33. 探検の終わり
ヤマダぁ何やってんだ
全力で突っ込んで刺す。それだけだ。簡単なことだ。
結界に囚われ棒立ちの蟻熊の腹部を狙い、神経を研ぎ澄ます。極度に集中しているためか、視界がゆっくりと流れていく。結界の明滅する間隔が長く感じる。
突っ込んでくる俺を待ち構える蟻熊も異様な二対の前脚を大きく振りかざす。大きく薙ぎはらわれた前脚は、またしても結界に阻まれて弾かれた。
今だ! 今しかない!
「死ね死ね死ね死ね死ね――!」
俺は迷うことなく、蟻熊の懐に潜り込み蟻熊の腹部から上向きに山刀を突き刺した。ずずと肉を裂く感触が手に伝わってくる。野生に鍛え上げられた筋肉に刃が阻まれるが、全力で捩じりこむように刃を前進させていく。突き進んだ山刀の刃は柄まで突き刺さった。
やった! やってやったぞ! いくら化け物でも腹から胸にかけて貫かれて生きてはいられないだろう。俺はやったんだ。英雄だ。俺は英雄になったんだ。
「ロアン! 見たか! や――。」
ロアンの方を振り向こうとしたところで、急に頭の両側面をがっしりと掴まれ、視界が凄まじい勢いで流れ始めたかと思うと、首に激痛が走り、バキリと奇妙な音が聞こえて俺の意識は途絶えた……。
意識が途絶えたと思ったら、真っ白の部屋に立っていた。何を言っているのかわからないかもしれないが、部屋の壁全てが真っ白なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
このくだり三度目だな。
「おお、ヤマダ。死んでしまうとは情けない。」
目の前の犬が、このセリフを吐くのも二度目だ。
「いちいち、情けないって言うの止めてもらえませんかね? えっと今回はやってやりましたよ。流石に文句無いですよね。少女を守るために、命を懸けて魔物を倒したはずですから。」
迷うことなく目の前の犬に話しかけた。慣れとは恐ろしいものだ。そんなことより、今の俺は褒められたくて仕方がないのだ。見た目は羽の生えた犬っころだが、実は偉い精霊らしいのだから世の中よくわからない。とにかく、こいつから褒められれば俺のテンションは爆上がりのストップ高間違いなしだ。
「当たり前のことをやっただけなのに、随分とご機嫌ですね。」
おや? 風向きがおかしいぞ。よくやった、って褒められる場面じゃないのか?
「いや、あの、その当たり前のことを当たり前にやることが大事なんじゃないかなぁって思ったりしてみたりなんかするわけでして。えっと及第点は超えたのではないかと自分では思ったりしてるんですが、あのそのどうですかね?」
十分、及第点だろ。優は無くとも良ぐらいはあるに違いない。これで落第なんて言われたら、俺のやる気は急降下してストップ安間違い無しなわけだが。
「何がどう? なのかよくわかりませんよ。あなたの事ですから、がんばりましたね、とでも言って欲しいのでしょうが。当たり前の事をやって褒められるのは子供だけですよ。いい歳して情けない事を考えるのはおよしなさい。」
俺は少しぐらい褒めてくれても良いと思うんだ。人のやる気を引き出すには飴と鞭を上手く使わないといけないんじゃないだろうか。飴が欲しい。なぜこの犬は俺に鞭ばかりくれるのだろうか。
「それに、少女を守ったと言いますが、危険な森の中に少女を一人にして守ったと言えるのですか? この後どうなるか想像できませんか?」
「あっ、えっと、その……。」
ヤバいヤバいヤバい。ロアンが魔物に殺されてしまう。血の匂いを嗅ぎつけた魔物どもに殺されてしまう。こんなところで遊んでる場合じゃない。
「は、早く戻らないと、ロアンが殺される。はやく、はやく戻してくれよ。もう誰も死なせないって誓ったんだ!たのむ!」
「えらい殊勝なことを言わはるようになりましたねぇ。落ち着いてください。もう事態は終息したようですよ。焦ったところで無駄です。」
なんだよ無駄って! にやけた顔で馬鹿にしやがって。
「無駄って何ですか!? 私は命懸けで守ろうとしたって言うのにそれを無駄って言うんですか!? いつもいつも馬鹿にして! 死んでも良いって言うから頑張ったのに! そんなに私が死ぬのが楽しいですか? 偉い精霊だかなんだか知りませんが、私のやる気を削いでどうしたいんですか? 本当はあんた悪神の手先で、俺が頑張ろうとするのを邪魔してるんじゃないのか? そうだ、そうに決まってる。そうじゃ無ければそんな言葉は出てこないはずだ。」
自分でも訳の分からないことを言っていると思うが、とにかくこの犬を罵倒したくて仕方がない。本当にこの犬は人をイラつかせることしか能の無い畜生だ。
「また訳の分からないことを言ってますね。落ち着いてください。誰もあなたの行動を無駄だなんて言ってないでしょう。それに何度も言いますが頑張るのは当たり前の事です。地球の神の御力をお借りしていると言う事を自覚なさい。こんな遊びで死なれても頑張りましたね、とは口が裂けても言えませんよ。」
「あそ、遊び……。」
遊びと言われてしまって俺は言い返すことができなかった。確かに、これはただの遊びだった。村に魔物が攻めてきたわけでは無い。森に遊びに行って死にました、で褒められるわけが無い。何で俺は褒められると思ったんだ……。
それにしてもちょっとした冒険ごっこで人が死ぬなんて、なんて嫌な世界なんだ。もう地球に帰りたい。本当にクソな世界だ。
「遊びとは言え、強敵に挑みかかろうという精神は称賛しましょう。ただ詰めが甘すぎましたね。それでは、もうお説教は終わりです。帰って現実と向き合ってください。それではまたお会いしましょう。」
いつも最後にちょこっとだけ褒めてくるよな。なんなんだよ。もっと褒めろよ。クソ! 犬のくせに偉そうに説教たれやがって。それはそうと、帰るのが憂鬱だなぁ。ロアンの両親にどんな顔して謝れば良いのかわかんねぇ。あぁ早く世界が滅びねぇかなぁ……。
そうして俺の身体は徐々に透明になり、意識も遠のいていった。
ヤマダを意気消沈させることに定評のある犬。
次回、ヤマダ、村に帰る




