2人目の噂
ケイが魔女を討ち取り救った村はサヌキ村という名の村で、特に名産や有名なスポットがあるような場所ではなかったがのどかに過ごせる良い村だった。その村で昨夜、歓迎と感謝の宴を村人達はケイの為に開催してくれた。また、今日はヒースのもとでこの世界のことについて色々と教わることになる。
「……じゃあヒース先生、全部とは言わないまでも……二つくらいの元素なら操れる人はいるの?」
「そうね……それなら私も1人だけ会ったことがあるけど……それでもかなり稀ね。キミみたいになんでも使えるとなれば尚更」
「師匠が特殊だったんだ」
「ええ、かなりね。最高位の魔女の中には複数の元素を使いこなしたり、この世界に存在する基礎元素の法則に当てはまらない全く新しい力を使う人もいると聞いていたけど……正直キミに会うまでは眉唾だとさえ思っていたわ」
「基礎元素っていうのは……基礎的な六大元素のこと?」
「そう、炎と氷、土と水は昨日キミとあの魔女が使っていたもの……残り二つは……」
ケイが右手を出して魔力を込めるとパリ……と軽い電流が走った。次に左手で小さな旋風を発生させてみせた。
「雷元素に風元素、だね」
「改めてとんでもない力ね……それって複数同時に出したりは出来るの?」
「いや、そこまでは……師匠はなんでもないことのようにやっていたけど」
「そう……キミの師匠はとんでもない人物のようね。でもそんな人を噂にも聞いたことがないなんて……普通に考えれば歴史に名を残す大魔導なのに」
「師匠は……名声には頓着がない人だったから。僕を拾って育ててくれたのも……多分気まぐれだと思う」
「そういえばキミはなんでその師匠のもとを離れて旅を始めたの?修行の一環?」
「……師匠が殺されたから」
ケイの表情が少し暗くなった。ヒースも口を覆っている……なんと言えばいいのか分からない様子だった。しばらくの沈黙の後、ケイが話を続ける。
「相手の魔女は僕の全く知らない魔女だった。見た目の特徴はしっかりと覚えてる。白い大きな帽子をかぶっていて、服は……着ていないように見えたな。代わりに身体のところどころがまるで星空を映し出しているような見た目をしていた」
「……ごめんなさいね、あまり思い出したいことでもなかっただろうに」
「いいや、ヒース先生のもとで何かを教わるんだから……こちらのことも聞かれたなら答えるのは当然だよ」
「そう……キミは強いんだね、魔法だけじゃなく心も。それじゃキミが探している魔女はその人なんだね、探す理由はやっぱり……復讐?」
「いいや?聞きたいんだ。何故師匠を殺したのか」
「聞くだけ?恨んでいたり……しないの?先生なんて呼ばれる立場の私がこんなことを聞くのも……なんだけどさ」
「もちろん、聞くだけじゃないよ」
ケイの目つきが普段の穏やかなものからふと、昏く冷たい眼差しに変わる。
「理由次第では、僕が殺す」
周囲の雰囲気が変わる程の魔力を帯びたケイの殺意にヒースは震えた。が、次の瞬間無意識にケイの肩に両手を伸ばしていた。
「ケイ……私はさ、キミみたいな子どもが……まだ小さな子どもがッ……そんな顔しなくてもいいような世界にしたくって、先生なんて始めたんだ」
ヒースの両手は震えていた。顔は伏せているので表情は見えないが、涙を流しているのが見えた。
「キミの決意は、強いんだろうね。だから、そんな魔力が出せるんだろうね。でもね……無理はしちゃだめだよ」
ケイはしばらく黙ってヒースの話に耳を傾けていたがにこりと微笑んだ。
「ヒース先生、大丈夫だよ。別に殺してやるって思ってるわけじゃない……言ったじゃないか、理由を聞きたいんだって」
先程の空気が揺らぐほどの魔力と殺意はもう消えていた。
「あっ……う、うん、ごめんね。たはは、先生なのに情けないね……話題を振ったのは私なのに」
「こちらこそ……ごめん、驚かせてしまって。……ところで、肩……痛いんだけど」
「あっ……ごめんね」
ヒースは慌てて手を離す。冷静になったことで先程までの自分の言動を思い出したのか少し顔を赤くしている。
「そ、その……さっきの話は無かったことにしてもらえるかな……恥ずかしいや」
「恥ずかしい?なんで?」
ヒースは気まずそうに顔を少し伏せながら答える。
「……大した力も持っていないくせに、先生なんてやろうとしているから。さっきはたいそうな目標言ってたけど……できるのかも分からない、それに……自分の手が届く範囲なんて限られているのにね」
手を空に向かって伸ばしてみせる。自虐気味な発言をするヒースに対してケイはあくまでも何故そのように思うのか疑問なようだった。
「……やっぱり、なんで恥ずかしいのか分からない。僕の目標は……独りよがりだし、最悪人殺しだ。対してヒース先生は他の誰かのために生きようとしてるんだ。今もこうやって世間知らずな僕に色々と教えてくれている」
ケイが拳を握りヒースに向き直る。
「ヒース先生は、自分が思っているよりずっとすごいよ。少なくとも先生がすごいと思ってくれている僕よりは」
「……そっか。ありがとう、ケイ。キミは優しい子だから……さっきみたいな顔してちゃだめだよ」
「……そんなんじゃない、思ったことを言ってるだけだよ。昨日の村長の息子さんも……僕を英雄だなんて言っていたけれど、実際はただの人殺しだ。ただ、対象が悪い魔女だったから美化されているだけなんだ」
「やっぱりキミは本当に強いよ。師匠の教育の賜物なのかな……会ってみたかったな、キミの師匠に」
「師匠の教育……そうかもしれない。『心は常に強くもて』って……それが師匠の口癖だった。心と魔力は深いところで繋がっていて、心が弱い人は魔力も弱くなるって。ただの感情論だと思うけど」
「それは……ただの感情論、ではないのかも」
ヒースが何かを思い出すようにしながら語る。
「えーっと、あの本はいつ読んだものだったかな……忘れちゃったけど……ある有名な魔女の書いた本があってね。“感情論と魔導論“っていう本なんだけど、その本の中でその魔女は『心は魔法を強くする』と述べてるの。実際過去激情に駆られた際、普段以上の実力を発揮した事例はいくつも報告されていて……私は本当のことなんじゃないかと思ってる」
「……師匠みたいなことを言ってる魔女が他にもいたんだ」
「まぁ、私が信じてるからなんだって話かもしれないけど……とにかく師匠の教えはただキミを強い子に育てる為だけの感情論じゃないんじゃないかな」
ケイは「そうかな」と疑問げに呟いたが、表情はどこか嬉しそうだった。
「あっ、そうそう……話がずれちゃったけど今日はもう一つ教えておきたいことがあるの」
「ん……次はなんの授業?」
「ううん、授業じゃなくて……とある魔女の話」
「魔女の?」
「昨日私が教えてる子の中の1人が教えてくれたの。その子は孤児で、この村には引き取られる形で来たんだけど……」
ヒースは一呼吸おいて、絞り出すように続きを言い放った。
「……その子がいた村は、魔女に滅ぼされたの」
ケイは立ち上がり、歩き始める。ヒースは慌てて続く。
「ど、どうしたの?」
「……その子に詳しく話を聞きたいんだ。案内して」
ケイの瞳に少しずつ、殺意が宿り始めていたのをヒースは感じ取っていた。




