第8話 二つの信念
レンガは男の進路上に立ちはだかって到着を待った。
遅れてやって来た男はレンガの姿を見て、驚きの声を上げた。
「よく私の逃げる方角がわかったな。でも、一つ不思議なのは何故その武器で奇襲しなかったのだ? 君なら容易だった筈」
「少しお前に聞きたい事があってな。それであえて、正面から闘うことを選んだんだ」
男は少し目を細めてから口を開いた。
「いいだろう。君のその勇姿と聡明を賞賛して、質問に答えよう」
男の声を聞くと矢継ぎ早に質問をする。
「ユノが次に、聖水を飲まなければいけない期間まで、後どれくらいある?」
「そうだな。20日はあるはずだ。詳しく覚えていないがおそらくその位だ」
男の表情の動きを慎重に確認する。
嘘を言っている様子はない。
結構な期間が残っている事に安堵した。
次に聞くことは決まっていたが、少し戸惑われる内容だった。
小さく息を吐いてから、口を開いた。
「ユノの身体は何であんな風になってしまったんだ?」
「答える事は可能だが、本当にいいのか?」
やはり、相当な内容なのだろうか。
男は凄む様に、こちらを伺ってくる。
だが、臆しても仕方ない、これからの事を考えれば、聞かない訳にはいかない。
「・・・大丈夫だ、覚悟は出来ている」
男はわかったと告げると静かに語り出した。
「ユノはあのマンティコアと性質は同じだ。術の資質が種族に聖水を与える事で術が暴走を起こし、本来は肉体や精神を侵食して、あの様な姿に変貌させる。・・・だが、ユノは摂取の結果たまたま肉体も精神も変異させなかった、特別な個体だと考えられている。希にいるその個体を我々は<聖術体>と呼んでいる。ユノそのうちの一人だ 王国には、まだ何体か存在しているがな」
想像を越えた話だった。
要は人体実験で産み出されたと言うことなのだろう。
震え上がる怒りを必死に抑えて落ち着いた口調を心がけて続ける。
「あの聖水の成分は何なんだ?」
「詳しくは私も分からないが、術種族の肉体と海水で出来ていると言われている。海水いわば神の体液だ それを混ぜ合わせる事で神に近い力を得ているというわけだ。この世界の災害は皆、神の術だと言われているからな」
いきなり、きな臭い話になり、怪訝な顔になってしまう。
男の口ぶりからして、神=星と取って良いのだろう。
・・・災害が星の術だって言うのか?
でも、現代世界でも海水には解明出来ない力があるって、言うのは聞いた事がある。
何でも一定濃度の海水を血液に注射し続けると、不治の病も治るなんて話も聞いたことあった。
「お前たちは何故、北のドラゴンの巣食う土地を目指している? そして、そこには何がある?」
男はその問いに少し驚いた表情を見せた。
「これは驚いたな。そんな事を何処で知ったんだ。 まぁいい、そこを目指す理由は、そこにあるモノを手にする為らしい。そこにあると言われているのは遥か過去の文明のらしいんだが、詳細までは不明だ」
「何故、そこまで過去の文明に固執しているんだ?」
男の答えにいまいち合点がいかない。
過去の文明だけでは、そこまで躍起になる必要性を感じなかったからだ。
「それは今の世界を覆す程の文明らしいな。それが本当なのか、話に尾ひれが付いただけなのかはわからないがな。真実を知りたいなら自分の目で確かめる事だ」
世界を覆す文明・・・。
地底人の残したテクノロジーみたいな物を想像したが、それはあまりにも、馬鹿げた考えだなと思う。
「もう、質問はいいか?」
「待て。最後だ。ユノの身体は聖水さえあれば保ち続ける事が出来るのか? もしくは元に戻す事は可能なのか?」
「そうだな。それは過去にまだ実例がないから、はっきりとは言えないが、聖水と聖術体の特質上、保てるはずだ。聖水の効果は術を暴走させる効果と抑制する効果が共存しているらしい。なので、それを摂取しているうちは問題ない、とは言われているな。戻す事はおそらく無理だ。一度、身体の一部になってしまったモノは切り離せないからな」
「そうか・・・ありがとう」
礼の言葉・・・なんでそんな事を口にしたのか、不思議だった。
男もそんな言葉を聞いて、驚きを見せ、少し吹き出した。
「君は、面白い青年だ。違った形の出会いをしたかったものだ」
男は少し残念そうな様子で、呟いた。
それについては、自分も少し思うところがあった。
話していて分かったが、この男はそんなに悪いやつではない。
ただ、自分の信念に忠実なだけで、悪意や利益のためだけに行動しているわけではないと。
何か抱えているものがあるのかもしれない。
なんとなく、そんな気がした。
性格は全く違うが、もし違った出会いをしていれば良い友人になれたのかもしれない。
そう、感じていた。
夜の冷たさを帯びた風が、二人の間を駆け抜ける。
地面を覆う草たちが、波の様に揺れ動く。
「・・・じゃあ、始めるか」
俺はそう言うと古式銃とナイフを構える。
しかし、男は構えずに、こちらへ声を掛けてきた。
「始める前に、君の名前を聞いておきたい。私はハリーだ」
男の唐突な自己紹介に面食らってしまう。
しかし、それはクリストの時の様な嫌な感情は沸かず、自分もそうしたかったとさえ思えてくる。
「・・・レンガだ」
ハリーはそれを聞くと小さく笑みを浮かべてから、槍を構えた。
「レンガか、良い名前だ。では、始めようか」
ハリーのその言葉を聞いて再び武器を構える。
・・・不思議な気持ちだった。
これから殺し合いをしようというのに、やたらと心が落ちついている。
辺りで奏でられる虫や風の音がとてもクリアに聞こえる。
先程まで強く抱いていた怒りの感情も何処かへ吹き飛び、一人、夕暮れの丘を歩いている時の様な落ち着いた気持ちで満たされていた。
最近は近接攻撃を行う事が多くなってきたから、武器を考えないと等と考えてしまっている程だった。
そして、ハリーが一歩を踏み出し、手にした槍を俺の胴体を目掛けて一気に突き出してくる。
それを、古式銃とナイフで軽く受けながら、身体を捩らせ横に飛び退き、そのままナイフをハリー首元目掛け、水平になぎ払った。
ハリーは首を後ろに倒してそれを紙一重で避け、そのまま槍の胴体部でレンガの脇腹を水平に殴りつけ、距離をとった。
レンガは脇腹の痛みに怯みつつも、すかさず古式銃を向け引き金を引いた。
シュッダン!!
ハリーは前傾姿勢で弾丸を潜りながら、槍を再びレンガに突き出す。
レンガは直ぐ様、身体を捻るながら避けるが、突き出された槍は脇腹を掠め少量の血液を舞い散らせた。
しかし今度は、怯む事なく目前の、ハリーの顔面に古式銃ごと拳を突きだし、思いっきり叩きつけた。
右手に感じる激しい衝撃と共に、ハリーが小さな呻きと上げてその場から、大きく退く。
撃鉄を起こしつつ、素早くハリーの目掛けて引き金を引く。
シュッダン!!
白煙と共に放たれた弾丸は、ハリーの右の太ももに食い込み鮮血を巻き上げる。
奥歯を食い縛るハリーは、撃ち切った古式銃を投げ捨て新たな古式銃を取り出すレンガに、目掛けて淡く光を放つ槍を突き出した。
その先端から、小さい閃光と共に紅い熱線が飛び、それはレンガの左肩を突き抜けていく。
焼ける様な激しい激痛に、ナイフを取り落としそうになるのを堪え、前に倒れかかる勢いのまま、地面を蹴ってハリーに詰め寄る。
ハリーは急激に迫るレンガに、咄嗟に槍を突き出す。
同じく、レンガも前傾姿勢のまま胴体を翻しながら、銃口をハリーに突き出し引き金を引いた。
シュッダン!!
乾いた破裂音と共に、静寂が辺りを支配する。
ハリーの槍はレンガの左の脇腹の掠めており、その先端から紅い血液を地面に滴らせていた。
レンガは右手の古式銃を、ハリーの胸部に押し付ける様に当てがい、その銃体から微かな白煙を上げていた。
一時の沈黙を破る様に、ハリーがその姿勢のまま前のめり倒れ、レンガも脇腹の痛みにその場に膝を付いた。
そして、ハリーが小さな呻きを漏らしながら、ゆっくりと身体を回転させて大きく手を広げ、地面に仰向けになる。
「見事だ・・・」
掠れた小さな声が、耳に届いた。
二度、刺され痛む脇腹に手を当てがいながら、ゆっくりと立ち上がり、倒れるハリーに向き直った。
ハリーはそんなレンガに目を動かし、再び口を開いた。
「ユノを頼む、あの娘を救ってやってほしい・・・」
その思いもよらぬハリーの言葉に驚きを隠せず、思わず声が漏れる。
「え?・・・。何を言ってるんだ?」
ハリーは、そのレンガの問いにゆっくりと瞳を閉じながら呟いた。
「・・・私は、いつの間にか、弱い人間になってしまった。あの娘に罪悪感を感じながらも、ただ何かを教える事で自尊心を満たし、冷たく接することで、罪悪感から逃げていた」
ハリーに掛ける言葉が見当たらずただ黙って立ち尽くしていた。
この男も、苦しんでいたのだろうか。
近くに居ても、立場上どうする事もできない。
そんな、自らの不甲斐なさを呪いながら・・・。
「あの娘は、記憶がある頃から暗い部屋に一人閉じ込められ、誰から何も与えられずに生きてきた。それ故、これからは極端に愛情に飢え、孤独を恐れてしまうと思う。そんな彼女を支え、見守ってやって欲しい。勿論、私にこんな事をいう資格がないのは、承知の上でだ・・・」
そう言ってからハリーは、再び目を開き、力なくこちらに目をやってくる。
その瞳をしっかりと見据え、頷いた。
「わかった。ユノの事は任された」
その言葉を聞いて、安心した様に息を漏らす。
そして、ポケットから何かを取り出し、それを強く握りしめた。
「すまない・・・。後、もし、聖水を求めて王国へ行くと言うならば、ダニーという宮殿技師に会って見るといい。彼ならば君たちに、同調してくれるかもしれない・・・。聖水の事にも精通していて、必ず役に立つはずだ。・・・その時、ユノも王国に連れて行くならば、捕縛されることはほぼないはずだ。あの娘の存在はごく一部の者しか知らない。安心して大丈夫だ・・・。」
ハリーのいきなりの発言に、怪訝な顔をしながら尋ねる。
「何でわざわざ、そんな事をまで教えてくれる?」
その問いにニッと小さく笑って見せる。
「さぁ・・・何でだろうな。・・・君の行く末に興味が沸いたかも、しれんな・・・。私は、貫き通す事は出来なかった。・・・いつの間にか、臆病になってしまっていた様だ」
まるで、自分を重ねる様な、男の言葉の意図が掴めない。
「レンガよ・・・。ヒト種全体を憎まないで、やって欲しい。・・・我々もまた、怖がっているだけなのだから、な・・・。」
最後にそう呟くと、目を閉じてハリーは動かなくなった。
その手の中から、何かが滑り落ちた。
それは、何かの皮で作られたお守りの様だ。
その形状の不格好さから、手作りであることがうかがえる。
不慣れな子供が作った、そんな感じの・・・。
もう一度、しっかりとハリーの姿を見つめてから、ゆっくりとその場を後にした。
この男が、生きた証を心に刻み込んで・・・。




