〇97
胸が苦しくなる。何処か、必要以上にむかむかしてきておかしくなりそうだった。
分からない、自分がどうしてこんな気持ちで居るのか。
何故私がこんな矮小なストレスに苦しめられなければいけないのか分からなかった。
鬱陶しい。今すぐにでもこんな気持ちを排除したいのに、どうして何もできないのだろうか。
黒ずんだ自分の右腕が今も蠢いている。
どく、どくと何か奇妙な音が聞こえてきて気持ち悪かった。
ナガトが突然私を援護するのではなく、獣人を助けようとした時から突然気がおかしくなった。
分からない、こんな感情は初めてだった。
こんな理解できない感情を、私はどう処理しなければいけないのだろうか。
ぐちゃり、と。私は何度も何かを潰していた。
つぶれた腐ったトマト、いくつも転がって居る物を踏みつけて赤い海を作って居た。
おかしい、この程度でこんなに笑えてくるだなんて思わなかった。どうして、突然私がこんなことをしているのか、理性が全く働いていない。
何故、私はこんなことをしているのだろう。
つまらない軽作業の如く、私に対して向かってきた人間たちを排除していく。
多分、協会の人たちが本腰をあげて私を逮捕しようとしているのだろう。
しかし、それも無駄だ。恐らく、Aランカー以上のギルド騎士は外国の方が多いだろうし。この国は体勢はしっかりしている癖に人材難ときている。
恐らく、比較的安全な場所を確保しているからこそ、魔物の対処よりも内部政治が重要になってくるのだろう。
「凄い人の数。貴方、本当は殺人鬼だったのね。」
ふと、影からまたあの魔法使いが現れた。
「名前・・。」
「名前?」
「私の事を一方的に知っておいて、名前を知らないのは不公平じゃない?」
「そうね。私はシエルでいいわ。本名は別だけど、教えるわけにはいかないし。」
「私も、別にモニカが本名じゃないから。」
「じゃぁ、おそろいね。」
「偽名同士だからってなれ合うつもりはないけど。」
「ふふ。本当は仲間がほしいくせに。いいのよ、別に貴方を束縛したいわけじゃないから。」
「というと?」
「貴方を調べたいの。私、これでも宮廷魔術師の娘だから。色々なこと知ってるんだ。」
「ん・・・。それは凄いわね。そんなビッグな情報、もし誰かに教えたらどうするの?」
「だってお父様はもう死んでるし。誰も知らないと思うよ。」
「・・・。」
怪しすぎる。
どう考えても都合が良すぎるけれど、彼女はフードを外して素顔を見せて来た。
「あの時、その浸食の力を見せてもらったけれど。面白いから後をつけていたんだ。そうしたら、もっと面白い事になって、今話しかけてみたんだけど。」
「誰かに見られていると思ったら・・。大体、貴方は排外主義みたいだけど。何が目的なの?」
「うーん。簡単だと思うよ?」
「いいから教えなさい。」
「えっとね。人間と魔法使い、その安全圏を確保することで無能力者の数を増やせるのは事実だけど。その魔法使いによる監視状態により、今以上の経済的恩恵が得られるの。その意味では、獣人やエルフは邪魔なんだよね。」
「ん?彼らも監視すればいいじゃない。」
「駄目。だって、力が強いもの。でも、力が強いだけでは生きていかないじゃない?獣人の中には、月を視だけで自分の姿を変えられるし。エルフだって森の中で休んでいるだけで枯渇した魔力を回復させられるんだよ?少数しか居ないくせに、パワーバランスがおかしいんだよね。」
「・・・・つまり?」
「だからさ。彼らがずっと国の中に居ると、その内王様たちの権力も脅かされるの。」
それはつまり、権力をエルフや獣人に奪われるぐらいなら排除しようとする一種の暴力だと。
「貴方・・もしかして、あの銃撃は王族の誰かからの命令ってこと?」
「うん。広場を独占して、男たちに色仕掛けしている悪い獣人に対する脅迫なんだけどね。生身の人間よりも体力がある分、彼女はずっと踊り子としてのヒロインで居られる。それは他の分野でも言えるけど、でもそんな少数の人種にいつまでもいいようにはされたくないの。」
「卑怯な真似をして。それで相手が納得するかしら。」
「納得するかどうかは関係無いよ。私が全員排除するだけだから。」
「・・・・ねぇ。貴方は教団の人間たちも敵に含めているの?」
「うん?オルフェウス教団のこと?あの人たちも、どちらかといえば敵だものね。でも、あれは貴方にとってはむしろ味方じゃなかったの?」
「そんな所まで覚えていないわ。」
「だって、あの屋敷の所有者を調べたら、明らかに教団の関係者とつるんでいたもの。貴方、結構いいかげんな性格してるのね。」
「・・・私を仲間にしたところで、何も出ない可能性もあるわよ。」
「あるよ。貴方の力を最大限に引き延ばしてあげる。」
「え?」
「そのためには、貴方の体を調べないと。教団なんていうみみっちい人たちよりも、私みたいなエキスパートの娘に面倒を見てもらった方が素敵じゃない?」
「・・変な事を言うのね。」
「どう?いい話だと思うけど。」
「じゃぁ、調べてくれる?私の使い魔でも分からなかった、意味のよく分からない呪いの術式の意味。」
モニカにとっては、シエルという人間をまだよく知らないけれど。
でもシエル以上に信用できないのは、自分自身でもある。
分かり切って居たことだが、しかしこれではナガト以上に・・不誠実な事をしている気はしていた。




