表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/58

第47話:深淵の聖母シェディム②

 ◆


 要するに物量戦だ、と君は言った。


 君はかつて別の地で、魔術を反射する敵と相対したことがある。


 東方の女術師だった。


 ゆったりとした衣を纏い、あらゆる魔法を跳ね返す恐るべき使い手。


 だがその反射には限界があった。


 一度の攻撃を一度反射するのみ。


 連続攻撃には対応できなかったのだ。


 この敵もそういう相手の可能性がある──君はモーブとキャリエルにそう告げた。


「じゃあ私がやるよ」


 キャリエルが即座に申し出る。


「倒すのは無理でも──まあ、ちょんってやるくらいなら」


 モーブが無言で頷いた。


 彼は彼女を援護するつもりだ。


 君は二人の提案を受け入れる。


 理由は単純だった。


 君の攻撃は加減を知らない。


 仮に君の斬撃が反射されれば、君自身が即死する可能性が高い。


「お兄さんの攻撃って、容赦ないもんね」


 キャリエルが苦笑を浮かべる。


 先ほど君が真っ二つになりかけた光景を思い出したのだろう。


「行くよ」


 キャリエルが地を蹴った。


 赤い髪が炎のように靡く。


 短剣が鋭い軌跡を描いてシェディムへと迫り──


 鮮血が舞った。


 キャリエルの腹部に深い裂傷が刻まれる。


 反射だ。


 自身の攻撃がそのまま返ってきたのだ。


「ぐっ……!」


 体勢を崩す彼女へ、シェディムの白い腕が伸びた。


 指先には禍々しい紋様が浮かび上がっている。


 触れられれば、ただでは済まないだろう。


 だが次の瞬間、風が吹いた。


 モーブがキャリエルを抱え上げ、攻撃圏内から連れ去る。


 風渡りの異名は伊達ではない。


 君はその隙を見逃さなかった。


 ローン・モウアが閃き、シェディムの伸ばした腕を斬り飛ばす。


 反射はされない。


 やはり、一度使えばしばらくは使えないのか。


「ギィィィイイイ!」


 シェディムが絶叫を上げた。


 切断面から黒い体液が噴き出す。


 君は追撃を加えようと踏み込み──


 剣がすり抜けた。


 シェディムの胴体を、まるで幻を斬るかのように通過する。


 実体化の制御か、と君は舌打ちをする。


 反射だけでなく、物理攻撃を無効化する能力も持っているらしい。


 厄介な組み合わせだ。


 だが、完全無欠の防御など存在しない。


 君はキャリエルに視線を向けた。


 もう一度行け──冷たく告げる。


 モーブが眉を顰める。


「しかし、彼女の傷は──」


 キャリエル以上の適任はいない、と君は断言し、同時に手を伸ばす。


 ──“小癒”


 僧侶系魔法の初歩中の初歩。


 だが君が使えば、それなりの効果を発揮する。


 キャリエルの傷口が見る間に塞がっていく。


 完治とまではいかないが、動くには十分だ。


「……お兄さん」


 キャリエルが君を見上げる。


 その瞳に宿るのは理解だった。


 君が彼女を捨て駒にするつもりはない。


 必要だから、最適だから選んでいる。


 それが分かったのだ。


「うん、行ってくる」


 再び地を蹴る。


 今度は単純な直線ではない。


 左右に身体を振りながら、不規則な軌道で接近する。


 シェディムが腕を振るう。


 無数の黒い槍が虚空から生まれ、キャリエルへと殺到した。


 だがキャリエルは止まらない。


 槍の雨を紙一重でかわし、あるいは致命傷を避ける形で受けながら突き進む。


 そして──


 短剣が煌めいた。


 今度は胸元を狙う。


 シェディムは実体化している。


 槍を放つためには実体が必要なのだ。


 刃が肉に触れる瞬間──


 シェディムの体が再び透明化した。


 短剣は虚しく通過する。


 だが君は既に動いていた。


 実体化と非実体化。


 反射と透過。


 これらを同時には使えない。


 今、シェディムは透過を選んだ。


 ならば──


 君の剣が横薙ぎに振るわれる。


 案の定、刃は通過した。


 だがそれでいい。


 君の狙いは別にある。


 キャリエルが素早く身を翻し、もう一度斬りかかる。


 シェディムは慌てて実体化し、反射を試みる。


 キャリエルの刃が跳ね返され、彼女の肩口が裂けた。


「今だっ!」


 モーブが叫ぶ。


 反射直後の隙。


 実体化している今。


 君のローン・モウアが蒼白い軌跡を描く。


 狙うは胴体。


 真っ向からの一撃だ。


 シェディムは透過しようとする。


 だが間に合わない。


 反射から透過への切り替えに、わずかなタイムラグが生じている。


 刃が肉を裂いた。


 深々と。


 容赦なく。


「ギャアアアアアアアアア!」


 シェディムの胴が斜めに裂ける。


 黒い体液が噴水のように吹き上がった。


 だが君は油断しない。


 この手の化け物はしぶとい事を君は知っている。


 案の定、裂けた上半身が宙に浮かび上がる。


 下半身は蜘蛛のように這いずり回った。


 まだ生きている。


 上半身が残った片腕で印を結ぼうとする。


 最後の魔術か。


 君は即座に呪文を放った。


 ──“静寂”


 それも二重に束ねた強化版だ。


 シェディムの詠唱を封じ込めようと、無音の波動が広がる。


 だが──


 効かない。


 呪文は虚しく霧散した。


 チッ、と君は舌打ちをする。


 魔術が得意な相手というのは大抵この手の無効化能力も高いものだ。


 シェディムの片腕が複雑な印を結び終える。


 何が来るか分からない。


 だが──


 風が吹いた。


 いや、風などという生易しいものではない。


 暴風だ。


 嵐だ。


 モーブが動いた。


 直線の機動力なら、彼は君以上に素早い。


 風渡りの名は伊達ではない。


 風を纏い、風と一体化し、風そのものとなって突進する。


 シェディムが振り向く暇もなかった。


 モーブの剣が、風の刃と化して襲いかかる。


 上半身を真っ二つに裂き──


 いや、それだけではない。


 風が内側から爆発するように広がり、シェディムの体を粉々に吹き飛ばした。


 肉片が四散する。


 黄色い宝玉が砕け散る。


 光の粒子となって消えていく。


 深淵の聖母は、ここに滅んだ。


 モーブが着地し、剣を鞘に収める。


 彼の表情は相変わらず無表情だが、どこか満足げにも見えた。


 静寂が、戦場を包む。


 君は剣を鞘に収め、振り返った。


 キャリエルが血まみれで座り込んでいる。


 ルクレツィアが彼女に駆け寄り、傷の手当てを始める。


 満身創痍だ。


 だが、生きている。


 全員が、生きて勝利を掴んだ。


 お疲れ様、と君が声をかけると、キャリエルが弱々しく笑った。


「モーブさん、かっこよかった……」


 モーブが僅かに頬を赤らめる。


 この男にしては珍しい反応であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30以降に書いた短編・中編

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「逆張り病」を自称する天邪鬼な高校生・坂登春斗は、転校初日から不良と衝突し警察を呼ぶなど、周囲に逆らい続けて孤立していた。そんな中、地味で真面目な女子生徒・佐伯美香が成績優秀を理由にいじめられているのを見て、持ち前の逆張り精神でいじめグループと対立。美香を助けるうちに彼女に惹かれていくが──
「キックオーバー」

ここまで



異世界恋愛。下級令嬢が公爵令嬢の婚約を妨害したらこうなるってこと
毒花、香る

異世界恋愛。タイトル通り。ただ、ざまぁとかではない。ハピエン
血巡る輪廻~テンプレ王太子とお人よし令嬢、二人とも死にました!~

現代恋愛。ハピエン、NTRとあるがテンプレな感じではない。カクコン10短編に出したけど総合33位って凄くない?
NTR・THE・ループ


他に書いてるものをいくつか


戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った
相死の円、相愛の環(短編恋愛)

過労死寸前の青年はなぜか死なない。ナニカに護られているからだ…
しんどい君(短編ホラー)

夜更かし癖が治らない少年は母親からこんな話を聞いた。それ以来奇妙な夢を見る
おおめだま(短編ホラー)

街灯が少ない田舎町に引っ越してきた少女。夜道で色々なモノに出遭う
おくらいさん(短編ホラー)

彼は彼女を護ると約束した
約束(短編ホラー)

ニコニコ静画・コミックウォーカーなどでコミカライズ連載中。無料なのでぜひ。ダークファンタジー風味のハイファン。術師の青年が大陸を旅する
イマドキのサバサバ冒険者

前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"
Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~

47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く

SF日常系。「君」はろくでなしのクソッタレだ。しかしなぜか憎めない。借金のカタに危険なサイバネ手術を受け、惑星調査で金を稼ぐ
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)

ハイファン中編。完結済み。"酔いどれ騎士" サイラスは亡国の騎士だ。大切なモノは全て失った。護るべき国は無く、守るべき家族も亡い。そんな彼はある時、やはり自身と同じ様に全てを失った少女と出会う。
継ぐ人

ハイファン、ウィザードリィ風。ダンジョンに「君」の人生がある
ダンジョン仕草

ローファン、バトルホラー。鈴木よしおは霊能者である。怒りこそがよしおの除霊の根源である。そして彼が怒りを忘れる事は決してない。なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。しかも浮気相手は彼が信頼していた元上司であった。よしおは怒り続ける。「――憎い、憎い、憎い。愛していた元妻が、信頼していた元上司が。そしてなによりも愛と信頼を不変のものだと盲目に信じ込んで、それらを磨き上げる事を怠った自分自身が」
鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ