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黒悦のフリントロック  作者: 猫丸 玉助
第1章 隔絶の少女
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第3話  暖かい涙

その後も少しの間、三人で釣りを続けたが誰も当たりが来ることなく、空腹が限界に達した所でお開きとなる。

もう、日は大分傾きかけており、そろそろ夕方になろうとしていた。


「さぁ、じゃあ飯にしようか」

大きく伸びをして立ち上がった。


「そうですね。ユノちゃんも一緒に食べてきますか?」


グレースはまだ竿を持ったまま立ち尽くしていたユノに言った。

ユノはその提案に言葉を詰まらせ俯く。


「私は・・・」


そんな固まるユノの尻目に少し強引に促してみる。

「昼飯がまだなら、って言ってももう殆ど晩飯か。まぁ、とりあえず一緒に食べてけよ。折角ユノが釣った大物なんだしさ」


その言葉に少しはっとした様子を見せてから、やっと頷いた。


「うん、じゃあ食べてく」


ユノの言葉を聞くとグレースと共にはすぐさま調理に取りかかる。

いつも間にこんなサバイバルな生活にもすっかり慣れたものだ。今では電子レンジやらがやたら懐かしく感じる。

魚を内蔵を取り出しに川の畔に向かった。



二人とも何やら忙しく動き始めたが、私は何をすればいいのかわからずにその場に立ち尽くして、近くに居たグレースを何となく見ていた。

木の枝を集めて来て、そこに置かれている板に枝を押し当て擦り付けている。

そのグレースの横にしゃがみ込む。


「火を点けたいの?」


グレースはこちらに気が付き、額の汗を拭いながら答えた。

「あ、ユノちゃん。そうです。ここら辺の木は火が点きにくいみたいでちょっと大変で」


それを聞いて私は思い付く。

「私に任せて」


そう言うとグレースに少し離れて貰ってから、薪に向かって右手を翳し、その手に意識を集中する。

やり過ぎない様に加減してから一気に放つ。

ボォッ!!


右手から勢いよく炎が噴射され、置かれた薪は忽ちに燃え上がった。

よかった。成功した。

それを見てるとグレースは歓喜の声を上げながら、こちらに手を叩いた。


「ほんとにユノちゃんは凄いね。術の天才ですね」


誰かに誉められたの初めてだ・・・。

そんな事を考えていると、妙な恥ずかしさが込み上げて来る。


「ううん。ありがと・・・」


どうすればいいのかわからずに俯いてしまう。顔が熱い気がする。

私はその不思議なむず痒さに耐えられなくなって、レンガのとこに行って来ると言い残して駆け出す。


突然、その場に残されたグレースはポカンと走り去るユノの背中を見ていたが、やがてクスっと笑った。

ユノちゃんは昔の私に少し似てるのかもしれない・・・。

そんな事を考えながら、優しい目で離れていくユノを見ていた。



今は魚の腹をナイフで裂き、そこに手を突っ込んで中身を掻き出している。

魚のサイズがデカイからその匂いもたま強烈だ。また手に残るブヨブヨした感触が気持ち悪い事この上ない。

そんな作業に顔をしかめていると、いつの間にかユノが隣に座り込んでいた。


「居たのかユノ。どうした、暇なのか?」


作業を一旦中断して、手を振りながらユノに向き直る。

ユノはその問いにゆっくりと頷く。

何か手伝いたいのかなと思い声を掛ける。


「そうか。でも、これはやめておいた方がいいぞ」

しかし、ユノは首を左右に振った。

「やってみたい」


そう言うと制止する間のなく、ユノは魚の腹に右手を突っ込んだ。


「あ! ユノ!」


そして、さっき自分がやっていた様に中身を掻き出してから、右手を抜いてこちらの方を見る。

あーやっちゃったな・・・。

こちらのそんな考えを他所に、どうだと言わんばかりの雰囲気を出している。


「ほら、出来るでしょ」

「いや、そういうことじゃなくてな・・・」


まだこちらの言ってる意味が掴めないのか、ユノは小首を傾げている。

そして、やっと気が付いたのか、例の右手をゆっくりと顔へ近づけた。


「・・・臭い」

ユノはその異臭を察知して、激しく顔を歪めた。

いつもの無表情からは考えられないその変な顔に思いっきり吹き出してしまう。


「はははっー! だから、言ったんだよ。ほら、そこの川で洗って来いよ」


そう言って笑いながら川の方を指差す。

ユノはその右手を顔から遠ざけながら、バタバタと川へ駆け出した。

そして、何度も手を濯いでから、再び右手を恐る恐る顔に近づける。


「・・・臭い」

本日二度目のユノの変顔に再び吹き出す。

ユノはその後も必死に手を洗っては嗅いでを繰り返していた。



下ごしらえも終わり、魚を適当なサイズに切り分けてから三人で焚き火を囲って焼き始める。

すると直ぐ様、少し離れた位置から大きい声が聞こえた。


「お! 何すか!? このいい匂いは!!」


シーデだ。さっきまで何をしても起きなかったのに、魚を焼く匂いで瞬時に起きたみたいだ。

木から一気に飛び降りる。そして、風の様な早さでやって来ると、しっかりと隣に座り込んで尻尾をゆっくりパタパタさせている。


「おまえは、どういう鼻してるんだよ・・・」

「あーー! 魚じゃないっすか! 大好物っす!」


こちらの憎まれ口もまったく耳に入っておらず、焼かれている物を確認すると歓喜の声を上げる。

ユノはいきなり現れたシーデを見て、明らかに動揺していた。


シーデもようやく見ない顔がいることに気が付き、こちらに尋ねてくる。


「お、誰っすか? この子。またレンガさんがナンパしてきたんすか?」


とんでもない事を言う。大体、俺がいつそんな事をしたのか教えてもらいたい。


「何言ってんだ! たまたま会って一緒に遊んでただけだよ。それよりちゃんと挨拶しろって、この魚だってこの子が釣ってくれたんだからな」


そう言うとユノに真っ直ぐ向き直って、いつもの通りに笑いながら言った。


「私はシーデっす! よろしくっすね~。それと美味しそうな魚をありがとうっす!」


もうすっかり魚を食べる気満々なところが実にシーデらしい。

しかし、この二人はだいじょぶかな。明らかに正反対な二人だが。


「私はユノ・・・。」


ユノは自己紹介こそ返せていたが、その様子は明らかに対応に困っている。


「大人しい子だから、そのおまえの馬鹿でかい声と下品な態度に引いてるじゃないのか?」

「え~そんな事ないっすよ~!」


そう言いながらも大股開いて、所謂猫座りをして今もデカイ声を上げている。

どの辺がそんな事ないのか知りたい。


「ユノっちは、多分私と同じくらいの歳っすね!」

ユノはその言葉に小首を傾げている。


「ユノっち? 私のこと?」

「そうっす! あだ名みたいなもんっすよ。嫌っすか?」


ユノはその言葉に少し驚いた顔を見せた。


「ううん、嫌じゃないけど、友達じゃなくてもいいの?」

そして、怪訝な顔をシーデに向ける。


「うん? どういうことっすか?」


シーデもその言葉の意図が読めないのか怪訝な顔を浮かべる。

そのやり取りを見てシーデをからかってやろうと口を開く。


「おまえが、あまりにもうるさいから友達は嫌って言ってるんじゃないか」

「あ~そういう事っすか! これは参ったっすね~」


シーデはそう言いながら楽しそうにゲラゲラ笑ってた。

こいつには嫌みとかがまったく通じないな。何か悔しいな・・・。

シーデを見てそんな事を考えていると。

ユノが少し焦った様な雰囲気で声を上げた。


「あ、そうじゃなくて。私たちまだ友達じゃないと思うから・・・」

俯きながら小さな声で呟いた。


「じゃあ、あたしとユノっちは今から友達でいいっすね! さぁ、早く魚食べるっすよ~!」


ユノはその言葉に驚きながら、ゆっくりと頷いた。

「うん」


すでに魚に夢中になっているシーデと怪訝そうな顔でそれを見ているユノを見てこの二人大丈夫かなと改めて思った。


そして、各々の皿に魚を取り分けて食事が始まった。

シーデは寝起きとは思えない程、物凄い勢いでがっついている。


「おい! シーデ、一人で全部食べるなよ?」

「そんな事はあたしは知らないっすよ! 早いもの勝ちっす」


まったくこいつは・・・。

次々と魚を頬張るシーデに深い溜め息を吐いてから、ユノに目を向ける。

ユノは皿を膝に持ったまま、静かに俯いていた。


「ユノ、嫌なら嫌って言って言いんだぞ。アイツも悪気はないけどあんな感じのやつだからさ」


しかし、ユノは首をゆっくりと左右に振る。


「私、友達とかあまりいないからよくわからなくて・・・。」


ユノは俯いたまま、ポツリと漏らした。

なんか、まずい事言わせちゃったかな・・・。

そんな空気を払拭する様に声を出す。


「でも、今日で友達三人も増えたじゃないか」


ユノは俯いていた顔を上げ、驚いた様な表情をこちらに向ける。

すると、突然グレースも話に入って来きた。


「そうですね。今日一緒に遊んだんですもの。もう皆、友達ですよ」

「そうっすよ! 細かい事は気にしちゃだめっすよ~」

「シーデはもう少し色々気にした方がいいと思うけどな。」


魚を食べながら大声で喋るシーデに言ってやる。

でも、ユノはそんな二人の言葉に少し微笑んでいた。

「うん」



友達か・・・。

私はみんなのいきなりの言葉に戸惑ったけれど、嬉しい気持ちになっていた。

ずっと夢に見ていた友達がサラ以外にも三人も出来た。

その事で胸がいっぱいだった。

すると、横のレンガが急に声を掛けてきた。


「それよりユノ。早く食べないとあそこの大食いに全部食われちゃうぞ」


多分、シーデの事を言っているんだろう。あの人はいっぱい食べるな。

この魚はそんなに美味しいのかな?

自分の皿の上に置かれている魚に目をやる。

いつもの部屋で出される以外の物を口したした事ないから少し不安だった。

それにさっきの匂いもある。でも、シーデがあんなに美味しそうに食べてるし・・・。

そう思って、ゆっくりとそれを口に運んで、少しかじってみる。


美味しい・・・。

それは今までに感じた事のない感覚だった。

自然と手が進み、すぐに全部食べてしまう。

すると、シーデが私に声を掛けてきた。


「お! ユノっち、いい食べっぷりっすね!」


そう言うとシーデは自分が持っている片方の魚の切れ身を私のお皿に置いた。

シーデがくれた魚を再び口に運ぶ。


「・・・おいしい」


その言葉は無意識に口から漏れた。

この食事は、今までのただ作業の様に食べていた食事とはまるで違った。

また食べたい。そんな風に思えた事は初めてだった。

そして、私の周りからは楽しそうに話す声が聞こえてくる。


「おまえが人に飯を上げるなんて珍しいな」

「そんな事ないっすよ! レンガさんには上げないっすけどね!」


友達と遊んで、一緒に食べるおいしいご飯・・・

私にこんな日が来ると思ってなかった。想像も出来なかった。

今日の事は全部、夢なのじゃないかと思ってしまう。

そして、目覚めるといつもの暗い部屋に居るんじゃないかと思ってしまう。


でも、これは夢じゃない。そうであって欲しい・・・

その時、頬を暖かいものが流れる感覚がした。

いつもはこの感覚と共に部屋に戻ってしまうけど、今回は戻らない。

これは夢じゃないんだ・・・。

すると、涙が次々と溢れて来て止まらなくなった。


「・・・うぅ・・・・う・・・」

「おい? ユノだいじょうぶか?! 喉に骨でも刺さったのか?」


レンガが心配そうに声を掛けてくれたが、上手く言葉が出ない。

ただ涙を溢し続けて嗚咽を漏らす事しか出来なかった。

そして、私は生まれて初めて思った

今まで生きて来て良かった・・・と。



そして、早い夕飯を食べ終わり、森の前にいるユノに向き合う様に自分達は立っていた。


「私、そろそろ戻らないと」


それは夕飯を済ませた後、ユノが唐突に口にした。

そして、今に至るわけだ。


「なぁ、ユノ俺たちと一緒に来ないか?」


夕飯の最中に涙を流していた彼女を見てずっと考えていた。

この子は何かあると・・・。

その何かはわからなかったが、今この子は辛い現状に置かれているのではないだろうかと。

そんな気がしてならなかった。


ユノは少し考えてからゆっくりと首を左右に振った。


「私には、やらなくちゃいけない事があるから」


その言葉を聞いて、隣のグレースが声を上げた。


「でも! ユノちゃん・・・」


グレースも何か勘づいているのだろう。彼女が声を荒げる事なんて滅多にない事だ。

でもそれを制止した。

ユノの言葉に強い意思を感じたからだ。


「レンガ様・・・」

「ユノにも何か事情があるんだ・・・ここは暖かく送り出して上げよう」

「はい・・・」

「また、ユノっちには会えるっすよ~。多分!」


シーデがいつも通り能天気に笑っている。


そして、ユノは最後にこちらをぐるりと見渡すと少し微笑みながら


「またね」


短くそう口にすると駆け足に森の中へ消えて行った。

その去り行く背中に心から声援の声を上げ続けた。



私はレンガ達の声を背中で聞きながら森の奥へ走り続けた。

あそこに留まりたい。そんな気持ちを押さえて走った。

やっぱり外の世界は楽しい事に満ち溢れていたんだ。

何度も死にたい消えたいと考えていたけど、今はそんな気持ちは少しもない、生きたい! もっと楽しみたい! そんな気持ちで溢れかえっている。

私は早く役目を終えて自由になるんだ。

その更に力を帯びた目標を心に抱いて、清々しい気持ちのまま森を走り抜けて行った。



「行っちゃったっすね」


シーデが小さく溢した。

グレースはまだ俯いていた。


「これで良かったんだよ・・・」


ユノが自分で決めた事を邪魔したらいけない、そう思う。

彼女のはっきりとした言葉に彼女の決意を感じたから。

頑張っている少女に心の中でエールを送ってから、振り返って歩き出す。

そして、最後にもう一度だけ振り返り、先程少女が掛けて行った森を見つめた。



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