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第38話:魔騎士②

 ◆


 核炎の詠唱が最高潮に達し、君の喉から最後の言の葉が漏れ出す──代わりに、ごぼりという湿った音が響いた。


 吐血。


 君は自分の喉が裂けたことに気づいた。


 音もなく血が噴き出し、声は途絶え、息が詰まる。


 魔騎士の剣が繰り出した真空刃が君の詠唱を断ち切ると同時に、喉を断ったのだ。


 それを見たルクレツィアが即座に動いた。


 彼女の手から溢れる神聖な光が君の喉元を包み込む。


「主様!」


 彼女の声は焦燥を帯びていたが治癒の奇跡は間に合った。


 君の魔法は発声を以て起動するために、喉を割られると快癒がつかえない。


 ルクレツィアが居なければ魔法という強力な手札を抜きに戦う必要があった。


 その間にも、キャリエルとモーブが魔騎士に突進する。


 モーブは風を()り、素早い動きで連撃を繰り出す。


 斬撃に局所的な追い風を乗せる "風斬り" は単純だが受けが難しい。


 キャリエルの短剣が鋭い軌跡を描いて魔騎士へ迫る。


 太刀筋は拙いながら、なぜか急所へ吸い込まれていく刃は脅威であった。


 しかし、いつの時代もそういった業を打ち砕くのは圧倒的な力……パワーである。


 歴史に裏打ちされた王宮剣術は衒いに惑わされる事なく、時には剣で受け、時にはその重厚な黒鎧で弾く。


 魔騎士は重厚な鎧を身に纏いながらも驚くほど軽やかに動き、モーブの切り裂きがわずかに空を切る。


「なぜ当たらない!」


 苛立ちを隠せないモーブの言葉と同時に、魔騎士の剣が逆に迫り、キャリエルの攻撃を一刀で受け止めてそのまま彼女を押し返す。


 ──あ、やば


 キャリエルは魔騎士に押し飛ばされる形で交代を余儀なくされ、態勢を崩してしまった。


 魔騎士の剣が掲げられ、キャリエルの頭上に振り下ろされようとし──


 ◆


 君はすぐに自分の失態を認めた。


 敵は大がかりな詠唱を許すほど甘い相手ではなかった。


 魔法に頼りすぎていたことを反省し、腰に佩いたローン・モウアを抜き放つ。


 そして魔騎士が剣を掲げようとするその一瞬を鋭く捉え──


 ── "俊敏"


 ・

 ・


 魔騎士の剣は確実にキャリエルを断ち切ろうとしていた。


 だが、その刃が彼女に届く瞬間、君は風のような速さでキャリエルの元へ飛び込む。


 そして君は彼女を抱きかかえ、魔騎士の剣の刃圏から離れた。


 俊敏(ポンティ)とは戦闘時のみ効果を発揮する僧侶系魔法の初歩階梯の呪文だ。


 術者に軽やかな身のこなしを与える事で、被弾を減らし、そして手数を増やす。


「お兄さん……!」


 君はキャリエルとモーブに下がる様に言う。


 君が見る限り、魔騎士と二人の階梯の差は余りに大き過ぎた。


 数合持ちこたえる事が出来ただけでも奇跡の様なものだ、と君は思う。


 ローン・モウアを抜いた君は久々の強敵に分類される相手を前に、一つ業を見せてやろうと不敵な笑みを浮かべた。


 ◆


 ところで "戦闘時" とはどういう状態を意味するのだろうか? 


 それは自身の認識による。


 自分が "今は戦闘中だ" と思えばそれは戦闘時に当たるし、たとえ実際に戦闘中でなくても "戦いは終わった" と思えば戦闘時には当たらない。


 これを利用した歩法がある。


 ・

 ・


「あ、主様が……沢山!?」


 ルクレツィアが唖然としながら眼前の光景を評した。


 キャリエルやモーブも同意見の様だ。


 三人の目には、複数の君が現れたり消えたりしながら次々に魔騎士に斬りつけている。


 "戦闘時" という認識を意識的にオンオフすることで"俊敏" の効果を急激に増減させる──それにより、君の動きには激しい緩急が生まれ、特殊な歩法の効果も相まって、結果として分身が発生しているのだ。


 君は"俊敏" 無しでも()()が出来るがしかし、"俊敏" を併用した方が効果が大きく、より多くの分身を作り出す事が出来る。


 対する魔騎士は重い一撃を次々繰り出した。


 剣が空を裂き、その風圧だけで地面すら抉るかのようだった。


 しかし君は冷静に身を引き、剣筋を読んで一瞬の隙間に身を滑り込ませる。


 風のように軽やかな身のこなしからの閃く様な剣撃が魔騎士の鎧に叩きつけられるが、重厚な甲冑は硬く、火花を散らすだけで手応えはない。


 それでも君は攻撃を止めなかった。


 君としては魔騎士の意識を剣撃に集中させたいのだ。


 素早い斬撃を続けながら、魔騎士の動きを見極め狙いを定めている。


 攻防の応酬は激しさを増すが、魔騎士は困惑する様子も見せず無言のまま剣を振るう。


 しかし斬られたのは君の残像だけ。


 ──ファーリフ・ゼリフ・ファーラー・ル


 低く響く詠唱が、君の口から漏れ出した。


 めくるめく高速戦闘のさなか、君はトゥルーワードによる天雷の正規詠唱を行っていた。


 天雷とは最上級雷撃魔法だ。


 再度核炎という手もあったが、それは奥の手として恐らくは()()いるであろう何者かの為に取っておくことにしたのだ。


 天雷は敵の頭上に強烈な雷撃を落とす魔法だが、正規詠唱により放たれる場合、その力の発露は落雷の形のみに限らない。


 強力な雷撃の力を君は手の中で凝縮させ、雷を槍の形に加工していく。


 そして槍が完成した瞬間、君は軽やかに足を踏み込み魔騎士の剣の一振りをかわして、一気にその背後へと回り込み──


 君は雷撃の槍を力強く投擲した。


 ── "天怒灼雷"

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かっけぇぇ 埴輪庭さんの正統ファンタジーが読めて嬉しいです!
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