すように、全くの無から有を創り出せる筈も無く、目魂には目魂の――『目魂を形創るもの』がある訳であり、その為の必要な質の良い素材が十分に集まっていなかった中――、何とタイミングの悪く……いえ、結果的にはペアの足りない未完の片目を授けるような形となったおかげで生き返ることが出来たみたいなものですから、良かったと喜ぶところでしょうか。
いずれにせよ、想定していた年月より早く多く集まったことで、今日この日をもって――前々から神達の間で計画をしていたゲームの決行を宣言させて頂いたというのが経緯にございます。
如何なる環境においても生き抜こうとする強い心と力――If you can't even build that foundation, the global spread of humanity is nothing but an infectious disease for the world.
【人類種の限りある選抜】――。これは地球上で最も好き勝手に貪る人類に求められた、未来を指し示すゲームである』
「な、何だよ、これ………」
彼は驚きを隠せずには、いられなかった。
何せこのことが本当であれば、その異常事態とやらが無ければ、端っから自分は蘇生出来なかったと言われているものである。
(となると、へアムが言っていた協力者の『ニーナ・ランドルト』とか言う人物も、女性ってことなのか?
それ以上に、痛み最高潮時の〈陣痛〉と重ねて……〈群発頭痛〉がどうのって………確か、それって『世界三大激痛』と耳にするレベルのものだったような。つまりそんなのが同時に襲って来る“痛み”をあの場にいた俺以外の連中は半減した痛みでも無く、フルにそれを皆経験した上で生き返ったってことになる訳だ。
そりゃあ群発頭痛レベルの痛み依然に、陣痛ってのは男には耐えられない痛みなんて言われているし、あの場にいたのが女性ばかりだったってことにもこのお知らせを見た後だと理由として頷ける……)
何にせよ、目魂の内に秘めし力の到達点――《眼底力》なる恩恵が一体どういうものなのか全くと言って良く分からないが、その恩恵を得ることが出来れば生存確率を高めてくれると言うのだから、あのイカレたゲームそのものを受け入れるかどうかは別として、今日の騒動に関係している者の顔を知って用心しておくに越したことは無い筈………。
彼は――、『ニーナ・ランドルト』とやらの人物をリストから探し始めた。
だがリストには記載されてはいたものの、肝心の顔写真が表示されておらず、代わりにその人物と思しきシルエットだけが映っているだけだった。
詳細文を読めばこのシルエットがヒントですと書かれているだけを見るに、どうやらそう簡単に教えるつもりは無いらしい。
神の遊戯とか言っていた彼女のことだ。おそらくそう簡単に教えてしまっては、ゲーム性としてつまらないとでもいうのだろう。
考え事をしている内に眠たくなってきた悠人はいつの間にかデバイスの電源を消すことを忘れ、そのまま倒れ込むように寝てしまうのだった。
前回のあとがきに書かれた秘密に対する答えとは――
今回の話を読んで察した方もいるかもしれませんが………、生き返る過程で5割程とは言え、目崎悠人は“陣痛(女性だけが耐え切れる痛み)レベル”に相当する痛みに堪えた者として、あの場にいた同類の総称を『アイシャ』にする方向性があった訳ですね。
そもそも一番最初の構想では、主人公も女の子路線で考えていた訳でしたからね(詳しくは今後のストーリーを追っていくと、何処かの回でのあとがきに書き残してありますので、楽しんで頂けると幸いです)
ちなみにこれは余談ですが、ゲームをサポートするツールの一つである《目魂主リスト》という名称を当初は《目魂利用者》にする予定だったのですが、こんな序盤で変に捻った名前を出してしまうと読んでいる読者にとっては物語がスッと頭に入りづらいと思った為、今の形に落ち着いたという経緯が実はあったりします。
また、目崎家のタッパー事情に関しては早い内に理由が明らかになりますので、今後のストーリーにも注目してどうぞお楽しみ下さい。