第3話:危急の依頼
◆
まとまった量の洞窟苔を採取して、君は早々に帰還した。
街へ戻るやいなや向かうのはギルドである。受付嬢は素材を検めながら、非常に助かると言った。ここ最近、素材の供給が全体的に滞りがちなのだそうだ。
ついでに大迷宮が不穏だという話も聞けた。本来その階層にはいないはずの魔物が現れる。魔物が凶暴化している。深層まで潜った実力派のパーティがいくつも未帰還になっている。さらには不逞の輩まで出没するという。賊かなにかだろうか。
これも日頃の善行の賜物だな、と君は自画自賛した。ギルドへ地道に貢献していれば、こういう情報のほうが向こうから寄ってくる。情報により拾う命もあるのだ。
君は大迷宮への懸念を脳裏へ刻みつけた。
・
・
・
ギルドを出た君が向かうのは酒場だった。妙に時化た気分で、ライカードのエールとは比べようもない馬の小便のようなアヴァロン・エールといえども飲みたい気分だったのだ。
「お兄さんってこの前もそんな顔でお酒のんでなかった?」
背後から声がかかる。キャリエルだった。
彼女は君の隣の椅子にどかっと座り込むと、エールを注文した。
「また逢えたね」
そういって屈託のない笑顔を見せる。
「なんかさ」
キャリエルが言い淀んだ。
「最近、迷宮が怖くってさ」
ぐいっとグラスを傾け、顔を顰めながら一気にエールを飲み下す。不味いエールを不味そうに飲むのは筋が通っているな、と君は益体もないことを考えていた。
「誰に話しても笑い飛ばされちゃうんだけど。あ、普段と違うなって。そう思って最近は探索を控えてたんだよね。お金、稼がなきゃいけないのは確かだけど、でも……」
君はおもむろに、素晴らしい直感と判断力だと彼女を賞賛した。
「え、なんで褒められてるの私」
笑い出すキャリエルへ、君は理由を説明してやる。ギルドで聞いた大迷宮の不穏。そして君自身が底のほうから感じ取っている、あの薄気味悪い気配のこと。
「そっか。やっぱりちょっとやばいのか……どうしようかな……」
君は、金を稼がねばならない理由でもあるのかと尋ねた。
「ん……まあ、ちょっとね」
言いたくなさそうである。ある意味で予想通りの反応だな、と君は思った。
見た所はそれなりの器量だ。それがある程度深刻そうな理由で、しかも体を売らずにわざわざ迷宮へ潜って稼いでいるのなら、それ相応の金額なのだろう。面識があってたまに一緒に吞む程度の相手には話しづらい。君は不躾な質問をしたことを反省した。
無理はするなよ、と一言だけ告げる。それから二人は普段通り、他愛もない雑談をして過ごした。
宿屋に帰って馬小屋で眠り、翌朝はいつも通りギルドへ向かい、手頃な討伐依頼を受ける。ついでにパーティ募集の掲示板も見てみたが、どれもぱっとしなかった。
仲間は必要だ──もしあの迷宮の底へと往くのなら。
ライカードなら、彼らがいれば恐れることはないだろうに。
◆
首尾よく依頼を終え、ギルドへ報告に戻ると、何か空気が悪い。
カウンター前には新米と思しき一党がへたり込んでいた。三名。切創、打撲痕、骨折。
受付嬢へ訊ねてみようと向かってみれば、普段は氷から生まれたような冷厳沈着な様子の彼女が、へにょりと柳眉を下げている。指先はトントンとカウンターを叩き、落ち着きがない。
君は話を聞いた。
床でへたっている連中は五人組の新米パーティで、最近結成したばかりらしい。第一層の討伐依頼を受けた道中、赤い髪の女探索者と出会ったのだとか。
女は第二層へ向かっているとのことだった。第二層への階段がある広間は魔物の出現しない、いわばセーフエリアである。新米パーティもとりあえずそこを目指していたので、両者は道中を同行することになったそうだ。
問題はそこからだった。
第二層から五人の探索者が昇ってきた。そいつらは自分達を見るなり襲いかかってきたという。逃げようにも余りに急なことで逃げられず、仕方なく迎え撃ったが力の差は歴然で、あっというまに二人が切り捨てられた。赤い髪の探索者が新米パーティの先頭に立ち、逃げてと叫び、賊の攻撃を迎え撃っている間に、彼らは逃げてきた。
そういう話であった。
受付嬢と目が合う。
君は彼女の手元にある白紙の羊皮紙を指さした。
「あなたは、まだ三級です」
君は鼻で笑い、ややあって浅く息をつくと、この場の全員を皆殺しにすると肚に決めた。
勿論、本気で実行はしない。だが意思だけは本気であった。
奔騰する殺意の気流がその場を搔き乱し、多くの探索者は精神の均衡を保つので精一杯となる。新米の一党に至っては失禁、失神、失神のうえ失禁という有様だ。
しかし受付嬢は表情を変えない。脂汗こそ滲んではいたが、他の者達の様に恐慌した様子は見せなかった。君が見込んでいた通り、この女もまた強者だったのだ。
受付嬢はしばし瞑目し、ややあって白紙の羊皮紙へつらつらとこの様な事を書く。
『臨時依頼』
『依頼内容:女性探索者の救出、及び賊の討伐』
『報酬:討伐の証明となる部位をギルドへ提出後、適切な額を算出後に与えるものとする』
君は恭しくそれを受け取り、懐へとしまった。
わざわざ未熟な連中を襲う程度の低い暴漢の首五つ、大した金にはならなそうだな。
そう鼻で笑ってギルドを出た君は、路地裏へ入るなり『転移』を発動させた。




