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黒悦のフリントロック  作者: 猫丸 玉助
第1章 隔絶の少女
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第1話  夢見た世界へ

私は今青空の下、自然の大地に立っている。

ここは、いつもの暗く淀んだ無機質な空気の部屋じゃない・・・正真正銘の外の世界なんだ・・・。

そんな今でも信じられない事態に、ユノの頭はまだ少し混乱していた。だが、眩しい程の日差しを肌に受け、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで、ようやくこれが現実なのだと改めて実感する。


今、ユノがいる場所は外と宮殿の敷地の中、更には人通りも少ない裏口側。何処と無く陰気な雰囲気の場所ではあった。

だが、ユノにとってはそんな事は気にもならない。外の世界にいる・・・ただその事実だけで彼女の気持ちは高まり続けていく。


普段、半ば囚われの身に近い彼女は、今日初めて宮殿の外へ出る事を許可されたのである。それは、彼女にしか出来ない任務の為だ。

その任務の内容とは先日、エルフの養殖場を襲撃したとされる解放軍の痕跡を追い、その部隊の排除、あるいは解放軍の拠点の壊滅。それが彼女に課せられた初の仕事の内容だった。

しかし、まだ幼い彼女には難しい内容まではあまり理解出来ていない様子で、結局のところ、同行する部隊長の指示に従うという事を深く釘を刺されるに至っていた。


現に今のユノの頭の中は、これから待ち受けるであろう任務のことよりも、今から変わっていくかもしれない自分の世界、そんな事でいっぱいになっていた。

ユノは少し表情が緩んでいるのを感じながら、晴れ渡っている空を見上げつつ、目を閉じて再び風を感じる。


すると、少し遠くからはしゃぐ様な声が耳に入って来る。ユノはゆっくりと目を開けると、声のする方へと振り向いた。

遠方に私と同じ位の5人の男女が楽しそうに歩いて光景が目に入る。


「・・・」

彼等はじゃれ合う様に小突き合い、大げさなくらいに笑い声を上げている。今の時間は正午前、これからどこかへ遊びにでも行く。そんな様子だった。

ユノはそんな少年少女を柵越しに目で追い続ける。高い柵を隔てた場所にいるユノ存在に彼等は勿論、気が付く事は無い・・・。

やがて、私は彼等は建物の脇に入り、見えなくなる。それでもユノの視線は彼等が消えた方角から離れることはなかった。



暫くすると、辺りが騒がしくなり始める。宮殿からゾロゾロと衛兵達が出て来たのだ。

と、その内の3人の兵が馬を引いてユノの目の前までやって来た。ユノはその兵達の中央に立つ人物、人との交流が皆無なユノにとって最も交流らしい交流がある人物に視線を合わせる。


「ハリー・・・。」

ユノは小さな声で呟いた。

それがこの男の名前だった。普段はユノの監視も兼ねての生活の面倒を担当しているのがこの男。ユノが幼少の頃よりその任についていた彼は、彼女に最低限の知識を授け、読み書きを教えてきた。


だが、そんな任は彼の元々の本業とは全く異なるモノだった。

彼は元々、騎士団の出であり、類まれな槍術と突飛した人望と指揮力で出世の道を駆け上がり、若くして部隊長の座を手にした有能な人物である。

しかし、年齢を重ねた彼はやがてその任を解かれ、現役兵はから引退、宮殿内での重要な役目を負うことになったのだ。それが現在王国最大の機密事項とされている聖術体の実験への参加であった。


そこで彼のような有能な武人が選抜されたのには理由があった。緊急の事態が起こった場合、まだ未知の力を持つ聖術体を冷静に制圧、処理出来ることが人物であるというのがその条件だったからだ。、


実際そういった事故は、数年の間で幾つも前例があった。

実験モルモット様な生活に耐え切れなくなり、逃げ出そうと暴れた者、自らの力に押しつぶされて錯乱した者などが後を絶たないのがこの実験。

そうなった際、聖術体を取り押さえる事は一般兵では不可能に近く、死傷者を出す事故に繋がるケースが数多くあった。

そこで彼の様に戦闘能力も高く、被験者の精神を安定させられる人望者が抜擢されたというわけなのだ。



「では、出立するぞ。ユノ」

ユノの前に立ったハリーは短くそうとだけ伝えると、すぐに馬に跨がった。

彼も久々の戦場。少しいつもとは雰囲気が異なっている。

しかし、綺麗に整えられた薄く白髪交じりの金髪の間から覗くその瞳からは、今尚、力強い眼光が放たれていた。それこそが、現役から退いても尚、彼の武人の魂が死んでいないという証だった。


やがて、ユノもハリーに続き、馬の後部に跨る。

そしてユノが乗ると、ハリーの号令と共に騎馬隊の一団は走り出し、一気に宮殿裏口を後にした。


そのまま一度も止まることもなく、王国の外堀の東門を潜り、王国の外へと飛び出す。

そして、ユノの目の前には生まれて初めて見る広大な大地が広がっていく。果てしなく広がる草原に風に煽られて舞い上がる草花、夢で何度も思い描いた世界がそこにはあった。


「これが、ほんとの外の世界・・・」

私の鼓動はどんどん速くなる。すると、ハリーが前を向いたまま声を掛けて来た。


「ユノ、落ちるなよ」

「・・・うん」


ハリーに返事を返しながら、私の意識はどこまでも広がる草原の遥か先へと向かっていた。




一団はその後も小休憩を挟みつつ、目的の地である解放軍の拠点があると考えられている方角に無心で進み続けていた。

そして、現在は山々の下にある深い森の中で、馬達の体力を考え、少し長めの休憩を取っているところだ。そんな中、衛兵の一人が木陰で休息を取っているハリーに声を掛ける。


「ハリーさん・・・こんなにのんびりでいいんですか?」

男の言葉に私はゆっくりと顔を上げる。


「いいのだ・・・。目的地がはっきりしていない以上、馬を無理に消耗させる事は避けたい。次の出発は先程言った通り、日が落ちてからでいい・・・」

そう言い放つと、ハリーは大きく足を投げ出し、その場に横になる。


「それに奇襲をかけるならば、夜のほうが何かと都合も良いだろう? あと数刻程で、奴等の縄張りに入る頃かもしれん。各々に戦闘の準備はさせておけよ・・・」

すると、今度は他の衛兵の一人が焦りながらやって来て声を掛けてきた。


「ハリーさん!大変ですッ!先程からあの少女の姿が見えませんッ!!」

再び休息の一時を邪魔された事に少し腹を立たせながらも、未だ焦りを見せる男に目だけを向けて口を開く。


「大丈夫だ・・・。ユノには出発の時刻も告げてあるし、エルフの方向感覚なら迷う心配は無い。それに、我々から逃げるなんて考えはまず、起こさない・・・。」

そう言うと、ハリーは未だ焦りを見せる兵を尻目にゆっくりと目を閉じる。


そう・・・あの娘に他に行く場所などありはしない。こここそがあの娘のその生存を許される唯一の、場所なのだから・・・。



= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = 




太陽が傾きを始め、激しく注がれる日の光の眩しさから、レンガの意識は覚醒を始める。

目を開け、地面からゆっくりと上体を起こすと、一度大きく伸びをしてみる。

寝る前まで疲労困憊だった全身の疲れもかなり回復したように思える。


もう、こうやって地べたに寝るという行為もすっかり慣れたものだと感じる。現代社会での生活では、こんな風に屋外に直に寝ることなど滅多にあることではないから、不思議なものだ。

いよいよ、自分もこの世界の生活に馴染んできたのだと、改めて実感する。

すると、先に目覚めていたらしい、グレースに声を掛けられる。


「おはようございます。レンガ様」

こちらもあいさつを返し、自分は結構な時間寝てしまっていた事に気が付く。今までの経緯を、まだ少し寝ぼけた頭で思い返してみる。


解放軍の村を目指す馬車から下り、追手の騎馬兵を退け、意気揚々と出立したまでは良かったのだが、前日からの徹夜の作戦が堪えて、丁度良く見つけたこの川の畔で休憩しようという事になったのだが、皆すっかり熟睡してしまい、今に至る。そんなところだ・・・。

そして、それと同時にもう一つの記憶が蘇る・・・。ドミヤはもう、いないのだ・・・。

彼女は養殖場での闘いの最中、命を落とした。自分の決断が、詰めの甘さが、この結果を生んだのだ・・・。


だが・・・俺は立ち止まらない。今は彼女達と共に解放軍村まで無事に辿り着いてみせる。それこそが、今の自分がすべきことであり、ドミヤが望むことであると信じている・・・。

彼女が最後に残した言葉が弱い自分の心を力強く背中を押してくれる。そんな気がしていた・・・。


「レンガ様・・・」

すると、物思いにふけっていた自分の顔を心配そうに覗き込んでくる。自分は余程、深刻な顔をしていたのか、グレースの顔は不安の色で覆われていた。


「あ、ああ・・・。何でもないよ。あんまり、寝起きがいい方じゃなくてさ。少しボーとしてただけ」

我ながら下手糞な嘘だと思う・・・。

でも、もう切り替えよう。哀しいのは彼女達も同じなんだ・・・。一番の年長者の自分が心配されてちゃダメだ。


そしてレンガは、さも眠気を覚ますかの様なしぐさで何度も顔を叩きつける。

今は、考えるな・・・そう、何度も自分に言い聞かせながら。



やがて、気持ちが落ち着いてくるとグレースに向き直り、声を掛ける。


「そういえば、シーデはどこへ行ったんだ?」

グレースはその言葉を受けると、こちらですと、レンガの横の大木を指差した。


「なるほどね・・・器用なやつだな」

シーデはその大木の枝の一角で腕を枕にして眠っており、その枝からはモフモフとした尻尾がダラリとだらしなく垂れ下がっている。

その姿は近所の塀の上で眠っている野良猫そのものだ・・・。何か夢でも見ているのか、時たま垂らしたままの尻尾をゆっくり揺らしている。寝ている時は、大変に静かで可愛いものだ。


そんな風に癒された様な表情でシーデを眺めていると、再びグレースに声を掛けられる。


「レンガ様、シーデちゃんも起こしましょうか?」

「いや・・・まだ寝かせておいてあげよう。もう、今は特に急ぐこともないし。昨日はかなり大変だったからさ・・・」


そう言ってから、もう一度伸びをしながらゆっくりと立ち上がる。

それにシーデの寝起きの悪さはピカ一だ。どうせ起こしても起きやしないだろう・・・。

あれで元野生児とはよく言ったモノだ。住宅街の野良猫でも、もう少し警戒心があるもんだ・・・。

まぁ、それが原因で密売人に捕まったっぽいのだが・・・。


そんなどうでもいい事を考えていたら、腹が突然、悲鳴を上げ、その音が川の畔に響き渡った。


「・・・お食事の準備しますか?」

その音を聞いたグレースは少し苦笑いを浮かべながら、問いかけてくる。

その自分の起こした整理現象に少し照れながら、そうだね、と返してから少し考える。


自分達の王国から持って来た食糧はエギルさんの馬車に置いてきてしまった。すると、今日からまた、あのグレース特製草汁メインの生活になるのか・・・。


特製草汁とはグレースがその辺の食べられる草類を鍋に放り込んで煮込むという、それは素晴らしい料理で、世界中の苦味エキスを凝縮した最強珍味である。

その味を思い出すだけで、先程まで高ぶっていた食欲もみるみると減退していく・・・。

そんな時、突如閃く。


「グレース、釣りをしてみないか?」

グレースはそのいきなりの提案に驚いた様子を見せる。


「魚釣り・・・ですか?」

「そう。まだまだシーデは起きそうにないし、のんびりするには持って来いだから。グレースは釣りはした事はない?」


イヴァの村では青年たちが魚釣りをしていた光景を何度も見た気がする。

ここでは何が釣れるのか全くわからないけど、ここは所詮小さな湖、危険な生物などいない筈だ。


「やっているのを見たことはあるんですが、やった事はないですね・・・」

「じゃあ、いい機会だし、少しやってみようか」


そう言うと早速、川とは反対にある木々の方へ駆け出して、竿の代わりになりそうな手頃な木の枝はないものかと物色していく。

しかし、手頃な枝な大きさの枝を見つけては折り曲げてみるが、どの枝も簡単にボキボキと簡単に折れてしまう。

どいつも根性がないなと、心の中で毒づきながら再び辺りを見渡していると、背後に起ったままでいたグレースが声を掛けて来る。


「丈夫な枝を探してるんですか?」

「そうなんだ。しなっても折れない、程々の大きさの枝を探してるんだけど・・・」


そう告げると、彼女は足元に転がる短い枝を一本拾い上げる。だが、彼女が手にしたモノは自分が求める枝よりもかなり短いモノであった。


「それだと少しーー」


そう言いかけてると、突然グレースの身体が淡い光を放ち出す。そして、その光に呼応する様に手にしていた枝の大きさがみるみる大きくなっていき、やがて自分が求めていたサイズの枝へとその形状を変えた。


「おお!すごい!樹の術か、そんな使い方もできるんだ!」

急遽、目の前で展開された奇跡の力に思わず歓喜の声を上げてしまう。これまであまり戦闘では用いられる事がなかった為、樹の術を見ることはイヴァの村以来のことで少し大袈裟に反応してしまう。


「こんな感じでどうですか?」

グレースはそう言ってその枝を差し出してくる。それを受け取り、早速しならせて見る。枝はまったく折れる気配を見せずに激しくその身を曲げて見せた。


「これなら完璧だ!じゃあ、グレースは後一本同じものを作ってくれるかな。俺は餌になりそうな虫を探してくるよ」

頷くグレースを見てから、付近の岩影に場所を移す。竿の製作は彼女の樹術に任せ、自分は他の作業へ没頭する。今はこうやって何かの作業に没頭できることがとても有り難く感じる。思い出したくない事を、忘れさせてくれるからなのだろうか・・・。

そして、岩影で芋虫類いを素手で次々と捕まえていく。少し気持ち悪いが、草汁から逃げる為だと思えば、そこまで苦にはなりますまいと、無心で集めていった。


やがて、一定数の虫を捕縛すると、次の作業に移る。自分のカバンから弾丸精製用に持っている鉱石を溶かし、針状のモノに形成していく。後はその針を王国で買っておいた丈夫な糸に繋げば、即席の釣り糸の完成だ。

準備も一通り整い、川の畔へ向かって二人で歩いている時。


ガサッ・・・。

背後で何かが動くように草が音が鳴る。レンガは音の発信元へ振り返ってみる。すると、そこには一人の黒髪の少女が遠巻きこちらを観察するように立っていた・・・。




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