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ダンジョン仕草  作者: 埴輪庭


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第57話:聖女たちの開戦

 ◆


 第六層の下層は大きく変容していた。


 石の回廊が続くはずの通路──その名残だけが辛うじて構造を留めている。壁面には筋繊維がこびりついて脈打ち、床は粘膜で覆われ、歩くたびにぬちゃりと粘つく。天井を蛇腹状の肉壁が塞いで薄暗い洞窟のような空間を形成していた。


 回廊の先が急に開けている。肉壁が天井を押し広げ、石の回廊とは似ても似つかぬ広大な空洞が出現していた。


 レダたちはその入口で足を止めた。


 猟犬の斥候五名が入口の手前で警戒している。空洞の奥──粘膜の床に何かが座り込んでいた。


 座高だけで五メートルほどある。


 緑褐色の肌が薄明を跳ね返している。筋繊維の一本一本が浮き彫りになった異様な肉体は人型でありながら人間のものではない。膨れ上がった肩と腕は岩壁のような塊だった。頭頂から曲がった二本の角が伸び、角の根元に嵌め込まれた赤い石が肉壁の光を受けて明滅する。額に第三の眼がある。閉じている。ただ閉じた瞼の下で眼球がせわしなく動いているのが見えた。


 その周囲を蛇が覆い尽くしている。何百という黒い蛇が粘膜の床から湧き出して主の周りを渦巻き、まるで巨体そのものが蛇の巣であるかのように蠢いていた。


 「げ、なんだぁ、ありゃあ……」


 冒険者の一人が呻いた。ちなみにこの男の名はケージ。辣腕の剣士ではあるが賭博狂いという悪癖があり、ギルドが借金を負担するという条件で今回の探索に参加した。


 グロッケンが「大猪牙」を握り直す。鼻から荒い息が漏れている。猪肌にビリビリと感じる圧は端的に言えば命の危機を意味しているのだが──グロッケンもそれを理解している。


 「ブフゥ……あれは──」


 レダが前に出た。法衣は第五層からの行軍で泥と血にまみれていたが、黒髪だけは肉壁の赤い光を吸い込んで濡れた絹のように艶めいていた。大悪討滅の決意で爛々と輝く瞳──まさに戦乙女といった風情だ。


 「大悪の腹心にして二邪が一体。囁く者──暗黒の大母ジャーヒルですわ」


 二邪の一、シェディムが人の魂を堕とす存在ならば、こちらは人の肉を堕す存在といえる。


 囁く者。


 その名はカナン神聖国の古い法典に記されている。歴史を紐解けば大災厄と呼ばれるほどに多くの犠牲者が生まれた時代はいくつかある。古代帝国の崩壊、南方三王国の同時滅亡、千年前の大飢饉──それらの災禍を丹念に調べていけば、必ず同じ影に行き当たる。


 空洞の中央に座り込む巨体は、その影の具現であった。


 ジャーヒルは二邪が一と称されるが、より正確に言えば二邪は「大悪」の尖兵にすぎない。大悪はこの世ならざる次元の存在だ。旧き神と呼ばれたり、唯一神と同一視されたりすることもある。

 

 ただ、神ならば善神にせよ悪神にせよ、人に何かしらを求めるものだ。しかし大悪はそれをしない。人に、いや、生きとし生ける者に何一つ求めない。

 

 ()()はただただ破壊のみを求めている。

 

 いわゆる破壊神とも違う。

 

 彼らが為す破壊は、その後の再生を見込んで為されるものだが、大悪が為す破壊は不可逆的であり、本当にただただ純粋に破壊・破滅・死滅のみを求めているのだ。 

  

 そんな大悪が座す領域から此方の世界へ侵攻するための先遣として送り込まれたのがジャーヒルとシェディムだった。


 ジャーヒルの機能は明確だ。破壊と混乱に特化し、対象の文明圏を侵食して防衛機能を弱体化させる。その手段が寄生である。


 ジャーヒルが生み出す分身──見た目は蛇に似ているが、その実態は次元間の移動を可能とする一種の生体ゲートである。一匹では何の意味もないが、膨大な数が集まれば「門」が開く。門の向こうにいるのが囁く者の本体だ。シェディムもまた似たような役目を負うが、ジャーヒルとはまたアプローチが異なる。


 分身たちは宿主に寄生し増殖する。寄生された者はまず恐怖を奪われ、次に哀しみを奪われる。すると囁く者の声が天啓に聴こえはじめる。声に従えば大きな喜びが満たされるが、その喜びは分身が増えるための餌にすぎない。喜怒哀楽の激しい感情こそが彼らを育てるエネルギーとなる。


 限度を超えると宿主の中で分身は際限なく増える。増えて増えて増えて――最後には寄生主の体ごと破裂するのだ。ぱぁんと。破裂の直前に正気を取り戻した宿主が「こんなふう」にした存在への怒りと哀しみを爆発させ、そのエネルギーが蠢く者を最後の一押しで起動させる。生体ゲートが開き、囁く者の本体が顕れる。


 レダはこの全てをカナンの法典により知悉している。


 「目覚めきる前に叩きます。全軍、展開。空洞内部に入り次第、包囲陣形を」


 聖騎士百二十名が動き始めた。アーク・ロード四名が各方面の指揮を執り、空洞の壁面に沿って部隊を散開させていく。


 ザンクードが不思議な鞄を肩にかけ直しながら後方を歩いていた。喉の古い矢傷をさすり、掠れた声でケイセルカットに囁く。


 「嫌な予感がするぜ」


 ケイセルカットは頷いた。斥候の勘が告げていた。

 

 ──あの蛇たちは待っている。獲物が射程に入るのを。


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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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