表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/57

第5話:【それ】


「姐さん、無事だったんですね!…お前らも!」


ギルドでへたり込んでいた新米探索者の一人が泣きながら仲間に抱きすがる。


「う、うん…さすがに死んじゃったとおもったんだけどな…」


キャリエルは自分の体をあちらこちら検分するが、これといった異常は見当たらない。


そしてそれは斬り捨てられた2人の新米も同じであった。


「奇跡でも…起きたンすかね…」


無事だった新米の片割れがいう。


気の強そうな顔立ち、だが若い彼はゼナというらしい。


賊の襲撃に仲間をまもろうと真っ先に立ち向かい、真っ先に殺された青年。


「う、うん…。ぼ、ぼくおなかを……」


おどおどと腹をさする小柄な少年は、腹を突き刺されぐちゃぐちゃにミキサーされていた…はずだった。


感涙に、そして疑問にざわめく彼らを探索者ギルドの受付嬢が静かに眺めている。



君は馬小屋で揉めていた。


「いやだから、困るんですよ。ここは宿屋じゃないって何度言ったら分かるんですか?え?お金なら出す?あのね、そういう問題じゃなくて…ってえええええ!?」


君は速やかな睡眠を必要としていた。


『大蘇生』を3回、『生命』を5回も使わされたのだ。


ちなみに今回の『生命』の成功率は40パーセントだった。


人分の灰をみて君は立ち尽くしたが、2人残ったしまあいいかと吹き散らしてしまった。


3名の賊はロスト(存在消失)したに等しい。


まあ仮に灰をかき集めて蘇生すればもしかしたら生き返るかもしれないが…


とにかく君は眠りたかった。


だから金を積んで馬屋の男を黙らせた。


生理的に睡眠を必要としているわけではない、魔法の回数が問題なのだ。


これは君に限った話ではないのだが、魔法の回数が全て9回使える状態にないと君達ライカードの探索者は酷く落ち着かなくなる。


爪をかりかりと噛むようになり、気も立ってしまって短気になるのだ。


回数は1日睡眠をとる事で回復する。


なぜ宿屋に泊まらないのか、と疑問に思う人もいるかもしれないが、ライカードで多少なり功成り名を遂げたものは皆馬小屋で寝ることを好む。


ライカードは常在戦場、尚武の気風。


それが多少なり影響しているのかもしれない。


藁を並べしっかり寝床を作った君は気分よくそこへ寝転がる。


仰向けに寝そべって、馬達を見ていると魔力がどんどん満たされていくようだった。


それにしても、と君は先ほどまでの事を回想する。


程度の低い賊とおもいきや、賊の頭目と思しき女は君の呪文に抵抗してみせた。


恐らくあのアミュレットの力なのだろう。


他の4人もなにかしらのアミュレットをもっていたようだが、それは抵抗を破ると同時に破壊している。


あれが『彫像』ではなく、攻撃呪文だったらどうなのか?と君はおもうが、アミュレットはギルドに回収されてしまった。


とはいえ依頼は果たした、まあいいだろう…と君は無理矢理自分を納得させて、目を閉じる。



探索者ギルド、特別尋問室。


尋問官は困惑していた。


「ですから!カナンへ問い合わせればよいでしょう!わたくしの名前はルクレツィア・フォン・エッセンバウムです!カナン神聖国で正真正銘の司祭位を賜っておりますのよ!」


白銀流麗ともいうべき美しい銀色の髪を振り乱し、女が狂乱絶叫していた。


「あのお方はどちらにいらっしゃるのかしら!?わたくしは目が覚めたのです!穢れに満たされた汚泥から救い出されたのです!嗚呼…神よ、お許し下さい…恐るべき邪神は余りにもおぞましく、わたくしの信仰は粉と砕かれました…」


ひざまずき、祈り、涙を流し嘆く女は余りにも奇態な様子ではあるが、どこかしら神聖な雰囲気が漂ってきている…ような気がする。


それに、尋問官にとって気になる単語も出てきた。


──『ルクレツィア・フォン・エッセンバウム』だと?降る雪の聖女か!少し前、未帰還となったパーティの…。あの時は神聖国からかなりの突き上げがあったらしいが…

それが、なぜ探索者を襲う賊に?


何がなんだかさっぱり分からなくなった尋問官はギルドマスターへ丸投げする事に決めた。




降る雪の聖女、ルクレツィア・フォン・エッセンバウム。

カナン神聖国出身の戦闘聖女(バトル・プリーステス)である

欠損を癒すほどの強い治癒の魔法のみならず、上位のアンデッドすら祓い清める破邪の魔法により彼女はカナンで司祭位に奉じられていた。


司祭といってもこれはいわゆる町の教会で説法をかたる司祭ではない。


人に害為す魔に抗する尖兵としての司祭だ。


彼女はある日、神聖国の大司教より特命を賜った。


──神託機関より布告!


──かの迷宮都市にて大呪大悪の兆しあり


──汝、かの地にて仔細を調べ、伝えよ



大呪大悪。


果たして、大陸そのものが呪われるということがあるのだろうか?


法典によれば「大呪大悪顕れる所、夥しい血が流れる」とされている。


事実、この大陸ではある一定の周期で災厄が起こっているのだ。


それは偶然ではなく、ある種の呪いが1つ所に集束しているからだ、と神聖国の高名な神学者は見解を語った。


そしてある時、神聖国の神託機関が予知を出す。


神託機関とは先見、予知、先触れ、そういった先を見通す類の特性を持つものたちを集め、この先起こるであろう災厄を予測させ、神学者達が解釈し、被害の低減を図ろうと神聖国に設立された機関である。


予知自体がそもそも中々成立しないが、一旦くだされた予知の精度は高く、神聖国としても機関の判断を最優先解決事項として検討しなくてはいけない。


そこで神聖国はルクレツィアを派遣することに決めた。


癒し、破邪、その精神性、魔に対峙する適正は極めて高く、またこれは生臭い話になってしまうのだが、万が一の場合、彼女は平民出身であるためにトラブルになりづらい、という理由もあった。


そして使命に燃えるルクレツィアはある日、アヴァロン大迷宮で消息をたった。


同じくカナンから一緒にきていた4人の護衛達と共に。



『それ』には感情はない。


ないが、あえて人の感情を当てはめるとするなら、懊悩、だろうか。


もう少しだったのに、とそのいやらしい身をくねらせているに違いない。


事実、本当にもう少しだった。


『それ』は彼女の中で徐々に増えていったのだ。


破邪の力などは『それ』に何の痛痒も与え得ない。


なぜなら『それ』は善でもなければ悪でもないのだから。


むしろ強い意思は『それ』の良質な餌にすぎなかった。


だがもう叶わない。


突然膨大な破壊の奔流が吹き荒れ、彼女とともに『それ』の大部分も死んでしまったからだ。


死体からはエネルギーを得ることはできず、『それ』は彼女の元を離れた。


本来ならば、彼女は無残な──…死ぬことよりもはるかに無残な末路を遂げていたはずだった。


そうして発生する『門』から、アレが顕れ、この国は滅びるはずであった。


だが、歴史が変わろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30以降に書いた短編・中編

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「逆張り病」を自称する天邪鬼な高校生・坂登春斗は、転校初日から不良と衝突し警察を呼ぶなど、周囲に逆らい続けて孤立していた。そんな中、地味で真面目な女子生徒・佐伯美香が成績優秀を理由にいじめられているのを見て、持ち前の逆張り精神でいじめグループと対立。美香を助けるうちに彼女に惹かれていくが──
「キックオーバー」

ここまで



異世界恋愛。下級令嬢が公爵令嬢の婚約を妨害したらこうなるってこと
毒花、香る

異世界恋愛。タイトル通り。ただ、ざまぁとかではない。ハピエン
血巡る輪廻~テンプレ王太子とお人よし令嬢、二人とも死にました!~

現代恋愛。ハピエン、NTRとあるがテンプレな感じではない。カクコン10短編に出したけど総合33位って凄くない?
NTR・THE・ループ


他に書いてるものをいくつか


戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った
相死の円、相愛の環(短編恋愛)

過労死寸前の青年はなぜか死なない。ナニカに護られているからだ…
しんどい君(短編ホラー)

夜更かし癖が治らない少年は母親からこんな話を聞いた。それ以来奇妙な夢を見る
おおめだま(短編ホラー)

街灯が少ない田舎町に引っ越してきた少女。夜道で色々なモノに出遭う
おくらいさん(短編ホラー)

彼は彼女を護ると約束した
約束(短編ホラー)

ニコニコ静画・コミックウォーカーなどでコミカライズ連載中。無料なのでぜひ。ダークファンタジー風味のハイファン。術師の青年が大陸を旅する
イマドキのサバサバ冒険者

前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"
Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~

47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く

SF日常系。「君」はろくでなしのクソッタレだ。しかしなぜか憎めない。借金のカタに危険なサイバネ手術を受け、惑星調査で金を稼ぐ
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)

ハイファン中編。完結済み。"酔いどれ騎士" サイラスは亡国の騎士だ。大切なモノは全て失った。護るべき国は無く、守るべき家族も亡い。そんな彼はある時、やはり自身と同じ様に全てを失った少女と出会う。
継ぐ人

ハイファン、ウィザードリィ風。ダンジョンに「君」の人生がある
ダンジョン仕草

ローファン、バトルホラー。鈴木よしおは霊能者である。怒りこそがよしおの除霊の根源である。そして彼が怒りを忘れる事は決してない。なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。しかも浮気相手は彼が信頼していた元上司であった。よしおは怒り続ける。「――憎い、憎い、憎い。愛していた元妻が、信頼していた元上司が。そしてなによりも愛と信頼を不変のものだと盲目に信じ込んで、それらを磨き上げる事を怠った自分自身が」
鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
馬小屋、、、わかる。回数すべて9回、、、わかる! 疲れとかじゃなくて、魔法回数のために眠る、、、わかる!! つまり、言い分すべてに、わかる!!! と思って読みました。 正直、なんであのゲームに、ロイヤ…
[良い点] >これは君に限った話ではないのだが、魔法の回数が全て9回使える状態にないと君達ライカードの探索者は酷く落ち着かなくなる。 笑いました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ