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嘆きの聖女-番外 精霊王と北の魔侯爵

「そうですか、切り捨てられますか。しかし衆人環視のもとに精霊王はお出になりますまい。権威失墜のパフォーマンスはできそうもありませんなあ」

「僕も兄上による信任を大祭的に行うことが陛下ひいては王家からの権威権力移譲に最適だと考えていました。しかし、いざそれを頼めるかといえば…。聖女様を挟めば応じてくれないことはないでしょうが、僕も王族の端くれですから、あまりにも筋違いで身勝手なお願いはしたくはない…」


 唸る西侯爵と王子にそっとブレンド茶を配膳しながら元南侯爵が首を傾げる。


「人格のみが不要であるのならノーシスのもとに送ってしまえばよいのではないですか?」


 老い垂れてはいるが純朴でつぶらな瞳は至って穏やかで。そんな負の感情もなく紡がれた語句の指す意味に西侯爵は冷や汗を流しながら樽腹をさすった。


「サウザー殿、坊ちゃんでも我らでも、さすがに王族のみならず陛下までぽーんと流刑地に放り込むわけにはいくまいて」

「しかしウエスタン殿、ラテルロ様の悩みの種はいつ芽吹くか知れぬほど負の養分、悪気の水分を吸っておられるようであるからノーシスが適任でございましょう」


 青ざめる西侯爵と忌憚なき元南侯爵の指す北侯爵。四侯爵として連携は取れているもののラテルロは未だ北侯爵との面識はない。

 国の最北部は山と雪に覆われた厳しい環境であり鉱脈がいくつかある関係で罪人の収容と刑務である強制労働を担っている。北侯爵は刑務所の番人であり、鉱山の主であるという知識だけで人となりはわからない。


「豊穣の西、文化の南、牢獄の北、武闘の東…。西や南では助長されかねないし、東に追いやって死なれても贄が減ると。となると北しかない。贄は多い方がいい。いっそ姉上には平民に降嫁してもらって血脈を増やしてもらいたいくらいだ…ふふふ。」


 無辜の子に贄の責を負わせることに心痛まないでもないが、ラテルロには重すぎる。要は兄上を怒らせなければいいのだ。保険だよ保険。犠牲になるときは一緒だよふふふふ、とあくどくほくそ笑む。

王血たる公爵は三家あるが人数は多くない。度々調子に乗りすぎて粛清されるため権力から遠ざけられているというが怪しいもの。裾野が広がらないのは尊い血故に畏れ多くて娶れないのだと教わってきたが、現実は古参貴族が贄の責を避けるために王族を娶らないからだろう。結果、古参貴族の忌避に他貴族は意味も知らず倣ってしまう。なんてことだズルすぎる。


「罪人の相手をしているのなら我が家族に煩わされることもそうないのかもしれませんが、一度話をしておきたい。彼らを当たり障りなくぞんざいかつ丁重に管理していただかねばならないのですから」

「それこそノーシスの得意とするところでございますよ。ただ、彼は領地外へ出られません故、ラテルロ様に赴いていただき…ああ!ぜひソロウ様をお連れください」


 北侯爵はそれはそれは精霊王を慕っているらしい。

 珍しく狼狽するウエスタンをみてラテルロは訳知顔のサウザーに詳しく話を聞きたかったが、会ってみたらわかる、ラテルロ様なら大丈夫と謎の太鼓判を押されて尋ねる口を封じられた。

 そして後日、兄上は意外なほどあっさりと供を承諾してくれたのだった。


「これはこれは王子殿下、こんな北の僻地に何用でございまろろろぼぁぉおおオォ…」


 ノーシス領入口である発掘し終わった鉱山の内壁を整えて作られた関所にて、不潔と陰気を垢で捏ねて象ったような小男に出迎えられるも突然腐り崩れ落ちてしまった。

 およそ人の領域にない出来事に声も出ず血が下がり、凄惨な腐肉に酸っぱいものがこみ上げる。涙目で隣を窺うも汚物を嫌そうに見下ろす兄上は下手人ではないらしい。さらには奥からガチャンガチャンとけたたましい破壊音が近づいてくるではないか。身の内に鳴り響く危機の鐘に身を震わせながら再びソロウを見やるラテルロだが、何食わぬ顔の兄の表情に安堵する前に腐肉の向こう側の鉄格子が弾け飛んだ。


「アルジ!アルジ!ワガアルジ!オカエリナサイー!」


 飛び込んできた囚人服という襤褸を纏ったやせ細った少年は、腐肉に足を取られすてんとひっくり返るもがばりと起き上がる。その汚物に塗れながら精霊王に喜色めく様子と噴出する禍々しい気のあべこべさにラテルロの視界は霞み、間もなく暗転した。


「ボクヨリ先ニアルジニ声ヲカケタバカリカ!転ンジャッタジャナイカ!コノ!コノッ!」

「散る、汚え、やめろこら!発気抑えろラテルロが死んじまうだろー」

「アルジ!ソレ、ダレ!聖女?ナイナイシテ!」

「ちげえよ。これはオレの異母弟(おとうと)。…ひさしぶりノーシス」


 その昔、法国の片隅に中級闇精霊を伴った若き精霊士の卵がいた。中級といっても児童程度の自我が芽生えているだけの大した力のない下の下の中級精霊。しかし、闇属性というのがとても稀であった。

 法国の最盛期、盛んな精霊術、身に余る力を手にした人間が起こす諍いや悪事。栄華を維持したままの恒久なる平和を望み犯罪率を下げることを狙ったとある組織の試みは非道を辿る。

 甘言を以て精霊士を誘い込み、唆し、上位精霊への昇級を夢みてしまった闇精霊は法国の悪意悪心を押し付けるための器にされた。手遅れでしかないその儀式の最中で二人は騙されたと気が付いたのだ。闇精霊は身も心も焼き切れるような苦痛の中で相棒を裏切者と断じて呪い、精霊士は片割れを悪の手から取り戻さんとなりふり構わず禍を奔出する闇精霊に駆け寄った__結果。


「うえっちょっと待っ!ムリムリ!そのナリで近づくのやめろ!!バリア!『障壁』(バリア)!」

「ふぎゅんっ…ワアアアーン!アルジニ届カナイヨー!」


 精霊士の献身が届き闇精霊の自我は守られたが、その精神は歪んでしまう。身の内に押し込められた禍の蜜が絶えず災を呼び、闇精霊の在る地は枯れ窄み生けるものの心を狂わせる。闇精霊自身も命を嬲ることを泣き嗤いながら愉しんだ。すぐに組織の隠蔽が限界となり、法国の領土かどうかもわからぬ僻地である世界の果てと呼ばれたどの国からも捨て置かれた荒野に遺棄されたばかりか、有志を募って魔の王を打倒せと幾度も殺意を差し向けてくる始末。


「__で、その魔の王のおわす荒れ地に国を興そうと交渉したのが我が精霊王国の成り立ちなのですね。わかった。わかりました。しかしですね兄上ぇ…!」

「や、今回はオレの所為じゃないだろ」


 あまりにも常軌を逸した悍ましい光景にブラックアウトして、目覚めてみれば軽度ながら覚えのある気怠さに襲われてと、事情を掻い摘んで説明されても煮え切らずラテルロは胡乱な目を向けるが精霊王は悪びれない。身なりを整えたかの少年は、悪の幹部と称すれば誰もが「でしょうね」と納得するであろう一癖も二癖もありそうな人物を幾人か侍らせながら精霊王と偽りの王太子を卓に招き、狂気の潜んだ瞳を笑みで覆った。


「ハジメマシテ王太子殿下。ボクハ北侯爵ノ、ノーシスダヨ!アルジニ会エルカラト張リ切ッテ器ヲ新調シテタラ、オ出迎エニ間ニ合ワナカッタノ。ゴメンネ」


 曰く、闇精霊であった彼はかの儀式によって身に余る悪意悪心を注がれ弾け飛ぶ間際、飛び込んで抱きしめてきた精霊士の身体を器として混成し乗っ取る形で存在を保つことに成功したらしい。意図はなくタイミングと偶然が折り重なったミラクルな結果論的魔王誕生ではあったが、その器は生体故に劣化する。精霊王と話し合った末、禍の蜜が零れ落ちないように器を定期的に交換しているのだとか。

 いくら重罪人のものとはいえ、着替えましたよといった調子で人身を扱うことが人外の存在であることをさまざまと感じさせた。


「ということはノーシスは建国時から兄上を知る、というか、兄上と同じく長きにわたり自己を保持し続けておられるのですね」


 首を傾げるノーシスに悪の幹部もとい側近の一人が耳打ちをすると、ノーシスはぱああっと臆面なく喜色に染まる。

 代々血と爵位と役割を引き継いできた他侯爵とは一線を画し、北侯爵は襲名制という名の肉体の更新によってノーシスを担い続けている。側近達は禍の気に耐性を持った重罪人たちであるという。悪に染まった心身とそれに溺れぬ強靭かつ柔軟な精神力を持った狡猾な極悪人ほど精神を保ち、やがて北侯爵を支える柱となり、北という立場で発言権を持つことで悪の才能を魔王のため敷いては国のために披露することになっていく。当然首輪はつけられていて鎖に繋がれているらしいが、細かいことを把握する必要はないと歴史が証明していた。そういうことにしておく。


「アルジ待チナガラ、皆ト過ゴシテバイバイシテ、マタアルジガ来テクレテ、災厄の種少シズツ減ラシテク。マダマダカカルケド、ズットズット続クノ嫌ジャナイヨ!嫌ナ奴イルナラブチマケルヨ!ザマアミロ!アハハ!」


 きゃっきゃとはしゃぐ北侯爵の言葉の指すところをあまり想像しないように聞き流しながら、細かいことは把握する必要はないのだとラテルロは己に言い聞かせた。

 兄上と同じ時を歩んでいるようだが、膨大な時間の積み重ね方は大きく違うらしい。ノーシスの精神は良くも悪くも中級精霊で、その心は人間のように成長することはないのだろう。

 精霊王という最終的な統治者が一貫していることもあるだろうが、東西南北各所がそれぞれに上手く噛み合わせられている。兄上という大きな螺子が此度引き抜かれることで生じる歪など恐ろしすぎて考えたくもない。が、そこは避けては通れない道なのだ。遠回りはさせてもらうとしても、喫緊の障害をどうにか避けさせていただきたい。


「本題ですがノーシス、僕の家族が兄上にご迷惑をかけそうなのでしばらく預かってほしいのです」

「兄上、ハ、アルジ?王太子殿下ノ家族、ハ、アルジノ家族?ボクハアルジノ家族!ミンナカゾク?メイワク?」


 混乱するノーシスに側近が耳打ちし、ノーシスにより発言を許される。

 カシムと名乗った側近はノーシスの名代を担っている側近統括らしく、恭しく一礼と紹介を済ませた後、事情の仔細をラテルロから引きずり出し、悪巧みに引きずり込んだ。


「イイヨ。ヤナ奴皆ツレトイデ!悪イ気持チハアテラレテタイテイ消エチャウヨ!ツイデニ色々抜ケテクケド、穏ヤカニナルヨ!」


 最終的にノーシスも快諾である。廃人と化すことを穏やかと称してよいのか深く考えてはいけない。

 それからしばらく精霊王に魔王が戯れ、側近達が王子を弄び、惜しまれつつ牢獄の山脈を後にした。





「__…殺ス、ノ?」


 かつて、荒れ地に災厄を撒き散らしながら幾度も遠征してくる殺意を嬲ってきた魔王は、害意のない人共を引き連れたうえたった一人で近寄ってきた少年に屈服させられた。


「いんやちまいの、ここらの土地はこれからオレが使う。出てけとは言わねえけど、おまえはどうなりたい?どうしてほしい?」


 下の下の中級精霊である魔王に精霊王は望みを問うた。神々しいまさに王であろう精霊の頂に相応しい尊く偉大なる力の根源が、ちっぽけで汚濁に塗れた下位精霊に。ああ、こんなことがあるだろうか。腐ってもまだ己は精霊なのだと、救われるような敬愛の感情が湧いた。

 精霊王が言うには、魔王がただ在るそれだけの荒れ地にこれから花が咲くという。鳥が囀り、人々が営むのだという。手当たり次第に汚し侵す悍ましい力を凪ぐことができるという。


「マダ、在リタイ。寂シクナイ、苦シクナイ、悲シクナイノガイイ。穏ヤカデアリタイ」


 安寧の化身たる闇精霊としての言葉だった。

 後々穢れきった歪みが表に出てきて多少諸々弄んだり嬲ったり悪癖を曝け出し爛漫たる暴虐の北侯爵に至るわけではあるが、概ね望みは叶えられる。

 法国に差し込まれた楔は精霊王によって窄められ、緩やかに錆び崩れた。法国の悪禍の供給は止まり、少しずつ発散させている災禍の蜜が尽きる日はやがて訪れる。惜しいような楽しみなような、不思議な気分で日々を漂っている。

 




 しばらくして、金色の輝きを失った陛下の瞳について、聖女を裏切るばかりか現王妃と共謀し王室から排したことによる精霊王の怒りの表れだという噂が貧民街の末端にまで駆け巡った。次いで、狂乱の王が聖女の息子である精霊王を妬み襲撃するという大事件が巷を賑わす事になる。

 権威失墜の王家は北に追い立てられた。


 若き精霊王は実父たる先王に視力を奪われるも精霊王たる御力で迷いなく王座への階段を上る。御前に傅く四侯爵は建国より変わらぬ忠誠を捧げることを高らかに誓い、民衆は精霊王の戴冠に沸きに沸いて歓声をあげていく。間にいた貴族たちは一様に恭順を示し精霊王の還座を祝福し讃えた。

 観衆に紛れていた聖女だけが重責を担い偽りの道を征く彼を想い嘆く。傍の息子は自責に駆られる母を優しく抱き寄せ慰めるのだった。

ウエスタン侯爵初代は飢餓難民。

サウザー侯爵初代は法国のわけあり精霊士?


New ノーシス侯爵歴代は元魔王。



東が未登場のままラテルロ戴冠。

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