8.宗一郎の力
五人組の探索者が逃げ出してしまうほどの魔物を、たったの四手で打倒したサクラ。
その驚異的な力に驚いていると、新たに同種の大猿が現れた。
「グオオオオオオオオ――――ッ!」
激しい咆哮をあげた大猿は、俺目がけて一直線に突進してくる。
「相手はヤギの魔物に比べれば小物。いざとなれば私もお手伝いします」
そう言ってサクラは、うなずいて見せる。
なるほど、あのヤギよりは弱いのか……って。
いやいや! それでもめちゃくちゃ怖いんだけど!
とんでもない勢いで突っ込んでくる魔物って、それだけで十分恐ろしいぞ!
「ッ!!」
怖がってる暇などなし。
あっという間に目前までやって来た大猿は、慄く俺に向かって右腕を高く持ち上げた。
「……右」
振り下ろされる拳を、右へ一歩動くことでかわす。
続く左の手は、振り払い。
「これは、しゃがんで」
腰を曲げると、頭上を大猿の腕が通り過ぎて行った。
……なんでだろう。
敵を見ていれば、次に来る攻撃と回避のためにするべき行動が何となく分かる。
こうして俺が二つの攻撃をかわすと、大猿の体勢がグッと沈んだ。
「今度は……飛び掛かりだ!」
俺は前方への飛び込み前転ですれ違い、迫る大猿の巨体をやり過ごす。
即座に振り返ると、大猿は着地した直後。
「宗一郎さんは通常時、【フレアストライク】や【フリーズブラスト】などの属性魔法を使っていました」
サクラがそう言った瞬間、脳裏に浮かぶ炎と氷のイメージ。
振り返った大猿が、再び飛び掛かりのために腰を落としたところで――。
――――見えた! 攻撃を放つべき瞬間が!
「【フレアストライク】!」
伸ばした手から、放つ豪炎弾。
今まさに飛び出した直後だった大猿は、空中で回避に切り替えることができない。
まっすぐに突き進んで直撃した炎弾は、紅蓮の猛火をあげて敵を焼き尽くした。
「たった一撃で……さすが宗一郎さん、火力が圧倒的です……っ!」
舞い散る火の粉。
戦いの顛末を見届けたサクラが、拍手と共に歓喜の声をあげた。
「やはり私の助けなど、必要ありませんでしたね」
俺も思わず安堵の息をつく。しかし。
「「っ!?」」
二人同時に、視線を向ける。
続く戦いの気配に誘われたのか、今倒したばかりの大猿よりさらに獰猛そうな魔物が現れた。
「ヘルハウンドは、さっきの大猿よりも強敵です!」
四足獣である黒犬は、成獣の虎を超えるほどの体格。
その目には、赤熱する炎が燃えている。
ヘルハウンドは俺を見るなり猛スピードで走り出し、高い跳躍で圧し掛かりにくる。
確かにさっきの大猿より、速度も力強さも上だ!
……でも。
「左っ!」
俺は高い位置からの攻撃を、左に跳ぶことで回避する。
着地と同時に振り返ったヘルハウンドは、牙の並んだ口をわずかに開いた。
大きく踏み出して放つ喰らいつきを、バッステップでかわす。
さらにもう一歩、踏み込んで繰り出す噛み付きも、続けて下がることで回避する。
するとヘルハウンドの口内に輝く、赤熱の光。
「炎だ!」
見えた『勝ち筋』は、放たれる炎弾を潜り抜け、踏み込んでの攻撃。
「……いや」
しかしそれを打ち消すかのように浮かんできた、もう一つの思いつき。
そもそもこの炎弾、別に受けても大丈夫なのでは?
俺はそんな予感に従って、右手を突き出す。
直後、予想通り放たれた炎弾が手のひらに当たり、大きく燃え上がった。
「やっぱり」
ダメージはなし。
右手を強く握ると、炎弾は飛び散り霧散する。
「お見事ですっ! 宗一郎さんっ!」
聞こえたサクラの声。
まさかの事態に硬直するヘルハウンド。
ここは、反撃のチャンスだ!
「【フリーズブラスト】!」
伸ばしたままの手から、放たれる魔力の光。
収束を続ける冷気の砲弾は炸裂し、生まれた猛吹雪が地面を白く凍り付かせていく。
やがて広がった白煙が消えるとそこには、凍結したヘルハウンドの姿。
俺は自然と、指をパチンと鳴らす。
すると氷漬けになったヘルハウンドが、砕けて散った。
「……高い耐久性は炎弾を握り潰し、氷の魔法は敵を凍結させてしまう。全てはその驚異的な魔力がなせる技。すごいです……これこそダークロード様、全く衰えていませんっ!」
「マジかよ……」
舞い散る雪片の中で拳を握って喜ぶサクラと、指を鳴らしてみせた自分にドン引きする俺。
「なんか敵の攻撃がはっきり見えるし、身体が勝手に避ける。ていうか、当たっても全然痛くないんだけど……」
炎弾を受けた右手をあらためて確認するも、火傷の一つもなし。
「なんでこんなに戦えるんだ……?」
「久しぶりに乗った、自転車のような感じではないでしょうか」
俺が困惑していると、サクラがそんな説明をした。
「記憶がなくても、身体が覚えているのだと思います」
……ダンジョンにおいて、力があるってことは良いことなんだろう。
でも自分が想像以上に強いと、大きな何かに関わってそうで怖いんだけど……。
そもそも、どうしてこんなに強いんだ?
浮かぶ様々な疑問。
ただそんな中でも、一つだけ大きく真実味を増したことがある。
「やっぱ俺、ダークロードなんだなぁ……」
着込んだ真っ黒衣装でナイトメアガーデンを率い、大仰な話し方をして探索者を挑発し、オマケに指まで鳴らしちゃう。
そんな三十路の中二病だったっぽい、過去の自分を想像すると……。
「ヤバい。冷や汗と震えが止まらないんだけど……っ!」
せめて、せめて中二病カルトおじさんのパターンだけはやめてくれっ!
俺は再び、神に祈りを捧げるのだった。
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