旅立ちは突然に
「ユーリ様、ギルバード殿は人間界における全魔法組織を統括する『魔法庁』の頂点に位置するお方です。もっとも、ユリーナ様の手足となってゴミのように働いていた頃から、その手の政治的立ち回りは異様に長けておりましたが」
「手足⋯⋯ゴミ⋯⋯。じゃあ、おじいちゃんたちも最初から知ってたんだ」
「まあな。あやつの力なら魔法庁会長の座くらい当然だ。ユリーナ様のおっしゃる通り、あやつは使い倒してナンボの男だからなぁ」
おじいちゃんがパンをかじりながら平然と言い切った、まさにその時だった。
バンッッッ!!!!
「ユーリ!! 朝だぞ!我がローリンソン家が誇る頼もしい同行者を連れてきてやったぞーーー!!詳しい話をしよう!」
壊れんばかりの勢いで玄関のドアが開かれ、噂の魔法庁会長・ギルバードさんが大音量で飛び込んできた。相変わらず嵐のような人だ⋯⋯
そして、相変わらず頭頂部だけがイキかいい⋯⋯
気になる⋯⋯
そして、その背後から⋯⋯
「ぬ?おぉ!ジン!⋯⋯ユーリか?!2人揃ってどうしたんだ?!ここはどこだ!」
ガッチリとした体格に、第一の制服。
魔道具協会・第一の第一班主任のマカロン主任だった。
ギルバードさんは胸を張り、マカロン主任の肩をバシバシと叩く。
「どうだユーリ! 我がローリンソン家の四男にして、魔道具協会屈指の武闘派であり実力派! ユズレークスだ! こいつをお前の婿に!と思っている!」
相変わらずぶっ飛んだことを言う⋯⋯ギルバードさん⋯⋯
「!!父上!今なんと?!」
マカロン主任は驚いたようにギルバードさんを見ると
「なんと!!!今!父上!なんとおっしゃいましたか?!」
もう一度大きな声でたずねた。
ギルバードさんはマカロン主任を見ると
「お?おお!お前をな!ユーリの婿にどうかと思ってな!」
するとジンさんが
「くどい!お断りだ!」
大きな声で言い返した。
また始まってしまった⋯⋯
すると睨み合う2人を見ていたマカロン主任が
「父上!男女の恋は他人が決めるものではありませんな!お互いに思いあって深めるものかと存じます!しかも、ユーリが呆れてみてますぞ!」
大きな声でそう言うと
ギルバードさんは気まずそうに私を見た。
「うぬうぅぅ。すまん」
そして私にあやまる。
さすがマカロン主任⋯⋯
マカロン主任は私を見るとウインクして口を開く
「しかしながら!父上!ユーリの婿になる件は!心に留めておきます!ユーリも存分に私がふさわしいか今後見極めるといい!して!ユーリ!眼鏡をしていないんだな!見違えたぞ!とても!いい!」
⋯⋯
えっと⋯⋯
何言ってんだ?この人。さっきお互いに思いあってとか何とか言ってたのに⋯⋯
でも、見違えたとか言われたら⋯⋯照れてしまう⋯⋯
私が呆れながらも照れながらマカロン主任を見ていると
ギルバードさんは
「おお!そうか!わかった!」
1人でニヤニヤしている。
⋯⋯頭頂部の髪の毛今度抜いてやる⋯⋯
「⋯⋯で? ギルバード殿。本来の目的である『魔界への渡航手続き』の詳細を聞かせてもらいましょうか。くだらん戯言でユーリ様の貴重な朝の時間を奪うのはこれ以上容赦いたしませんよ」
ジンさんが冷ややかな手つきで眼鏡を持ち上げ、本題へ引き戻す。
「お、おう! そうだった! ゲホンッ!」
ギルバードさんは一転、魔法庁トップとしての真剣な表情を作ると、懐から仰々しい金縁の文書を取り出してテーブルへドンと置いた。
「まず魔界への移動だが、『門』を使う!人間界と魔界を繋ぐ『門』は、現在我が魔法庁の直轄管理下にある! 本来なら国家級の特例許可が必要だが、そこは私に任せろ! すでに極秘の渡航書は発行済みだ!」
さすがは魔法庁の会長、政治的立ち回りと仕事の早さだけは本物だ。
「ただし! 向こうの状況が今どうなっているかはこちらでも掴めていないことが多い。アルヴィス殿が消息を絶ってから、勢力図が激変している⋯⋯。現在、アルヴィス殿の弟が王と言うのは分かっているが、アルヴィス殿から変わった途端、特定の国としか貿易をしなくなったようなのだよ⋯⋯その辺りも不透明でな⋯⋯」
そうなんだ⋯⋯
この国とはつながりが薄くなった⋯⋯
確かに魔族との関わりはこの国は一切ない。
むしろ⋯⋯
魔族は危険という風になってるもんね。
じゃぁ関わりのあるのはもしかして⋯⋯母さんの夢でも話していた軍事国家の方と⋯⋯なのかな⋯⋯
内情も探る必要があるよね⋯⋯
すると、事情を聞いたマカロン主任が、ガシッと腕を組んで力強く仁王立ちした。
「なるほど! 事情は把握した!! ユーリの父親探しの旅だな!!しかも!魔界!」
お腹の底から響くような大声で言い放つと、マカロン主任はギルバードさんと私を交互に見つめ、眩しいほどの笑顔で胸をドンと叩く。
「よろしい!! ならばこのユズレークス! 全身全霊をもってお前の護衛を務めよう!! どんな困難が待ち受けていようとも、俺が道を開く! 安心するがいい、ユーリ!!」
まっすぐでハキハキとした熱血ぶりに、部屋の中の空気が一気に一新される。
なんか難しい話がふっとんだよね⋯⋯
「声がでけぇな、マカロン主任⋯⋯」
ジンさんがボソッとつぶやいた。
「ジン!声がでかいのは生まれつきだ!カッカッカッ!」
マカロン主任はジンさんの呟きなど気にも留めず、快活に笑い飛ばした。
「それにしても父親探しに魔界の情勢調査か! 心が燃えるような壮大な任務だな! ユーリ、旅の道中は任せておけ! !」
頼もしすぎる主任の言葉に、私も思わず苦笑いしながら頷いた。
「うん、ありがとう、マカロン主任。心強いよ」
「うむ!うまいマカロンを持ってきたから食おう!」
!マカロン?
私はコクコクと頷いた。
マカロン主任から可愛らしいマカロンのはいった箱を受け取ると。
私はそれをパクリ。
うわー美味しい〜
いつの間にかテーブルに紅茶が置かれている。
「ユーリ様は難しい手続きはあちらにお任せして、休憩ください」
ジンさんはそう言ってマカロンを可愛らしいお皿に並べてくれた。
うーん⋯⋯なんかますます従属みたくなってない?
「で、ギル殿。その渡航書とやらを使えば、いつ魔界へ発てるんだ?」
おじいちゃんの問いに、ギルバードさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「渡航の準備も門の稼働手続きも、すべて完了している! ユーリたちが良ければ、今日明日にでも出発可能だ!」
「「「今日!?」」」
私とジンさんとマカロン主任の声が見事にハモった。
準備が手早い!
「なにもそんなに急ぐ必要はあるのか、ギルバード殿」
おじいちゃんはいくらなんでもという顔でギルバードさんを見る。
「何をおっしゃるかカルドス殿! 魔法庁のトップが直々に極秘で動いているのだぞ? 長引けば長引くほど、魔法庁の勘ぐり深い連中や他国の密偵に怪しまれる! 発つなら早い方がいい!それに⋯⋯魔界の状態が気になる。情報は共有してほしい」
あーなるほどね。
ついでに調査もしてねってことね。
ギルバードさんは政治的立ち回りに関しては本当に手抜かりがない。
「なるほど! 善は急げというやつだな! ユーリ、荷物の準備は任せろ! 第一が誇る最新の拡張魔道具バッグを用意してある!」
マカロン主任がハキハキと腕まくりをして、私に親指を立てて見せた。
⋯⋯そんなのあるんだ?
あ、まさか!
「拡張魔道具バッグ⋯⋯? もしかして、第一班で極秘試作中だった外見はポーチなのに中身が倉庫並みに入るっていうアレですか⋯⋯?」
私がマカロンを食べながら尋ねると、マカロン主任はガハハと鼻を鳴らした。
「いかにも! 容量制限ほぼ無制限、重量軽減の最新付与術式が組み込まれた特別製だ! 旅に必要な衣類、食料、薬品、さらには魔導具の予備までいくらでも詰め込めるぞ!」
「すご⋯⋯さすが第一」
そんな便利なもの作ってたんだね⋯⋯
「うむ。ユーリに不自由な思いはさせんからな! さあ、荷造りは一瞬で終わらせるぞ!」
頼もしく胸を張るマカロン主任を横目に、ジンさんが冷静な顔で口を開く。
「ギルバード殿の言う通り、長居をして勘づかれるのは悪手です。カルドス様、ユーリ様、出発の準備を整えましょう。魔道具協会への長期休暇の届出、ならびに当面の身の回りの手配はすでに完了しております」
おぉー。
本当になんでも準備がいいなぁ、ジンさん⋯⋯あの職場でのダラダラっぷりは演技だったのか⋯⋯
準備の手早さに感心しつつ、私は最後にもう一つマカロンを口に運んだ。甘い味が口いっぱいに広がって、ちょっと緊張していた心が解けていく。
「よし!じゃあおじいちゃん、ジンさん、マカロン主任。荷物をまとめたら魔界へ向かおう!」
「うむ! 荷造りにかかろうではないか!!ちなみに自分のはすでに終わっている!」
マカロン主任の大声に背中を押されるようにして、私たちは突然決まった『魔界への旅立ち』に向けて一斉に動き出したのだった。




