第2話 穏やかな時間
あれは・・・誰だ?
レンガはその少女を見て、そんな疑問だけが浮ぶ。それは、初めてみる少女。
二つに結ばれた黒く長い髪の少女はスカートを風に靡かせながら無表情にこちらを見ている。この場の雰囲気に合わない格好をした少女は、何か不思議な空気を醸し出している・・・。そんな気がした・・・。
ふと尖った形状の耳に目がいく。あの特徴的な耳は人間のモノでは無く、この世界では所謂、亜人・・・エルフの少女のモノなのだと確信する。
近隣にエルフの村でもあるのかとも考えたが、その服装はあまりにも森の中では不釣り合いな、綺麗な身なり
でもあった。
「グレースの、知り合いか?」
隣にいる同じエルフの少女であるグレースに尋ねてみる。しかし、その問いに彼女はゆっくりと首を左右に振る。
「いえ・・・知らない子だと思います」
どうやら、彼女も知らない人間のようだ・・・。どうしたものかと思ったが、このまま勘ぐっていても、らちが明かないと判断し、少女へ近づいて声を掛けてみることにする。自分がゆっくりと近づくと、その少女は警戒するようにその身を固くする。
「こんにちわ・・・。こんな所で、どうしたの?」
変に刺激しないように、なるべく優しい口調を心掛ける。が・・・同時に自分は相当な人見知りなのだと思い出してしまい、警戒を強めた少女を前に、どうも言葉が辿々しくなってしまう。
これでは、端から見るとかなり怪しい誘拐犯にも見えてしまいそうな態度ではないか・・・。
すると、ぎこちない自分の様子に負けず劣らずの様子で少女はようやく口を開く。
「あ・・・いえ・・・私は、特に何も・・・」
目を反らしながら消え去りそうな音量で放たれた言葉に、明確な恐怖の感情を察する。
これは・・・完全に変質者だと思われたのかもしれない・・・。
そんな恥ずかしさと、哀しさにレンガの心はボキッと音を立ててへし折れた。
「そうなんだ・・・。なんか、ごめんね・・・。」
思わず自分の口から漏れた情けない言葉に、泣きたくなってしまう。そして、レンガは少女の前から逃げる様に退散する。
これでは、気の弱い変質者そのものである・・・。
「何でしたか?」
すると、肩を落として戻るレンガに、グレースはおずおずと尋ねてきた。
「よくわからないけど・・・あんまり、関わってほしくないのかもしれないね・・・」
「そうなんですか・・・。では、釣りを始めますか」
「・・・そうだね」
グレースはそう言うと深くは追求しないで会話を終わらせてくれる。それは彼女なりの優しさのなのだろうが、今はその優しさが辛くも感じた。
そして、凹む気持ちを切り替えながらも、川に向き直ると、背後の少女の存在はなるべく気にしない様にしながら竿を持ち、川へ餌を投げ込む。
「・・・」
「・・・」
二人は無言のまま、糸の先を只、じっと見つめる。
「・・・・・」
「・・・・・」
なんだが、居心地が悪いな・・・。
考えてみれば、グレースと二人になるのは久しぶりでだった。
普段は、シーデやドミヤといった騒がしいムードメーカーがいるのが当たり前になっているから、忘れていたが、そもそもグレースと二人の時って何を話していたか思い出せない・・・。
「・・・き、今日は天気が、いいね」
「・・・そう、ですね」
「・・・」
「・・・」
全く会話が続かない・・・。騒がしい奴等がいないと、こんな弊害が発生するものなのだと実感する。
そして更には、背後注がれているであろう視線。それが気になってしまって、余計に緊張は高まってしまう。
「なんだか、やり辛いですね・・・」
どうやら、グレースも同じ事を感じていたらしい。
「そうだな・・・」
そう言うと横目で少しだけ後ろに振り向いて見る。すると、やはり少女は先程と同じ場所で未だこちらを見つめて続けている。グレースも振り返ってそれを確認すると小さい声で尋ねて来た。
「・・・一緒にやりたいんじゃないですか?」
「そ、そうだったのかな・・・?」
先程のリアクションからは、とてもそうは見えなかった気もするが・・・。微妙な表情を浮かべている自分を見てグレースは再び口を開いた。
「では、今度は私が行ってみましょうか?」
「・・・え?」
グレースはそう言うとこちらの返事を待たずに少女の方へ歩みを向けた。大丈夫かなと内心心配しながらも、同じ女同士のグレースに任せた方がいいかもしれないとも考えた。
「こんにちわ」
グレースは少女の前までやって来ると柔らかな口調でそう口した。すると少女はゆっくりとグレースに視線を合わせ、しばらくしてから無言のまま首を縦に振る。
「あなたもエルフなんですね、私も同じです」
そう言うとグレースは自分の尖った耳をピンッと弾いて見せた。少女はその耳へと視線をずらすと、少し驚いた表情を浮かべる。
「あ、うん・・・。そうだね・・・」
そんな少女の小さな声を聞くと、グレースは柔らかく笑って見せる。
「ここで何をしたんですか?」
「え・・・ちょっと散歩してた、だけ・・・」
「この辺りに住んでるんですか?」
「・・・ううん。私は、その・・・違う・・・」
グレースはそうやって幾つか質問を重ねたが、返ってくるのはぎこちない返答ばかりだった。一瞬、嫌がられているのかもと思ったが、そうではない様子でもあった。その証拠に少女は、ぎこちないながらも返答はしてくるし、ここから動こうとする気配もないからだ。
そこでグレースは思い聞いて踏み込んでみることにする。
「ねぇ・・・良かったら一緒に釣りしませんか?」
少女はそのいきなりの提案に困惑の表情を浮かべた。
「え・・・でも、私はよくわからないし・・・」
そう言うと、少し寂しそうな表情を浮かべて俯いてしまう。
この表情からして嫌だというわけでは無さそう・・・。いや、寧ろこの感じは・・・。
そう考えたグレースはもう少し踏み込んでみる。
「大丈夫ですよ・・・。私も初めてだから、いきましょ!」
そう言うとグレースは返答も待たずに少女の腕を取って、歩き出す。少女は俯いたままだったが、グレースの歩みに抵抗する素振りはなく、グレースの歩み合わせて歩を進めていた。
なんだが、昔の自分を見ているみたい・・・。
村にも馴染めず、ヒトにも馴染めず、どうしていいのかわからなかった頃の・・・。みんなが遊んでいるのを只、遠くから眺めるだけだったあの頃の・・・。
グレースはそんな自分の幼少の時のことを思い出していた。自分と重なる少女。そんな少女だから、放っておく事が出来なかったのかもしれない。
「レンガ様、この子も一緒にお願いしてもいいですか?」
少女が付いて来た事と、グレースが初めて見せた積極的な対応に面食らって唖然としていた。だが、すぐに気を取り直して勿論、いいよと返す。
しかしよく、ついて来たな・・・。やっぱり、俺は不審者とかだと思われていたのか・・・。
そんな事を考えに至って、多少落ち込んでしまう。
そして、目の前で無表情に立ち尽くしている少女に再び声を掛けてみる。
「お、俺がレンガで、こっちがグレースっていうんだ。君の名前は?」
少女はこちらを交互に見て言った。
「レンガとグレース・・・」
いきなり呼び捨て・・・。少し、変な子だな・・・。それがファーストコンタクトの率直な感想だった。
まぁでも、無視とかされなかっただけマシかもしれない。
「私はユノ」
グレースはその言葉を聞くと彼女に優しく笑いかける。
「ユノちゃん、よろしくね」
そして、紹介を終えたタイミングでグレースに尋ねる。
「グレース、樹の術でもう一本お願いできるか?」
「はい、ではすぐにーー」
そうグレースが言い掛けた時、少女がゆっくりとに口を開いた。
「樹の術なら・・・私も、できる」
ユノの突然の提案に少し驚くが、彼女もエルフならば、それもまぁ自然のことなのかもしれない。
「じゃあやってみるか?」
そう彼女を促してみると、ユノはコクリと小さく頷き、少し緊張した様子で自分達から少し距離を取るように歩みを進める。
やがて、ユノは歩みを止める。しかし、彼女が止まった周囲は明らかに砂利しかない場所。そこは樹術を生かすにはあまり適切とは思えない場所だった。もちろん、彼女の手には木の枝も何も握られてはいない。
思わず、大丈夫かと声を掛けようとするが、次の瞬間。ユノの身体が急激に発光を始める。そして、更に一瞬、発光が強まった刹那。
ガサッ!!バキバキっ!
突如として、ユノを中心とした周囲の地面から大小様々な無数の低木が、まるで竹藪の如く、凄まじい勢いで飛び出した。
無造作に伸びた並んだ木々はその身体を擦り付け、軋むような音と共に幾多の葉っぱを舞い散らせる。
そんな想像を越えた事態にレンガは唖然とその場に固まっっていた。それは勿論、グレースも同じであった。だが、それは無理もないことであった。
ユノの・・・彼女が平然と繰り出したその術はレンガは勿論、グレースでさえも見たこと無い程のスケールの術だったからだ。
やがてユノは、そんな二人の様子に気が付くことも無く、レンガ達が手にしている竿と同じ位の枝を一本だけむしり取った。すると、それを合図に先程まで周囲にざわめいていた低木が一瞬で地面の中に吸い込まれていくように姿を消す。
その光景にレンガもグレースもただただ目を丸くして、声も出せなかった。やがて、ふと我に返ったレンガがその時間を進める。
「グレース・・・術って、何も無い所でも出来たりするものなのか?」
未だ驚きの表情を隠せないままのグレースは、その言葉を受けると、ブンブンと何度も首を左右に振った。
「いえ、聞いたことも見たこともないです。でも・・・それは私が知らないだけで、そういう才能を持ったエルフもいるのかもしれません・・・」
なるほど、彼女がその類いまれのない才能を持つ人間ということか・・・。
レンガは未だ、この世界の常識には疎い人間ではあったが、これまで様々な術や術具を見てきた。しかし、彼女が見せた今の術はもはや次元が違うと、感じることが出来た。
言うなれば、おもちゃ鉄砲と本物の兵器程の違いを見た、そんな感じだ・・・。
ユノはゆっくりこちらに戻ると、手にしている枝を差し出してくる。
「これでいい?」
レンガは未だ驚きが抜けきっていない状態で、それを受け取る。
「う、うん、ピッタリだ。それにしてもユノの術は凄いな・・・。何か特別な練習でもしてきたのか?」
受け取った枝に糸を備え付けながら、彼女にそう尋ねてみる。
「ううん。何も、ないから・・・」
先と同じように素っ気なく返答した、彼女の様子に少し歯切れの悪さを感じたが、気のせいだろうか・・・。
そして、湖に向かって三人横で並びになると、ようやく念願の釣りを再開する。
こうやって並び立って釣りをしていると、それだけで自然と楽しい気分になるような気がしてくるのは何故だろうか。
思えば、こうやって複数人で同じことやり、同じ時間を共用する機会なんて随分と久しぶりな気がする・・・。
いつの頃か、自分が周囲と波長が合わなくなったのか、自ら近づかなくなったのかはわからない。でも、中学に上がった頃くらいからか、そういった機会は徐々に減っていき、高校を卒業する頃にはもはやなかったといってもいいくらいになっていた。ふと、臼寒い青春時代を思い出し、気分が冷却されていくのを感じて頭をかぶり振る。
今は、そんなことを思い出さなくていい。それよりも、今の時間を楽しめ。これから雰囲気も盛り上がって来るに違いないのだから。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
しかし、現実は無情であった。三人の間に無言の時間が流れていく。
そして俺が一つのことに気が付く。自分、グレース、ユノ。この中に雰囲気を盛り上げるのが上手な人間など一人もいないのだということに・・・。
更に、この事態に拍車を掛けるかのように、一向に誰の竿にも動きがない。只、時間だけが流れていく。
これでは、楽しい雰囲気どころか、気まずさが勝ってしまう・・・。
「こ、これは、なかなかに釣れないな・・・」
「そうですね・・・。まだ、誰もこないですからね」
「・・・つまらない」
ユノの見も蓋もない事をはっきりと言って述べる。そんなあまりの辛口の感想に苦笑いを浮かべるしかなかった。
何だか大人しい子なのか、はっきりしてる子なのかよくわからない子だな・・・。
そんな感想を抱いていると。突然、ユノの竿が大きくしなり、座っていたユノの腰が軽く浮き上がった。
バシャバシャ!
ユノが糸を垂らしている水面で何度も激しく飛沫が上がる。
竿を持って引きずられない様に立ち上がって踏ん張りながら、突然の竿の異変にその目を白黒させている。
「え! え! どうしたらいいの?」
「そのまま、ちょっと待ってろ!」
そう言ってグレースと二人でユノの竿を三人係りで持つ。
「ユノ、グレース せーので思いっきり竿を後ろに引っ張るぞ」
二人はその言葉に静かに頷く。
飛沫の上がる水面を観察して、魚の振り替えしタイミングを計ってから一気に合図を出す。
「せ~~~の!!」
三人は渾身の力で竿を引っ張ると、そのままの勢いで水面から魚が飛び出した。
バシャー!
地面に転がって跳ねる魚を見るとそれはかなりの大きさで、少し小ぶりカジキマグロ位の大きさがあった。
こんなのが川にいるのか。それに、よく竿が折れなかったな・・・。
そう思って、今はユノの手の中にある竿に目を向ける。
あの強力な術で出来た枝だから特殊な何かがあるかもしれないな。
「凄いな。ユノ、これはとんでもない大物だな」
「ほんとに凄い! 今日は術も釣りも大活躍だったね」
肩で息をいながら胸に手を当てるユノに言うと、少し照れる様にほんのりと頬を紅らめていた。
「ううん。二人のお陰・・・」
ユノはそう呟くと、目を閉じ小さく息を吐いてから少しだけ微笑んだ。
今日、初めて見たその透き通る笑顔は、雪原に咲く小さな花の様に美しく儚げだった。




