第44話 それぞれの今日
「どうか、よろしくお願いします・・・」
グレースとガラティアは看護係りと思わしき女性に深々と頭を下げた。
ここは解放軍の村内の怪我人を収容する施設で、所謂病院に近い施設だ。
だが、医療がそれほど発達していないこの世界においては、治療を行う場というよりは療養を行う施設といった方が正しい。
そこへ手製の担架に乗せられ、収容されていくのは獣人の少女シーデ。先の王国聖堂の戦闘にて深手を負った彼女の容態は相当に酷いものだった。
全身に数えきれない程の裂傷、未だ外れたままの肩、更に外れたままの肩を無理に酷使した結果、その腕はもがれかかっており、誰が見ても重体と人目でわかる程だった。
しかし、彼女は何とか一命は取り留めていた。それは一重に睡眠を取ることも惜しまずに一晩中治癒の術に専念していたグレースの功績によるモノであった。
「さぁ、グレースさん・・・私たちも少し休みましょう・・・。」
ガラティアは隣で頭を下げたままでいる少女に声を掛けると、疲れた目を軽く擦る。
王国から脱出してから彼女たちは一睡もすることなく、解放軍の村を目指して走り続けた。その結果、目的地へは正午過ぎには辿り着くことが出来ていた。
だが、その見返りとして二人の精神も肉体もボロボロとなっていた。
ようやく、ゆっくりと顔を上げたグレースさんの顔も酷いモノであった。恐らくは、自分も同じような顔をしていることだろう・・・。
やがて、二人は重い身体を引きずるようにゆっくりと歩き出す。普段ならば清々しく感じる強い日差しも、今は自分達の疲労を更に煽るだけの煩わしいものに感じる・・・。
ガラティアにはまだ、最後の一仕事が残っている。解放軍のリーダーであるエギルに今回の作戦の報告を済まさなければならない。それを終えてようやく任務完了あいなる。
今回の任務は、当初より一筋縄ではいかないモノだと覚悟はしていた。しかし、実際はそんな自分の想像を一回りも二回りも越える壮絶なものとなった。今に思えば、三人とも生きてここへ帰ってこれたこと事態が奇跡にすら思える。とはいえ、無事に、とは到底言いがたいが・・・。
《ヒトの世で生きて来たティアさんにはわからないことっす》
戦闘の節でシーデさんが放った言葉が再び、脳裏に木霊する。そんな彼女が心の底から放ったであろう一言が心を深く抉り、自分の甘っちょろい考えを露呈させていた。
自分達、ヒト種による亜人種の圧政が続くこの王国。そんな世界を嫌い抜け出し、亜人種と共存の道を模索して、私は手を差し伸べた。
しかし、その手は彼女の心の叫びと共にあっさりと払い除けられてしまった。
勿論、ガラティア自身、長きに渡る種族間の確執がそんな簡単に解消されるとは思ってはいない。だが、そんな確執を感じさせられなかった時間を、一時にせよ彼女達と共有出来ていたからこそその反動も大きかった。
王国で過ごした楽しい数日間・・・それはいまや風化を始め、もはや幻であったかのような感覚さえ起こさせていた。
彼女はどう、考えているのだろう・・・。
そう思い、隣を歩くグレースさんの顔を横目で伺い見る。今、彼女は視線を地面に落としたまま、疲れた表情でただ歩みを進めている。その暗い表情は深い疲労から来ているモノなんのか、判別はつかない。
ただ、無言にて歩く二人の間に言い様のない、ピリついた空気だけが漂っている。そんな気配だけは感じ取っていた・・・。
すると、村の入り口付近で幾つもの騒がしい声が聞こえて来る。外部から誰かが来たようだ。
「よしよし、どうどう」
ドミヤは解放軍の村の広場へ辿り着くと、ここまで自分達を運んでくれた馬に感謝の気持ちを込めて、その太い首を何度も撫でた。
ドミヤとユノを乗せた馬が広場に止まると、大勢のヒト達が集まってくる。その中にはドミヤが一時手伝っていた鍛冶屋のヒト達の姿もあった。
「お疲れさま、ドミヤ!どうだ?収穫はあったか?」
「よぉ!無事に戻ってくくれてよかったよ!」
「王国の様子はどうだった?」
すると、馬から降りるドミヤの背中に次々と言葉が投げ掛けられる。
「あー!そんなに一編に言われてもわかんないでさ!ちょっと待つでさッ!」
そう言うとドミヤは頭を激しく頭を振り回しながら、ユノを馬から下ろす。
休憩も挟まずに、ここまで辿り着いたドミヤは今、疲労と空腹と眠気で非常にピリついていた。迎えに出向いてくれた彼等に悪気が無いのは重々承知していたのだが、ついついキツい口調になってしまう。
すると、そんな彼等に向き直った視線の先に、よく見知った人物が駆け寄ってくるのが見えた。
「姉さん・・・」
それは自分達とは別行動を取っていたグレースとガラティアであった。
「ドミヤちゃん、ユノちゃんおかえりなさい」
「二人とも、お疲れさま」
二人は微笑みながらドミヤ達の前で足を止める。
「姉さんもガラティアさんも、お疲れさまでさ・・・」
ドミヤは二人に少し歯切れの口調でそれに答える。
すると、グレースはキョロキョロとドミヤ達の後ろを何度も伺う様に見る。ドミヤはグレースのその行動の意味をすぐに理解する。
そして、すぐにドミヤの予想通りの言葉をグレースは口にした。
「あれ?ドミヤちゃん、レンガ様は一緒じゃないんですか?」
その言葉はドミヤの心を一瞬で重くさせる。
なんと説明すればいいんでさか・・・。
レンガに一番の信頼を置いているのは彼女。それはドミヤの目から見ても明らかだった。そんな彼が未知の竜に追われたまま、行方も生死も不明だなんて・・・。どう伝えればよいものか・・・。
「・・・。」
言葉は見つからずドミヤは俯き押し黙ってしまう。
勿論、自分達が彼に何かをしたわけでは無い。だが、同時に一緒に行動していた自分に一切の責任がないとはいえなかった・・・。
すると、グレースは何かを悟った様子で、ゆっくりと震える声を上げる。
「え・・・レンガ様は、まさか・・・」
一瞬で青ざめるグレースの脳裏には最悪の想像が掻き立てられていく。
つい先日まで死闘を演じていた彼女にとって、その結論に行き着くまでそう時間は掛からない。だが、ドミヤはその飛躍しているであろう、グレースの考えをすぐに見抜くと、やや大袈裟なジェスチャーでそれを否定した。
「あ、いや!それは違うでさッ!姉さんッ!そうじゃないんでさが・・・」
ドミヤは彼女を励ます様に強く否定の言葉を口にする。しかし、その後に言葉は続かず語尾はまた、次第に萎んでいく。
するとそんな二人の様子を黙って見ていたガラティアは、宥める様な優しい口調で間に割って入った。
「何があったかはわからないけれど、今はお互い落ち着きましょう。ドミヤさん達も昼食はまだなんでしょ?続きはそこでゆっくり話しましょう。こっちも色々あったから・・・」
その言葉を受けて、ドミヤとグレースは無言のまま頷いた。
やがて、そんなただならぬ様子を遠巻きに見ていた村の人々は、ポツポツとその場を後にして行く。
そして、ドミヤ達一同もガラティアの案内のまま村の食堂へと歩みを向けていく。お互い、一人ずつの欠けたままの仲間の現状もわからないままに・・・。
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ザザーン・・・ザザーン・・・
レンガは瞼越しに感じる眩しさに眉を顰めながら、ゆっくりと目を開けた。
直射日光に長時間晒されていたのだろうか、視界は強い白さを帯びてよく見えない。レンガはその具合を解消する為に何度か強く目を揉み解してみる。
すると、次第に視界は回復を始めた。
そこは波が穏やかに打ち寄せる純白の砂浜だった。その一角にレンガは海水浴に来て昼寝をしているかの様子で横たわっていた。
俺は、こんな所で何をしていたんだ・・・。
記憶が少し混乱している。目覚めたばかりなのか、頭が上手く働かない。しかし、そんなボヤける思考の中で、これと同じ状況があったような不思議な既視感だけは抱いていた。
そんな妙な気分を抱きつつも、身体を起こそうと上半身に力を入れる。すると。
身体の関節が痛むのを感じた。それは怪我をしたというものでは無く、風邪で発熱する前に起きる類いのものだ。
「こんな所で寝ていたから風邪でも引いたか・・・」
額に手を当ててみるが、今のところ熱は無さそうだ。
まだ気温がそこまで低くないにしても、一晩海岸で寝ていたら風邪の一つでも引いてもなんら不思議では無い。この世界にあるかはわからないが、インフルエンザのようなものになりでもしたら死活問題になりかねない。ここは薬があるかすら疑わしい世界なのだ。
今までそれなりの修羅場を潜り抜けて来たのに、死因が風邪なんて事になったら情けなすぎる。これからは気をつけないと・・・。
続けて入念に自分の身体の隅々を確認してみる。特に深い傷を負っていたりはしないようだ。
「さて、俺はこんな所で何をしていたのやら・・・」
そんな独り言を漏らしながら、何となく首筋に手を当て軽く首を鳴らす。その時、ふと昨晩の記憶が蘇る。
そうだ! 昨日の夜、昨晩もこうやってここで目覚めた筈だ・・・。
そう思い出すと、欠落していた記憶が次々と蘇ってくる。
黒い竜に追われて、崖から落ちて・・・ここで目覚めたんだ。それから・・・森に入って暖を取って・・・ッッ!!!
そこで、全てを思い出す。昨晩起きた悪夢の全てを。
ヒュンッッ!!
僅かな金属音を含んだ風切り音を聞きながら、レンガは女のなぎ払う鎌を潜り抜ける様に滑り込むと、その勢いに任せ更に女への距離を縮めた。
後、古式銃の残りは2発・・・。だが、この距離ならッ!!
すでに女との距離は2メートル程。レンガは一瞬、このまま射撃しよとも考えたが、その考えを引っ込めまた別の行動へ出た。
野球のスライディングのような格好のまま、更に足を突き出し脚部へとぶつかり、そのまま相手の足を捻る様に足を絡めたのだ。
「ぐッ・・・」
女は短い悲鳴と共にその場に盛大に倒れる。更にその衝撃で相手の唯一の獲物である大鎌が持ち主の手を離れたことを横目で確認した。
しめたッッ!!
レンガはすぐさま体勢を整えると、未だ横ばいに倒れたままの女の額目掛けて銃口を突きつける。
女もすぐに怒りに燃えた表情でこちらへ向き直ったが、それも一瞬のことで、ピタリとすぐにその動きを止めた。
「勝負ありだ!」
そう高らかに宣言すると、真っ直ぐに女を睨み付ける。女も負けじとレンガの瞳を睨み返して来たが、揺れ動いたその瞳の奥には僅かな怯えも感じられた。
もう、今の状態ならば身体能力がうんぬん等、もはや関係が無い。レンガが指に力を込めれば、一瞬にして全てが終わるのだから。
「くそ、侮ったか・・・」
女は悔しさを吐き出すように、低い声で唸る。女は動きこそ止めてはいたが、殺気はまるで衰えてはいなかった。
まだ何かのチャンスを伺っている・・・。そんな風にさえ見えた。レンガは今の体勢を崩さずにじっと考えていた。
それからどうする・・・この女に退く様子はないみたいだ・・・。
だが、もし退く様子を見せた所でどうする?牽制しつつ逃げるのか?ダメだ、それでは先程の状況に逆戻りするだけじゃないか・・・。
テレビや映画なんかじゃ、こんな時、一撃を加えて相手の意識を断ったりしているが、そんなのはやったことが無い。・・・では、どうする?
葛藤を続けるレンガの中に突然、一つの答えを告げる様に低い声が響く。
《悩む必要など無い。今の状態のままそっと指を九の字に曲げる。只、それだけでいいんだ》
それはもう一人の自分、なんかでは勿論無い。この策に考え至った時から明確に浮かんでいた答えの一つを復唱しただけの声。レンガは無意識化にその行動を避けていたこそ聞こえた自分の声、そのものだった。
今、レンガは再び他者を殺めるという分岐路に立たされている。
よく戦争の中では人は他者を殺めることには慣れていくというが、それは誰しもに当てはまる訳では無い。
兵士は少なかれ戦闘へ向けて訓練を詰んでいる者だ。戦術を学び、殺陣を学び、精神を鍛えて、初めて戦地に立つものだ。更には上官の様な自分より上の階級の者から、戦闘=殺人では無いと深く刷り込まれ、罪の意識の捌け口も受けている。
その効果は絶大で実際に過去に行われた某実験でもその効力は実証されている。
ともあれ、そんな事を経て、兵士達は戦場へ慣れていくものなのだ。
だが、レンガは違う。平和な日本という国で育ち、争いとは程遠い生活を重ねてただけの普通の人間。更には、彼が暮らしていた環境では人を殺める事=絶対悪と深く言い聞かせられているのだ。
そんな人間が一種の身の危険を感じた興奮状態の中とはいえ、数人の人間を殺めれば自分の中から罪の意識が沸々と湧き上がって来るのは当たり前のこと。
その事を考えずに振舞っていた頃ならまだしも、一度のその罪に振り返ってしまえば、もう目を瞑ることなど出来やしないのだ。
更に加えれば今、レンガが銃口を向けているのは自分とそう歳も変わらないであろう丸腰の女性。今まで相手のような闘いに身をおいていた無骨な兵士達とは根本的に違っている。
乱戦の最中であれば、引き金を引くことも出来たかもしれないが、現在の圧倒的に優位な自分の立場が更に自分の指を固く詰まらせる結果にもなっていたのだ・・・。
・・・くそ。他に何か、何か方法は無いのか・・・。
出来れば撃ちたくない、殺したくない。そんな考えが頭の中を呪いの様にグルグルと駆け回る。
だが、均衡状態を打破する方法は他には在りはしないと、レンガに呼び掛けてくる。
やがて、レンガはそんな葛藤に押し潰された様に低い呻きを漏らした。
「くッ・・・」
そして、一瞬その視線を女から逸らす・・・。女はその一瞬の変化を見逃しはしなかった!
ビュンッ!!
女は鞭のようにしならせた腕で自分へ向けられていた古式銃をレンガの腕ごと振り払った。激しい骨と骨がぶつかり合う音と共に、女の手の甲がレンガの手をグリップごと捕らえる。
「なッ!?」
レンガは女の突然の行動に全く反応することは出来ず、弾かれた衝撃で思わず古式銃を手放してしまう。
しまったッ!!
持ち主の手を離れた古式銃はクルクルと回りながら弧を描いて遠く投げ出される。レンガは咄嗟の条件反射からその場から飛び退き、装填されていないもう一丁の古式銃を銃身を持ち、構えた。
ちくしょうッ!!俺はなにをやってんだッ!!
猛烈な後悔の念だけが脳内を木霊する。しかし、幾ら後悔した所で状況は待ってなどはくれない。
すぐに気持ちを切り替えると、女の次の攻撃に備え身構える。だが、その女の姿が突然、視界から消える。
「ッ!?」
焦りつつ、視線を巡らせると、見つけた・・・。そこは自分の足元、すでに目と鼻の先に身を低く構えた女がそこにいた。
「このッ!!」
レンガはすかさず古式銃のグリップにて殴りかかる。しかし、そんな苦し紛れの攻撃はあっさりと避けられてしまう。すると、女は身を翻したまま流れるような動きで、掌を突き出した。
「あぐッッ!!」
突き出された掌打はレンガの下顎を貫く。人体の急所に一撃をもらったレンガの視界はぼやっと大きく歪み、意識の殆どが刈り取られる。
やがて、全身の力を失ったレンガは前のめり倒れ込み、女の肩にうな垂れるようにもたれ掛かった。
そして、薄れ行く意識の中で静かな声が聞こえた。
「・・・惜しかったな、では頂くとするよ・・・」
・・・そうだ。思い出した。俺はあの夜、襲われて、そして敗れたんだ。
全てを、悪夢の夜の出来事を思い出したレンガの身体は小刻みに震え始める。圧倒的優位に立ちながらも、自分の中の恐怖に屈服し、形勢はあっさりとひっくり返されたのだ。
しかし、それならば何かがおかしい・・・。
「俺は今、何故、こうやって生きている?」
あの時、確かに女の掌打が自分の意識を完璧に刈り取り、その最期の瞬間、女の唸るような死刑宣告のような呟きも聞こえた。じゃあ、では何故、自分は無事でここにいるのか?
あの女は、自分に対して何かしらの明確な殺意を持っていたことは確かだ。あの後、自分は意識を失い、ただの人形に等しい状態だった筈、それならばヤツの言葉通り喰うなり殺すなり自由だった筈なんだ・・・。
だがしかし、現在の自分は死ぬどころか、怪我の一つも負ってはいない様子。これはどう考えてもおかしい。
まさか、昨晩の事は全部夢だったとでもいうのか・・・?そんな、馬鹿な・・・。
そんな事にグルグルと頭を巡らせていると、背後で何かの物音が上がった。
「・・・やっと目が覚めたか」
レンガはその音の方へ振り返り、目を見開いた。なんとそこには昨晩の大鎌を持った女が立っていたのだ。
「お、お前ッッ!?」
レンガは予想外の人間の登場に身を固くし、一気に警戒心を高める。腰の古式銃のホルスターへと手を伸ばすが、そこに古式銃は無かった。
「残念だったな。お前の武器は今、私の手の中だ」
そう告げると、言葉通りレンガの古式銃とナイフは女の手の中にあった。
「お前、何のつもりだ。何故、俺を生かしている・・・」
「なんだ?お前、死にたかったのか?」
女はレンガの問いを鼻で笑った。
レンガ自身、勿論死にたかった訳では断じてない。しかし、理由も分からず、危害も加えず生かされている今の現状には不気味さを感じざる得なかった。
やがて、鋭い眼差しのレンガに女はふぅとため息を吐く。
「まぁ、そう怒るな。もう、私はお前をどうこうするつもりは無い。それに今は、空腹なんだ。まずは飯にしよう。お前も腹は減っているのだろう?」
すると女はそんな自分の様子は他所に無警戒にも自分の正面へ腰を下ろすと、手にしていた幾つかの果物と思わしきモノを自分の前へ転がした。
「取り合えず、お前も食べろ。話はその後だ・・・」
そう短く言うと、此方の返答も待たずにその一つを齧り始めた。
全く意味がわからない・・・。この女、どういうつもりだ・・・。
確かに、この女の言葉通り、昨夜のピリつくような殺気は、今は微塵も感じられない。寧ろ、穏やかと言ってもいい程、ゆったりとした様子だ。
だが、反ってそんな様子が更に不気味さを掻き立ててもいた。
「お、お前・・・俺を殺しに来たんじゃないのか・・・?」
「もう、その気は無いと言ったろ。安心しろ・・・」
全身の神経がはりつめる程に緊張感を高めている自分を他所に、そんな事を意図も簡単に言って退ける。
そして女は、目線を此方へ向ける事もなく、のんびりと食事をとっている。確かに、今の様子から見るに敵対の意思はなさそうだ。しかし・・・。
「・・・食べないのか?」
「・・・。」
女は食事の手を休めることも無く、チラッと視線だけを此方へ向ける。
確かにこの果実の量は明らかに二人分だ。コイツはわざわざ自分の分の食料まで取ってきてくれたってのか・・・。
この女が言うように、確かに自分は空腹ではあった。だが、コイツの意図がわからない以上、自分を殺そうとした相手とのんびりと一緒に食事できる程、俺は能天気じゃない・・・。
やがて、女は食事の手を一旦止めると、はぁと短く息を吐いた。
「全く用心深いヤツだな・・・。わかった・・じゃあ一つ、聞こう」
そう言うと、女の血のように赤い二つの目が自分を捉えた。不気味さを宿す、紅い瞳に見入られて、今まで感じたことの無い不思議な感覚に陥る。
コイツ・・・何も言い出すつもりだ・・・。
俺は警戒心を更に高め、固唾を呑んで待つ。
「お前は、ヒト種でも亜人種でも無いな? お前は何者だ?」
「え・・・」
女が投げ掛けてきた言葉は意外なものだった。
だが・・・その内容は自分も最近知らされたばかりのモノだった。
「なんで・・・お前がそれを知っている・・・。」
「やっぱりな・・・私にはお前の血の味ですぐにわかったぞ」
「血の味って・・・まさか、やっぱりお前・・・俺に何かしたのか!?」
そこでレンガは昨夜の女の言葉の一つを思い出す。
「昨夜、お前は俺の血を吸うとか何とか言っていたな?」
「ああ、言ったな・・・」
女は簡単に肯定してみせる。
「お前は・・・吸血鬼、ヴァンパイアなのか?」
「キュウケツ何たらは知らんが、確かに私はヒト共にはヴァンパイア種、そう呼ばれているらしいな・・・」
やっぱりだ・・・ドミヤが言っていたヴァンパイア種がコイツの事で間違いないようだ。そこで昔、本か何かで読んだ吸血鬼の特性について思い出す。
「なら俺を生かした理由・・・それは、俺の血を吸って自分の配下にでもしたって事か?」
吸血鬼には確かそういった能力があった筈だ。血を吸った人間を自分の意のままに操ることが出来ると。
もしそうならば、自分はすでにこの女の傀儡にされているのかもしれない。
だが、レンガのそんな心配を他所に女はぷっっと吹き出した。
「ふふふ、なんだそれは? そんな事出来るわけがないだろう」
「ああ?出来ない?じゃあ、何で、俺を生かしたままにしておくんだ!」
更にすごむ様に睨みつけるレンガをチラリと見た女は、再び大きくため息を吐く。
「お前はどうしてもそれが気になって、仕方がないみたいだな・・・」
「当たり前だ。いきなり襲われて、今のこの状況・・・気にしない方がどうかしてるだろ」
女はわかったと告げると、今噛んでいた果実をゴクリと飲み込み、此方へ向き直る。そして、はっきりと告げた。
「お前は・・・私の同族だ」
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陽日が差し込む書斎の窓際に一人の男が佇んでいた。
窓の外に見えるのは早朝の静かな時間からいち早く一日の活動を始める人々の姿。しかし、男はそんな光景には目は向けず、遥か遠くの空を只、無心に見つめていた。
すると、そんな静かな時間を打ち破るように、一人の訪問者が慌しげに部屋に訪れた。
「おはようございます。エギル様。只今、王国の民衆に紛れている草の一人から伝法が届きました」
男が手にしていた一枚の紙切れを広げる音と共に、エギルは窓から踵を返す。
「昨夜、聖堂にて大規模な火災が発生し、周囲は混乱状態になっており、厳重警戒態勢がしかれている模様です」
その報告を受けたエギルは小さく頷く。
「その報告はすでに当事者のガラティアから受けている。それよりも、東の城門の方はどうか?」
「はい。同刻に実行された城門の崩落作戦は成功。予定通り、東門を完全に破壊しました。実行者は12名の全員が死亡。捕縛者はありません」
「例のモノの効力は?」
「はい。現場の野次馬達に紛れていた草の報告によると、その効力は絶大で、終始複数の王国衛兵を圧倒したとのことです」
「そうか・・・それならば、実戦への配備も可能になるな」
「はい。その準備も急がせます」
男の言葉を聞くと、エギルは無言で頷いて見せた。
「その他は、王国内は宮殿と東門の警備を固めている以外、変わった動きはない模様です。ですが恐らく、王国外へ出ている兵達には早急に帰還命令が出されるものだと予想されています」
「まぁ、勿論そう出てくるのが当然だろう・・・」
ポーカ王国は所謂、一枚岩の大国だ。支援などを受ける他の国家などは一切存在しない。だから、その王国が何かしらの攻撃を受ければまず、王のいる王宮の護りを固めるのが最優先となる。
これに比べて解放軍はその本拠地の所在はまだ完全には特定されてはいない。これは戦力では圧倒的に劣る解放軍の唯一のアドバンテージといっても過言ではなかった。
「まずは予定通りだな・・・」
そう短く呟くと、エギルは再び外の世界に目を向ける。そして何かを考えるように、遠い空へと目を走らせる。
「エギル様・・・今後、どうなさいますか?」
男の低い声が耳届くと、少し時間をおいて・・・やがて口を開く。その何かの決意を固めた横顔にはいつも見せていた柔らかな雰囲気は欠片も無い。
「今こそが、頃合か・・・」
そう呟くと、部屋の中央の机に据えられている地図に歩みを寄せる。
「今より進軍の準備を始める。強襲地点はここと、ここだ」
そう言うと、地図上にある王国の北東と南東の二つのポイントにそれぞれ駒を並べる。そこには王国の何かの施設があるのか、地図上にも大きく×が記載されていた。
そして、エギルは続けて北東のポイントを指差して男に告げる。
「此方の部隊は例のモノで構成した亜人種で固めろ。もう一つは、混合の編成部隊で行く」
「ハッ!では、すぐにその部隊の編成に取り掛かります!」
「後、亜人種の指揮はフューリに任せる」
「あのハーピー種の少女にですか?彼女にそんな大役が勤まりますかね?」
「その点は問題ない。彼女がもっとも我々の計画を理解してくれているからな」
男はエギルの言葉を受け取ると、やがて強い眼光にて素早く敬礼すると、足早に部屋に退出して行った。
再び、静寂が訪れた一室に残されたエギルは窓付近に備え付けられた自分の机に歩みを向ける。そして、その引き出しの一つを開けると、一枚の伝令と思わしき紙切れを取り出し、その紙切れに書かれた文章を目で走り読む。
「ゲオルグ・・・貴様の時代はやがて終わりを迎える・・・」
そう低く唸ると、その紙切れを無造作にクシャッと握りつぶした。その握りつぶされた紙切れの端には王国の紋章とその横には短く文字が記されていた。ゲオルグ王と・・・。
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「・・・同族?」
女が発したのは予想の斜め上をいく言葉だった。一瞬、何を言っているのか理解が追い付かず、頭の中でもう一度復唱してみる。
同族・・・。それは同じ種族を指す言葉。知的生物が人間に限られていた現代に置いてはあまり馴染みない言葉。しかし、多種混合のこの世界においてはよく使われる言葉だ。
つまり、この女が言っている意味は、俺とコイツは同じ種族・・・そう言いたいわけだ。
「そうだ。私たちの種族は同種の血に対しては強い拒絶反応を示す。それにお前のあの強烈な血の味・・・間違はいない」
女に嘘を言っている様子は無い。どういう意味なのかは今一わからないが、強い確信を持っているようだ。
だが、コイツと同じという事は・・・つまり自分もヴァンパイア種であると・・・そういうことだ。
全く意味がわからない・・・。
勿論、人間の血を飲みたい欲求に駆られたことなど一切無いし、特に変わった取り柄もなく、至って平凡を絵に描いたような人間。それが俺、藤原レンガだ・・・。
「ちょっと待て・・・言っている意味がわからないんだが」
「なんだ?お前は自分の生い立ちが理解出来ていない類いか・・・。あるいはヒト種に拾われて育てられたとか、そんな所か・・・」
「いや、待て。勝手に納得するな」
自分の家庭はそれなりに複雑ではあったが、勿論、俺に捨て子であったなんてエピソードなんて存在しない。まぁ、でもそれもこの世界とは関係はないか・・・。
しかし、コイツがどんな確信を持っていても、自分は日本に生まれた普通の人間だ。これについては自分自身が一番確信が持てる。
確かに、シェリー曰く、自分はその世界のヒト種とも亜人種とも違う生物だということは述べていた。自分の人類はこの世界において、遥か昔に滅び去った種族とのいう事らしい。それが本当の真実なのかは最たる確証は無いが・・・。
「確かにお前が言う通り、俺はヒト種じゃない、らしい・・・」
「・・・らしい?」
「でも、俺はヴァンパイアなんてわけのわからないもんじゃ断じて無い・・・。これだけは、はっきりと言い切れる」
そう、これだけは間違いない。自分が吸血鬼なんて、そんな厨二病まっしぐらの事実があるわけが無い。
だが、ここで一つわかった事がある。どうやら、コイツは俺の血を吸血したみたいだ・・・。
「取り合えず、それの話はもういい」
「そうか。どうだ、これで納得したか?」
「いや、うーん。まぁ・・・」
レンガは思わず心にも無い空返事を並べる。それも当然で、結局は何の疑問も解消されてはいないからだ。
でも、もう一つわかった事もあった。
この女は意外にもまともなコミニュケーションが取れるという事だ。その素性はまだ不確かな部分が多いが、敵意さえ向いていなければ案外、害は無さそうだと直感で感じていた。
取り敢えずは今、ここがどこで、方向すらもわからないときている。自分はそんな絶望的な状況の中、これから解放軍の村へ自力で帰らなくてはならないのだ。
この閉塞している状況を打破する為にも、コイツから周辺の地理等の協力を仰ぐのもいいかもしれない。
すると女は食事の手を止め、此方へ視線を向けてきた。
「そこで私から一つ提案があるんだが、いいか?」
「ん? なんだ?」
俺は彼女が取ってきてくれた果実の一つを手に取り、それを口へ運びながら、その提案とやらが突拍子の無いモノではない事を願いながら待つ。
コイツも人種こそが違えど、コミニュケーションを重ねればそれなりの関係性を築けるのかもしれない。レンガはそんな風にも感じていた。レンガの中で彼女の警戒心のレベルを一つ落とす。
やがて、彼女は真剣な面持ちで真っ直ぐに自分を見るはっきりと言い放った。
「私と交尾しないか?」
その言葉のあまりの威力にレンガの時間は完全に凍結され、手に取った果実は滑り落ち、白い砂浜に転がった。




